Archive pour Non classé

それぞれの雲を見て

The frog in the well does not know the big sea.
But he knows the blueness of the sky.

ある寺の住職、それは僧侶というか、寺を管理する役割としての名称というか…
ともかく臨済義玄を師とするある方が話された、例えです。

あの名ことわざ、”井戸の中の蛙”
大海をみることはない(知らず)、しかしその境地だからこそ大空を見ている、という逆説的発想と視点。
実のところ、大海など見なくても、与えられたその地で、深みにたどり着く。
そんな深淵たる人の生きるという営みを謳歌しているフレーズだったのですね。
探求、掘り下げることのできる、あるいはそれしかない、ある意味潔い状況を持つ者にあこがれつつ、
そういうわたしは、相変わらず旅を続けています。
こんな風来坊な人生も、実は深みの域であるのかもしれません。
地図の上を移動するということではなく、その地その地の深奥を知るという。

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それぞれにそれぞれが見る夏の雲

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誰かの死 la mort de quelqu’un

それは、ある人にとってはどうでもいいことで、ある刹那で、無関心の域。
当事者にとってのそれは、胸をえぐられるあるいは、無心になるしかない境地において、その哀しみは平等。
何が平等であるかというと、死そのものが平等であるということでしかない。
”愛する”とか”我が”子供、家族、最愛…etcといった名詞、副詞あるいは連体詞やらを省いた次元で死を語ること。

一人称複数の死は、今日も只中にある。

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白き春 le printemps blanc

丸み、深み、温かみ。
朧に、境界に、空気を包む。

黒田泰蔵さんの白磁はクールなんかじゃない。
悲しいくらいに暖かい。

初めての演奏のギャラは、うつわ菜の花のオーナーから頂いた、黒田さんのうつわでした。
ご本人がいる、作品に包まれたその空間で、わたしは音楽を始めたのだと思います。

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冥福を祈るしかない白き春

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-美の法門-

Hybrid 混血の反語は Purebred 純血でしょうか。
両者関係なく、私は Authentic 真正であるか否かという問いであると思います。

楽器の起源、移動と変容を題材に今、ジャズの再リサーチをしています。
面白いほどに現れる人間にとっての »楽器 »の必要性と、その形フォームが変容しても当然の如くその地その地で逞しくHybridを繰り返し、そしてPurebredというわれる地に帰結し、そこからまたHybrid が生まれる、音楽…
この円環こそが、ジャズであると今日このごろ断言できるようになりました。

書物はまどろっこしい時がたまにあります。
旅という実践によって生まれる、生きた言葉を内包できればしめたものです。
ワクワクしますね。
楽器と人類、ジャズを介したアート的展開。

今後攻めるは南米と北米西方、そしてアジアです。
密かな興奮を抱いています。

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柳宗悦による名著は、ある高みと無を個人的な体験とする。
これは人類という複数形がなす世界に応用できるだろうか。

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ここを目指す。

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あの星雲に音消ゆる

友人の自死。
今までにも胸をえぐられるような死と共にあったが、音を奏でるその人の喪失は、どうにもこうにもならない。
知らせを受けた前日、その人がドアをノックする、激しくノックする夢をみたのです。

この事実を、どうしても受け入れられない。
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無数の故郷へ

宮本常一の命日1月30日。

紀伊国屋書店販売部の知人に頂いた写真集「昭和の情景」には、無数の故郷をみた宮本常一の眼差しがある。
彼は日本を歩き、土地風土の中に生きる人々を撮り、彼らの息を感知しつづけた。

2012年、生田緑地にある川崎市岡本太郎美術館で開催された
「記憶の島 ― 岡本太郎と宮本常一が撮った日本」。
二人の日本への眼差しは、彼ら観るもの(旅人)と、観られる者(その地に生きる人)との間にある空気がはっきりとカメラに収められている。
企画をされ、また展覧会を案内してくださった学芸員の仲野さんを、ある人物を介して知ることとなった。
その人物はマルセル・モースを生涯の研究対象とした。
戦前パリ、岡本太郎はバタイユやレリスとの交流と同時に、マルセル・モースの講義に出ていた。
学びの対象とは、人類の生きる姿。民族学、民族学と呼ばれるものだ。
宮本常一は戦前から日本中をくまなく歩き、民衆というものを民俗学の分野で調査し続けた。
それは今の映像人類学への予感でもあった。
同志として岡本太郎と宮本常一は時代を生きたことだろう。
経済という魔法に取り憑かれてしまった人々に、彼らは寄り添うことは決してないだろう。

