Archive pour Non classé

1954年生まれ! ブルゴーニュに集合

54年生まれのお祝いの演奏は、
60歳を迎え、なお仕事に励むフランスの友人たちへ。
私の主治医はじめ、映画編集者、インテリアデザイナーに歴史の先生、
主婦もいれば未亡人も。すべて女性であるのも、面白く心強い。
なかでも歴史の先生フロランスの旦那様はブルンジの方。
お子さんが生まれてから母国に帰ろうとしていた時、
ツチ族により大統領が暗殺を機にブルンジ内戦が起り、
フランスに留まらざるを得なかったと。
ネストールさんの、東アフリカ特有のチャコール色の美しい肌、
華奢なからだからはどことなく愁いを感じる。
母国を想い、抗うにも何に対して抗うのか….

楽器を車に積んで、ヨハネの黙示録のタペストリーで有名なAngersから
東へフランスを横断。
白ワインがうまいVezelay辺りからブルゴーニュに入る、
すると景色は連なる葡萄畑の丘。
小さな教会がある村から村へ、途中ロワール河の岸で休み、
すれ違う車もない道を走る。
遠くに見える断崖はブルゴーニュ産の良質な石切り場だ。

普段はパリに住む彼女たちの田舎の家々は、農家を改造した、
工夫にあふれるインテリアに。そして村の人々との共同体という意識を
しっかりと持ち、野菜は庭で、肉製品は週に一回村に来るトラックで、
チーズやワインは隣村の酪農、ワイン製造業者から。
庭のりんごはもう赤くなりはじめ、ミラベルはちょうど食べごろ、
ラズベリーやプラムとジャム作りに精が出る。
おおよそ50名ほど集まり、ラベルのないシャンパーニュは
友人の友人がつてで入手した、都会では味わえない、味。
ヴァイオリン、ギター、サックス、ベンガルの歌手による即興演奏は、
朝4時まで続く。
翌日は村に住む人々の家に招かれ、一杯、自慢の畑で二杯、庭で休憩三杯…
うまいワインと食事でたっぽたぽになった腹と楽器を抱えて乗った列車。
帰りの車窓から見える、ブルゴーニュの刈られた麦畑は秋の予感。

麦跡を車窓に追ひし秋の色

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宴の後、静寂午前5時

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パーティの翌朝でも庭には洗濯物が

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1954年生まれ!

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50人分のクスクスを作った台所

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エジプト カイロから 四方山話

12時55分、ナイル川の中州を抜けて、楽器街に着けば、
街中にアザーンが鳴り響く。
道路右左、商店からは、ラジオからのアザーンが聴こえてくる、
ともすればマルチチャンネル音響、アクースマティック状態に!?

職人が構える楽器工房はめっきり減ってしまい、その代わりに電子キーボードや、
ギター、見た事もないような金管楽器類がならんでいる店などなど。
たった3、4日居ただけで、その国、街さえも理解には及ばないけれど、
けれど、生の営みは変わらず行なわれている、と感じることはできるもので、
何千年昔もやはり、楽器を造る者、奏でる者、太鼓の皮を張り替える者etc…が、
ここを行き来していたんだろうな。
そうやって今にある楽器、ウードの果てしない完成形としての姿に、
惚れぼれしてしまう。それは、ある普遍、とも言えようか。

市場の中を迷いつつ、コシャリ(これぞエジプトのファーストフード、
米+パスタ+ソース)を露店で頼み、これまた行き交う大人、子供に笑われながら
食す我姿は、彼らにどのように映っているのだろうか?
ファーストフードといえば、空豆のコロッケ、ターメイヤには、
本当にお世話になった。
腹が空けば10円ほど握ってタメーリャをパンに挟んでもらう。
きっと女性が露店で一人で頼む食べ物ではないのだろうが、
作り方をじっと見つめる私に、おじさんたちは快く、揚げ方、練り方を
披露してくれたものだ。
であるからには、早速自分で試作せねば。

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楽器街の一風景

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カラフルな香辛料とともに

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露店には殿方ばかり立ち食いの群れ

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うちの店のがおいしいのよ!