人から人へ、音も言葉も香りも伝搬し、それらの要素は今日わたしたちの生の救いとなっている。

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鉱害によって破壊された直島の自然を、カメラにおさめた。

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青森の農村へ。もちろん恐山へも。まさか六ヶ所村が核燃料サイクル基地になろうとは夢にも思わなかっただろう…

人は今日足跡残し雪の道

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深秋、放たれる音

Openradio136回目の放送のテーマは、「近くにあって遠くにいるものへー」

先日逝去された近藤等則(Tp)さんが奏でたマチュピチュ、そして富士山。
奏でることのできる今、わたしたちはどこで、だれに向かって、
演奏するのでしょうか。
もしかしたら、そのベクトルは内に向かっているのかもしれません。
いや、音は外へ、放たれるものなのです。

2020/10/23上弦の放送はこちらからご試聴になれます。
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio20201023-waxing-moon/

01) Ndeve Guara Santaní (Dúo Bote)
02) 秋彩 (近藤等則)
03) ソムアディティア (優芽/鈴木俊)
04) Hasta Siempre Comandante (Robert Wyatt)
05) Q (Bobo Stenson)

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今秋の逢瀬はどこか遠きかな

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写真は影だ、と言った

いい写真を撮る男は、いい人間か否か懐疑するところですが、
いい男たちであることは、昨日確信しました。

新作ソロのCDジャケット、どんなものになるか、ちょっと楽しみです。

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部屋番号は51 or 1107

影つくるパリの光の晩夏かな

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薄荷水と夏の終わり

8月最後の上弦のまっぷた月の色めかしさ。
2020/8/26のopenradioは台湾の歳時記から少しインスパイアを受けて、選曲してみました。
薄荷ミントは夏の季語なんですって。
2年前の台湾で演奏した際の湿潤を思い出しながら、薄荷水に晩夏を眺めながら…

Mixcloudからご試聴いただけます。
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio2020826-waxing-moon/

01) We are all lonely souls (蘇珮卿 Paige Su)
02) The Horse Thief (陳穎達 Ying-Da Chen)
03) Vaguely Asian (John Taylor)
04) Onirou (Eleusis)
05) 喝酒不好 (Leo王)

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中庭の静寂に浸る薄荷水(麻紀)

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三尺の空を匂はす薄荷伸ぶ (楊海端)

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1860年/1920年

ピカソ美術館の裏にある、サックスの楽器修理屋さんは、通りに面して扉はなく、
ガラス窓をノックし、店主が建物の大きな扉を開けてくれることによって、入ることができます。
Guyが倉庫から次から次へと出してくれるその楽器たちは、ヴィンテージものばかり。
一番古い物で1860年のメタルクラリネットが!
そしてなんといっても1920年のドイツのWorld社のサックスが….!!!
アメリカ製のクラリネット、サックスは欧州からの移民たちが作ったものだそうです。
そう、移動によって楽器の歴史がみえてくるのです。
そして、音楽の存在も然り。

人間の移動とは、音楽の変容を意味します。

2年前、四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるで行った講演「ジャズの変容」を元に、
黒い大西洋とジャズ、ハーフブリード、移動と音楽、楽器をキーワードに、
ただいま執筆中です!(300頁、いくかな…)

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眠っていた楽器に息を吹き込む魔術師、パリで一番古い楽器修理屋さんのGuy。

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モンマルトルにあるギター工房。
1800年代のバロックギター。
こちらはスペイン人御歳80歳のリベルトさん!

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小麦粉のレシピ

けいそうビブリオフィルでのweb連載「ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた」
が始まって2年目を迎えます。
ツアー中は執筆も、料理もできませんので、いや、遅筆が原因で…まだ14品しかご紹介できていないのですが、今回外出規制の中、番外編として小麦粉を使ったレシピ6品を書き終えました。
列を作ってパン屋の前に並ぶより自宅でつくる焼きたてのパンの香りの妙。
モンゴルの焼き麺、ウイグルのグシュナン、グジェールもどきに秩父のたらし焼きもどきetc…
外出の機会は増えるものの、それでも作る時間、買う時間を意識したとき、作ることへの愛情を思い出すかもしれません。

番外編ー旅する小麦――買う時間、作る時間、あなたとわたしの距離――

その1)https://keisobiblio.com/2020/05/27/nakanomaki-extra1/
小麦粉にまつわる小話とレシピ

その2) https://keisobiblio.com/2020/05/30/nakanomaki-extra2/
音楽家と農家の収入、互酬性、道化、相互扶助がキーワードとなります。

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モンゴル風焼きそば3

たらし焼きもどき2

グシュナンもどき2

麦揺れて風を探せば君の笑み

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埴谷雄高とアンドレ・セゴビア

埴谷雄高、彼は不整脈を患っていたことから、実際に心臓がある瞬間止まる経験その中に、彼の形而上学的思想が生まれた、という話を聞きました。
これは身体的現象が思想を促すという面白い逸話です。

アンドレ・セゴビアの音楽にインスピレーションを受けた音楽家。
彼はセゴビア自身の演奏を目の前で聞いたことはないかもしれないけれど、残された音源から音の魂を内包し携え、今、違う形でわたしたちの心に彼自身の音楽を届けてくれます。

演奏を職能とするわたしたちの今は、ある試みの過程只中にあります。
生きた人間が生きる人間のいる空間で奏でるということの不可能性。

同じ空間に、今は亡き彼らの、思想、音楽という存在は今もわたしたちと共にある。
生きた音楽の中にあるはずです。

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一音が放つ曼荼羅五月闇

Image de prévisualisation YouTubeセゴビアにインスパイアを受けたというSun Kil Moon(MARK KOZELEK)の音楽

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ドゥールーズの中庭で

もう何年も前、ドゥールーズの娘さんと彼女の元旦那さんにお呼ばれした。
そこはパリ下町20区。
あの17区のアパルトマンを離れ同居4世代の最年長者としてサロンに座るドゥールーズの奥さん、ファニー。
映画監督である娘のエミールの寛容性。
現在の奥さんであるモッド。乳のみ児は今中学生に。
女たちに囲まれ、最後までアルコールと喫煙を手放さなかったその男ローランはもういない。
残された女たちのLa vie は今、どこにあるのだろう。

彼女たちが同居するその空間とは、それぞれの玄関が中心にある大木を囲む形になっている。
それは、アフリカの女たちがごはんをつくるあの中庭を彷彿させる。
土と藁でつくった家々に囲まれた中庭には、山羊、鶏の小屋、あちらの樹とこちらの樹にひっかける洗濯ロープ。

社会的距離は体感的距離という呼び名の方がいい。
個体の幻想は今、共生の中に投影されるだろうか。

「すべてが絶えることのない相互作用の中で共存するのだ。」
      -千のプラトー- から ジル・ドゥルーズ・フェリックス・ガタリ
Ou bien

「生成変化を乱したくなければ、動きすぎてはいけない」
      -記号と事件- ジル・ドゥルーズ

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陽炎へりごはんをつくる女たち

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パリっ子の食卓

愛する人、人々のためにごはんを作る時間ほど幸せなことはありません。
それを共に分かち合う時間ほど生きていると感じることはありません。

「パリっ子の食卓」という名著を書いた、フリーペーパー・オブニーの元編集長
佐藤真さんは、ミュージシャンでもあります。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309283784/
マコトさんのフランス家庭料理のアシスタントをすることによって教わった数々。
レストラン取材ではパリ中のビストロを闊歩し、おおいに飲み歩き…
またミュージシャンとして何度かの演奏、そして録音をしました。
マルセイユ在住のロマのギター奏者、Raymond Boniとのツアーでは、男である彼らは実に工夫を凝らした手料理を作っていた。
女である私が台所に立つ出番は皆無であるほどに。

今まさに、彼は病と闘っているのですが、彼のレシピから溢れ出る
「ごはんをつくる」愛情に今、甘えています。

と同時に、テントさえない移民たちの今日のごはんを思うと、食べ物の循環の不条理に怒りを覚えることは否めません。
https://www.bbc.com/japanese/video-52253632

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おいしい一皿を作るにアーモンドを炒る。
そんなひと手間に、心うたれます。