今日もまた揚げ鍋の前汗拭う

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「国は国民を守ってくれない。」…連帯は

なぜなら「自己責任」という言葉の操作で、
マジョリティーはマイノリティーを糾弾する術を知っているから。
「知る義務」を全ての者に課すべき国は、それを「知る権利」と
置き換えることで、知りたい人はがんばって「知る権利」を獲得して下さい、
とほんの少しの権利を与える。
この逆説的操作を使い、「義務」をさせてもらえないのが
古今かわらぬ私たちの状況。
だから「知ろう」とし、一線に出向く者の獲得した「知」は時に
マイノリティーの前で提示され、決して当事者の過ちではないけれど、
「過誤」と呼ばれる国にとって不利な面(例えば人質、例えば邦人拉致)
が提示されれば「自己責任」という方法で
「権利を獲得するために”自分勝手”に行動した者の責任を、国がとる」
と声を大にして、実は国がマスコミを煽る、連鎖反応。

JVJA日本ヴィジュアル・ジャーナリスト協会の豊田直巳氏が訴える、
「それでも私たちが「閉ざされた声」を日本に届ける使命をもっているのは、
戦火と暴力のもとにあって、しかしなお、遠く海を隔てた日本に暮らす彼らの
共感と共鳴を期待するから。」それは、「連帯」だ。

今の日本の状態を、世界に知ってもらいたい、と思わないだろうか。
大戦中の悲惨さを、どこかの国の人にも知ってもらいたい、
広島の原爆を、より多くの世界の人に知ってもらいたい、
二度と起こってほしくないから。

知りたくもない、興味ない、という人も当然いるでしょう。
しかし、以下松村洋さんの云う様に、実は、権利でも何でもなく、
知ることは、この世の中に生きる上での「義務」だということです。

ミュージックマガジン2月号のPoints of viewからコラムを二つ。
ひとつは松村洋さんによる
「ライブ会場で収支会計報告書を配る音楽の”フェアトレード”の試み」となる
タイトルにて自己宣伝になってしまうかな、
ごめんなさい、そしてありがとうございます。
そして左頁には福井優美さんによる
「ファルージャ〜イラク戦争 人質事件 そして…」
(伊藤めぐみさんの映画タイトル)に関する記事。
ミュージックマガジンがこういう社会面の強い記事を掲載している、
とは知りませんでした。
音楽は、やはり社会との繋がりを濃く持つものなのだ。

ということで、是非2月号ミュージックマガジンをご購入ください!

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陰陽師 -蒼猴ノ巻-

人の出会いの独楽が一つ回って小田原で、二つ回って独楽はフランスへ、
そして回り廻って高野山へ。
作家・夢枕獏さんのロングセラーシリーズ陰陽師の2014年は、-蒼猴ノ巻- 。
書評のレベルにはほど遠く、出会いの感想文のようなものですが、
「音」と「読み物」の愛らしい関係を書いてみました。

そして今年、巡りの先にあるものは、開創1200年を2015年に迎える高野山にて、
朗読コンサート。
皆様の来山を心よりお待ち申し上げております。

文藝春秋のサイトから読むことができます↓
http://hon.bunshun.jp/articles/-/2181

baku MCJP
2010年パリ日本文化会館にて「陰陽師を通してみる日本」講演会にて

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2014年5月30日17時 高野山金剛峯寺にて

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音楽のフェアトレード その二 -ゼンショーホルディング-

出納帳の情報をエクセルに書き込む作業が滞っております。
が、10日の千秋楽には、紙媒体で、そしてHPにUpするよう
日々平均睡眠2時間の時間を削ってただ今作成中。

今回は、私の力が及ばず「スポンサー」そして「助成」という形でのサポートは
皆無であり、しかしツアー間際に、希望ある光を下さった会社があります。
それは、「すき家」で有名な「ゼンショーホールディング」さん。

8人+運転手+スタッフ2名が毎日どこかで一緒に食事をしようものなら、
それはそれは大変なことです。
量さることながら、場所の確保、予約。
ご好意により、「すき家」での食事、
そして連携店「ビックボーイ」「ココス」「エルトリート」等、
の店での食事を提供していただきました。

心から、お礼申し上げます。

音楽のフェアトレード その二 -ゼンショーホルディング- ncm_0608-150x112

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もう一度、宮本常一氏から…

「いったい進歩というのは何であろうか。
発展というのは何であろうか。
失われるものがすべて不要であり、
時代おくれのものであったのだろうか。
進歩に対する迷信が退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、
時にそれが人間だけでなく生きとし生けるものを絶滅にさえ
向かわしつつあるのではないかと思うことがある。」

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寄り添う気持ちと相対的生きる意味

またまた登場辰巳良子さんの「いのちのスープ」。
このレシピでスープを作ることは、
今、私ができる精一杯の形、としての行為である。
固形物の取り入れが困難になった人の側にいると、
確かに自分にできることは、おのずとその日その日の細胞を
蘇生、継続的活性をさせる栄養という名の食物を作ることを容易にさせます。
自己満足ではなく、改めてこの本の云わんがしていることを
噛み締めつつ…
ポルトガル風にんじんのポタージュ、
一番出汁の吸い物、玄米スープを作る、使命。

トクヴィルがいう「精神の習慣」は、
相対的に自然があっての人類であり、
または共同性という名のもとにデモクラシーの芽生えが生じる。
時に人はこの精神の習慣を信仰という分野に置き換えもするけれど、
私は、個々の営みへの尊厳である、と思いたい。

ここでまたまた登場鶴見俊輔様。
たしか「身ぶりとしての抵抗」の中での一節だった気が。

助からない余命僅かな人のために、なぜ « 医療 »を施すのか。
それは、その人の死を共に見つめ、側で寄り添う、ということ。
ここでいう医療とは、人がただそこにいる、使命。

こういう想いは、
やはりブラームスのThree Intermazzos 第二章に寄り添うものである。

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-限界芸術-

パリ、ローマ、ロンドンと廻った講演会「和の色」
は各所好評のうちに終わり、また聴衆の反応の深さを知る事となりました。
それは、「色」というテーマの間口の広さだけがその要因ではなかったのでは、
と思う次第。
もちろん「和=日本」だけでもなかったと。
(欧州在住の日本人はむしろアインデンティティーへの関心ゆえでしょう)

では何だったかというと、鶴見俊輔云うところの「限界芸術」である、と。

彼の言葉を借りれば、「直接価値的経験」が美的意識の構築になり、
それは生活の中で育まれる。
今回の講演者である視覚デザイン研究所の早坂優子さんがまとめた
「定本・和の色事典」では、体系された色々の美しさ は勿論、
色の象徴の背景にある「生活」が、実は主役であった様な気がします。
文化の主役=生活、「芸術と生活との境界線にあたる事象を限界芸術」とすれば、
今回の講演の興味が聴衆に受け入れられるのは当然だったのでしょう。

さて、この限界芸術を2013年秋へ向かっているプロジェクト
西アフリカはブルキナファソの楽士の公演会を例にたとえるならば、
西欧文明の歴史の上で権威づけられた作品の系列もさることながら、

(決してそれの否定ではなくむしろそれを通過した上で)、
西欧の眼からの発見、という見方ではな く、
実は同志としての眼差しをブルキナファソの人々へ注ぐ、という事でもあります。

そして岡本太郎が人生をかけた美意識の束が、そこに見つけられると考えています。

今まさに、グローバルな云々を説き、表面立体問わずアートの世界、
音楽の世界にあふれるそれらの、ひとつの結果として美術館を終着駅とする姿。
ロ ンドンはTate Modern入り口に、まるで列候のごとく名を掲げられている大会社の
それを目にした時、対極に思い浮かんだのは、
宮本常一の、人と自然が織り成す生活への、やさしい眼差しでした。

 

 

 