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彼が最後につくってくれたのは、驚くなかれのうますぎるクスクスでした。

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旬の白アスパラガスには、自家製マヨネーズに泡立てた生クリームを混ぜることによって、卵の匂いが抑えられ、ふわっとした春の雲のような風味になることを学んだものです。

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今となっては私の18番になったプルーンのケーキ、ファーブルトン

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アップルタルトは生地を捏ねすぎないでサクサクにするのがこつ

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大丈夫春の静寂にゐるからね

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Cinque roses, Langage des fleurs

バラの想い出は枚挙に暇がありません。
フランスの花屋さんからブーケを抱いて出てくる男性の多いこと。
今年のバレンタインデーはどんな花でしたでしょうか?
あ、日本ではグローバリゼーション搾取構造の最先端をいくカカオを原料とするチョコレートでしょうか。(もちろんフェアトレードのものもありますが)
花より団子。

バラの木は何代にも残ります。
我々人類のように。本質を変えず香りや色形、バラの種類の多様性たるや。
パリ吟行のメッカといえばブーローニュの森の一部であるバガテル園。
いやいや、パリ南の郊外にはライレローズがあります。(バラ好きの聖地)。
今でも覚えているのはここへ来るためにフランスへきた知人を案内した時のこと。
5月、冬季休暇を終え開園してるとおもいきや、門は閉まっています。
しかし、余念なく働いている園芸師が私たちのために、彼自身の責任において入れてくれたのです。
そう、バラ園の貸切状態。
彼のこういう気配りは=improvisation=ça c’est la vraie vie.

一人称と目の前にいる人との関係性が生まれるその瞬間「何ができるか」という反応に応対するアクション。
守るべきものは主体となるこの関係で、いつ裏切られるかわからないしがらみではありません。

ということで、わたしは今年バラを大事な人に贈りました。
Cinque roses,
花言葉は… »C’est le plaisire que je vous ai rencontré  »

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京都花政では100本のバラが旅立ちを待つ。

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五代目主人・藤田修作さんの審美眼は山野草にありますが…

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42歳の誕生日には42本のバラを

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でも本当はこういうのが好き

冬薔薇に別れを告げて涙雨

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鬼のように遊び、修羅のように学ぶ

演奏家にとっての仕事は楽器の練習と思索。
時々練習が遊びになることも稀にありますが、それは晴れた日に河岸やら山の山頂、あるいは牛の前でパラパラと奏でる時のこと。
遊びの空間にはいつもそう、自然があることです。
そして、学びも自然の摂理からの贈与としてあるのです。
今宵お洒落をして愛人と出かける、
というのも鬼のような遊びの極意であり、修羅となり候。

(タイトルは社会思想学の上野俊哉さんのフレーズから借用)

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愛人の家には熱帯魚、イグアナ、白蛇、お猿さん、秩父の流木なんでもござれの居心地のよさ。
インテリアにHermèsのスカーフをさりげなく飾る、センス。

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締めは銀座のBarとなる

おもろうてやがて三冬尽く末時

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映像の音、菫の光

映像に音をつけるという仕事は、かつて武満が言ったように、「映像から音を削る」という表現があっています。
まだ見ぬ世界の始まりを音で想像するという刺激的なこと。
絶望の中に垣間見る微量のワクワク感と同時に、共同作業の生みの苦しみもあり、それが、音と共にある人生なのかもしれません。
今回の題材は、ラ・フォンテーヌの寓話。

たっぷりと待ち構えている絶望の中にある僅かな光を捉えることはできるでしょうか。あ、菫とは、人(人偏)が見つけることによって在る、僅かな花の光なのか…

ライオンと鼠(ラ・フォンテーヌ)

できるだけ、みんなの役に立つようありたいものだ
しばしば人は自分より小さな者を必要とする
このことが真実なのはふたつの寓話が裏付けている
それを証明する物事はたくさんある

一頭のライオンの足の間に
一匹の鼠が土から顔を出し目を回した
百獣の王は、この機会に
王の寛大さを示し、鼠を逃がしてやった
この善行は無駄ではなかった
ライオンが鼠の助けを必要とするなんて
だれが信じられるだろうか?