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御殿場-福島-北海道

ナイサムを空港に送りに行き、安堵もつかの間。

四日市から御殿場まで車を走らせ事故現場近くで修理された車を点検、

レンタカーの返却。

バスで御殿場から東京駅に着けば、

間髪入れずに徹夜にて福島は去年に引続き飯野町の

五大院での縁日演奏

朝11時公演のために車を走らせます。

相馬盆唄も大漁唄い込みも、

私なんかより観客である方々のほうがよく唱い慣れているはず。

それでも温かいまなざしでの手拍子は嬉しいものです。

縁日を仕切る丹治さんの笑顔にパワーをいただき、

とある事情で、事情の所まで行き、首都圏に着いたのは、夜中の2時。

続いて北海道は、毎度の問題、楽器を機内持ち込みにするがゆえのストレスにて

朝8時に成田空港に着けば、もうこの航空会社に決めました!

ジェットスターにて無事の楽器の輸送ができたわけです。

しかも、機材も!

ギター、ウード、サックス、クラリネット、アンプ、ペダル類

+トニーさんの展覧会のための演奏なので、写真器材などなど。

写真に写っているのは、ほんの一部です…

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和歌山のシリア料理

海南市での演奏は、和歌山の仲間たちも駆けつけてくれ、

多いに盛り上がります。

老若男女はサティの曲に身をのせて、

宮城の歌に手拍子で、応えてくれたものです。

 

翌日オーガナイザーに連れられたのは、善福院。

括弧付きの「国宝」 にとらわれない風格を持った、

禅宗様式の釈迦堂。

 

さてさて、ナイサム・ヤン組はすっかり日本の温泉大好きっ子になり、

黒潮温泉へ。

こちらは千秋楽+懇親会のため、シリア料理用買出しへ。

まずはムタッバル(焼きなすのペースト)作りスタート!

生コリアンダーやパセリがないため、乾燥ものを高島屋へ買いに走って下さる

Heronのオーナーの心遣。

ナイサムは胡瓜のヨーグルトサラダと、ケフタのソース。

私はケフタのたね作りに、トマトのサラダ、ブリックの具作りに、

あっつい焼きなすの皮を剥きます。

 

開場15分前に、料理は無事終了。もう毎日が綱渡りです!

 

残りの時間でプロジェクターの設置、確認、パレスチナ子どものキャンペーンの

刺繍商品を並ばれば、16時30開場。

千秋楽も、無事終了。

 

 

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無我夢中でなすの皮を剥き、

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演奏後、料理を盛るミュージシャン!

暗くてあまりよく見えませんね。

 

 

そして、残るは明日….空港へ無事ナイサムを送り届けることです。

 

 

 

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完成間近

約半年間の産みの苦しみにて、

映画 »De l’usage du sex toy en temps de crise  »

の完成間近となり候。

テーマソングをKyで担当し、歌入れを終え、試写室にて。

歌詞はとてもロマンティックな…!?

といっても、映画のタイトルがセックストーイですから、

なんというか、その。。。

 

社会批判盛りだくさんのこの映画、この時代に珍しく白黒なのです。

そして過去に撮影したドキュメンタリー映像の部分にはカラー。

 

技術が進歩した結果、僕らは何を得たのだろうか。

平凡社から出ている、

「くらしのこよみ」の中で云われている通り、

ものの進化を喜ぶのではなく、

自分が進化することを喜びとしてみる。

 

映画の中でも出てくるセックストーイ。

笑い溢れる監督は、ケルト文明で使われたセックストーイのレプリカを、

見せてくれたものです。

 

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セックストーイを使って変わらぬ営みを続ける人間…

プリミティブ、ってそういうこと。

 

 

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コデイン、モルヒネ、パラセタモール

頸椎激痛は日に日に増し、

しかしどつぼにはまること回避すべく、

処方された痛み止めは。

コデイン、モルヒネ、パラセタモール、

得に微量ながらモルヒネの副作用、

眠気、はすこぶる反応が早く、一日中flotter、かな。

 

ところでこの

コデイン、モルヒネ、パラセタモール、

というフレーズ。

唐木三大銘木の

紫檀、黒檀、鉄刀木、

シタン、コクタン、タガヤサン

に似てはいませんかい?