けれども森を出たときに
このライオンは網に捕えられてしまった
吼え続けたところで罠はほどけなかった
鼠殿が駆けつけ、その歯でもって
網の目を辛抱強く齧り
とうとうライオンを解き放つことができた

長い時間を掛け忍耐づよく行うことは
力や猛りに優るのだ

LE LION ET LE RAT

Il faut, autant qu’on peut, obliger tout le monde :
On a souvent besoin d’un plus petit que soi.
De cette vérité deux fables feront foi,
Tant la chose en preuves abonde.
Entre les pattes d’un Lion,
Un Rat sortit de terre assez à l’étourdie.
Le Roi des animaux, en cette occasion,
Montra ce qu’il était, et lui donna la vie.
Ce bienfait ne fut pas perdu.
Quelqu’un aurait-il jamais cru
Qu’un Lion d’un Rat eût affaire ?
Cependant il advint qu’au sortir des forêts
Ce Lion fut pris dans des rets,
Dont ses rugissements ne le purent défaire.
Sire Rat accourut, et fit tant par ses dents
Qu’une maille rongée emporta tout l’ouvrage.
Patience et longueur de temps
Font plus que force ni que rage.

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今宵十六夜 De qué estás celoso?

小さな世界にいるという自覚がなくなることはいいことだと思います。
なぜならその範囲での幸福を味わえるので。
それを味わえない場合外に希望を抱きますが、それは幻想です。
今いる場所を認識するということでしょうか。

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鶴岡のうまいビストロBlackbird Marketの床

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時を刻む壁

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見覚えのある我が家の洗面所。

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近所の漁師が釣った魚に、ちょっと愛情をかけるということ。
マリーゴールドは我が家の庭で咲いたものを

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そろそろ暖炉に灯を、柿を食む時期

おもろふてやがて悲しき過去の鷲

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やはり旅はひとり

 電車好きの方にはたまらないかもしれません。
真っ赤な氷河鉄道は湖のほとりを、峠をゆく。
ゆっくり時間をかけて、ある土地にたどりつけば、
人はなぜ、どうやってこの桃源郷のような地をみつけたのかが気になります。

電車といえば、けいそうビブリオフィルでの連載はあるサックス奏者が電車の中で演奏をしているところから今回ははじまります。
https://keisobiblio.com/2019/08/01/nakanomaki11//

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その当時どうやって鉄橋を建てたのだろうか…

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車窓風景に見惚れる

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スイスのそれはなんと箱根登山鉄道と姉妹電車のようです!

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死にまっすぐ直結するような

小暑迎え、都の人々は祇園さんのコンチキチンが流れる毎日の日々だろうか。
枇杷に木苺に新じゃがも今年は豊作。
生の熱気がただようものの、やがては果てる行く末を想像せずにはいられない。

長い付き合いになる方が檀一雄のこんな一節を送ってくれた。

「自分の死にまっすぐ直結するような、簡素で悠々たる自分の人生を作り直してみたいのである。」

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日本では香豌豆というのかな。野生のスイートピー、はマメ科。
ええ、当然種はとっておきますよ、だれかの未来のために。

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ご近所さんから枇杷をかごいっぱいにいただけば、

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クラフティにして花も添えて、お礼のお返し。

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―発酵世界とわたしたち―その壱

けいそうビブリオフィルでのweb連載、9皿目は発酵豆をつかったごはん。
ここレバノンでは教える側でもありますが、たくさんのベイルートの人々に教えてもらうことにもなりました。
شكرا لك

ブルキナファソの納豆炊き込みごはん!?
https://keisobiblio.com/2019/04/19/nakanomaki09/?fbclid=IwAR3EmXWmjXqt7zEA0KcMyC2_0d8pfNamb731HFka3RLBSDu7HJ1Yc2OcPDc
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フール(ひよこ豆の煮スープ)名人!

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ひよこ豆のオンパレード

復活祭豆喰ふ民の側にをり

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春の疾雨、再びレバノンへ

録音に、種撒きに、病院に、もうどうしたものか。
楽器のメンテナンスに締め切りをとうに切っている原稿に取材。
雹に雨、土は喜び耕すには雨のおかげで畑仕事の疲労は半減するのか。
とはいっても、精神も身体ももう自分では支えきれません。
とはいっても、さて種だ。
有機栽培のものを食べ、コンポストにし、種を保存する。
己の血が良血ということで種を守備するのか。
平等を掲げる輩の偽善はもうたくさんだ。
どんな種を残したいというのだ?
「人種と歴史」?
今宵のopenradioはレバノンでの演奏で2週間のお休みをするため、
レバノン特集としての楽曲をお送りします。
4月の新月の放送はこちらから
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2019/4/5_rebanonhe_zaibi.html
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mixcloudでの試聴はこちら。
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio201945-%E6%96%B0%E6%9C%88/
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レバノンでは、いよいよ始動する、演奏者が踊るプロジェクトを。
その題材となるのは、縄文であり、MahuaとGanjaの愛の物語、
そして揺れる大地を守っている蛇の神話です。
もちろん空にはお月さんが、いるんですよ。

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畑の畔に咲くチューリップの逞しいこと。
プロジェクトの核を担うのはインドの絵本、「夜の木」。

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外では雹が、中では録音が続きます。

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演奏もして、ごはんも用意する男たちの頼もしいこと。

月愛でるどんな種さへ輝けし

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くるみ 春の月

サティの「卵のように軽やかに」の訳編者であった岩佐鉄男氏が2017年
食道癌で亡くなっていたことを知った。
スポーツと気晴らしの3番目の曲「La chasse 狩」は彼が訳したのだろうか。

Entendez-vous ce lapin qui chante?
Quelle voix!
Le rossignol est dans son terrier.
La hibou allaite ses enfaints.
Le marcassin va se marier.
Moi, j’abat des noix à coup de fusil

聴こえますか、兎が歌っているのが?
なんという声でしょうね!
鶯は巣の中にいる
みみずくは子供たちにお乳をやっている
猪の子は近く結婚する

私は、といえば
鉄砲をぶっ放して
 くるみを撃ち落とす

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外にも出よ触るるばかりに春の月 中村汀女

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Lunatiqueなパリの春

モンパルナス駅、プラットホームで15分だけ会うというのは、相互の安否を確認するというか…
そういう逢瀬もあるのですね。
会う、という行為の中にある交通。
その人は、エロティシズムとは死の贈与である、と教えてくださいました。

朝靄が立ち上がる車窓。
渡河するカルーゼル橋にあらわれるは3月のパリの雲。
そしてLunatiqueに変幻するパリの春。

パリ一人否定形の花在りて

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晴天只中やがてLunatique-きまぐれ-に天気は変幻。

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昂ぶる大地、春の靄

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週末恒例黄色いベストデモ。とりまくはPolice。

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おおきな子供、小さなおとな

図書館は楽園ですね。
といっても楽園では本よりも音を聴いている方が楽しくて、音源ばかり借りていた。
そうあの時代はカセットテープやCDを借りられたのですね。
Youtubeもなければ配信もなかった。
本を借りているふりして実はMJQやらStan Kentonやら、やや硬派なJazzをむさぼっていたその場所は鶴舞図書館。
愛知芸術センターができてからはセンター内図書館で、オーディオ視聴を日課にし、そう、本は読んでいなかったのだなあ。

1976年にできた、しかも四日市というマイナーイメージの街にある、本の楽園その地は「メリーゴーランド」という。
日本ペンクラブ主催の「子どもたちの未来、子どもの本の未来」というフォーラムが、東京ではなく、なぜ四日市!?
しかし、この地に人々は、人々は集まるのですね。希望を求めて集まるのですね。
想像するという、人間が唯一自由になれる瞬間を求めて、集まるのですね。
びっくりしました。四日市ですよ。しかしその所以は店主にあり。
2時間半の板の上の人々の語りを聞けば、笑い皺が増えてしまって、涙が溢れてしまって、どうしましょう。
案の定フォーラム終了後は作家さんたちの本を人々は求めたこと。

児童虐待という今とは。
それは個人の世界と死という世界を、だれかと共有できない世界に起こりうる現状なのです。

ああ、そういえば、今やアルコール依存症でもうなんともいえぬ父の姿を目の前に、彼からの誕生日の贈り物はいっつも本だったなあ。と、記憶というのは何と残酷なんでしょうね。
愛する人々はいつも、本を贈ってくださった。

余談ですが、生まれ育った町の名前は「楽園町」という名前でした。

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