 

いずれも唐から渡来のような気がしますが。

 

 

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南相馬、萱浜の海…………..

「世界は最大数の存在にあふれている反面、

最少の智慧しか持たない。

人間は智慧にあふれている反面、

最少の存在でしかない。」

今一度、Charles de Bouvellesの文を。

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ジョゼフィン・ベーカー、最初のラスタ、マルセル・モースの世界

1925年。
ジェゼフィン・ベーカーJosephine Baker がパリへやって来る。
Yves Riouによる貴重な、貴重な映画「Josephine Baker En Couleur」は
彼女をメインにしてはいるものの、
その時代に残ったアフリカでの撮影を冒頭に、
大西洋を西に向かって渡り、そして再び東に向かって
大西洋を渡った西欧でのアフリカのそれを描写している。
もちろんそれに狂う西洋人(狂乱の時代)も撮られている。

1924年。
レナード・ハウエル Leonard Howell は黒人解放、
その指針を確信する。
(ハイレ・セラシエ1世~黒人の王が戴冠~黒人の解放~)
Helen Leeによる貴重なドキュメンタリー映画「Le Premier Rasta」は、
ブラックアトランティックのそれそのものを映像に
したような感動を与えてくれる。
ジャマイカで起こった協同組合的コミニティは、
やがて政府により撲滅の路を辿るけれど、
その精神はラスタファリへと続いて行く。

1926年。
アンドレ・シェフネル André Schaeffnerは
Le Jazz を出版する。
それもこれも、平凡社新書から出たばかりの
「マルセル・モースの世界」 の中で、
アンドレ・シェフネル André Schaeffner を取り上げた昼間賢氏によって知る事に。
後の楽器分類学の功績、もまた興味深。
一貫難しそうなマルセル・モースを語る時に、
その時代時代にあった「音」を取り上げるところが、ニクイ。

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鹿島パラダイス、再び

ブログはどこかに行方不明、一体どこにほっつき歩いているのか。

をということで今一度自分に言い聞かせるように、
鹿島パラダイスの事を思い出したい。

現在モノクロでの撮影が始まった映画、
「De L’usage du Sex Toy en Temps de Crise」
の監督から、
「カシマパラダイスを観てください。」
の言付けで2ヶ月前に観たわけで。
もうもう、
Yann Le Massonに観た瞬時からはまってしまう訳です。

広島の方では既に上映されているとか。
字幕の事やら何やら私にはわからぬ事ばかりだけれども。。。
なんとかせねば。

この映画の方向性を代弁しているようなフレーズを一つ。

「世界は最大数の存在にあふれている反面、
最少の智慧しか持たない。
人間は智慧にあふれている反面、
最少の存在でしかない。」

Charles de Bouvelles

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Simone VeilとSimone Weil

頭を冷やすには、

1 料理をする。(ポルトー片手に)
2 お風呂に入る。(お風呂がないから却下)
3 本屋さんでご散財。(お財布と相談)

早速本屋さんへ閉店15分前に駆け込めば、
今福龍太氏の最新作「夜と音楽」で登場する、
Simone Weilの本を売り子さんにお願いして、
お店の在庫表とにらめっこ。
「重力と恩寵 La Pesanteur et la Grâce」を注文するも、
売り子さん、「3ユーロのPoints版ならお店にありますよ」
買いましょう。
その他も物色、Haikuの本やらAnita Albusやら、
スペイン人の友人へのプレゼントに1977年のLouis Gonzalesやら…

家路に着くまでに3ユーロの本を開いてみれば。
「Elle sont 300000 chaque année」
Discour de Simone Veil pour le droit à l’avortement, 26 novembgre 1974.

って、あちゃ〜…これって…
私が手にしているのは政治家のVeil女史でしょうが!

こんなオチにて、カッかカッかした頭は冷えきってしまいましたぜよ。

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