Archive pour 音楽 musique

価値とはブランドロゴにあるのか

ある依頼が、あるイベントの1週間前にあり、こういう間際の依頼は仕事がら
よくあるのですが、ある難関を越えられれば引き受けることができる、と思い、
師走の賑々しさと忙しさに押されて、ある挑戦を。

それは、韓国人アーティストMunGi YANG氏の「DE LUXURY STONE」という、
石にブランドロゴを刻んだ作品を持ってフランス国立近代美術館、
通称ポンピドゥー・センターの広場をファッションショー会場に見立て、
野外で演奏するというもの。

ブランドロゴマークが刻まれた石の鞄を持って歩くモデルさんも大変だけれど、
極寒パリ野外で一人で吹くという、これが »ある »挑戦としてあるわけで。
指はかじかむ、歩きながら吹く、金属でできたサックスは寒さで音程が
おかしくなる。とまあ挑戦に見合う条件そして状況。
しかしながらパフォーマンスを見入る人、行き交う人からの反応、
なによりパリ大学で学ぶ韓国の学生やミュージシャンと知りあいになれたことの
喜びは大きなもの。
特に韓国の伝統楽器、大笒テグム奏者 InBo LEEとの出会いを、
大切にしたいものだ。

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ポンピドゥー・センター広場での演奏を終え、ストラヴィンスキー広場に移る

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ルイ・ヴィトン、モノグラム・ヴェルニのパロディ!!

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全27公演、ありがとうございました!

今秋ツアーを応援いただきありがとうございました。
既に数週間経ってしまった今頃になってのお礼だなんて、師走も迫るというのに…。
今回も各地の頼もしいほどの生きる力に感激。
上越は100年を迎える世界館を守り、盛り上げる、力。
秋田の学生さんたちが持っている好奇心の眼差し、
おずおずと、しかし個と個になると発揮する、力。
福島は飯野町に覚悟を決め、先祖を守り抜く、力。
北海道の山との共生、海との交わる、力。
静岡の山寺承元寺住職の、鈴木大拙の英語講義を日本語訳にする、力。
名古屋のアートと生きる過程を同次元で展開する、力。
富士山周辺はやはりそのエネルギー自体との共存を日々のこととする、力。
まだまだまだありますが….
真の交流とは、人が動いてなんぼのもん。
ともあれこれら土地と人々が生む力、との出会いでした。

土地行けば寒ゆるみたるおふるまひ

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会津を抜けて霧の中の、これが磐梯山じゃ!

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秋田公立美術大学の学生たちに質問攻め、の演奏者

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「てさぐり」展覧会の会場を案内してくれる人は、視覚障害者の方々!
だから、鑑賞者も「てさぐり」なんだ!決して革新的ではない、これぞ必然的展覧会。

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井上信太(美術作家)・前田真二郎(映像作家)による未年計画 名古屋ひつじ物語
開催するヤマザキマザック美術館へ多いに一票!

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駿河に安国寺、今は承元寺、重松ご住職の英語での会話のひと時。

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女の細腕で樹を切り倒し植林する姿。ホタテ貝を大地に敷き詰め、向こうに見えるは洞爺湖。

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小さな窓から、世界を観る。

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残り7日で10公演!?

ツアー中の仕事は、一に連絡、二に洗濯、三四がなくて
五にキヨーレオピン投与。とまあ常軌を逸した今回の過酷ツアー(笑)最終版、
昨日は高田上越「世界館」へお越し下さったお客さまは、
北は秋田、東は富士山、海外からはフィンランド、と全国から
多くの方々がこの古きよき映画館に集まってくださいました。
深謝。
炭坑夫の映画では、彼ら自身で得てゆく労働条件改善の過程、
そして安全性の獲得。がメインとなり撮られているのですが、
これ、まさにKyのツアーにあてはまるわけで、
24時間労働(自分)+組合員(某ギター奏者)からはストライキ直前!(笑)

人生小波大波、出会いの結晶に、感謝。
まだまだ行きまっせ〜!ツアー士気は加速中。
残りの公演、お見逃し無く。

山々を越えて日本の冬浅し

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先日地震のあった長野北部を目指し…

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しなのは中野、中山晋平をたずねて。
この時代の日本に、楽譜+絵画本という豪華版があったのですね!

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うれしき高田の映画館、世界館での演奏。
ロビーで待つお客さんの入りもいい感じに

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ツアー二日目@軽井沢文化磁場

地方に行くと、驚くべく文化磁場に出会うものだ。
「油屋」さんと言えば、中山道信濃追分に在位する旅館で、
時代を越えて旅人を迎えてきた。
その場所は、今や「油や」文化磁場となり、もちろんそれは必然的であり、
しかし冬期はお休みするとのことで、11月3日は冬眠パーティー。
そこでKyも演奏で参加、という案配。
この場所が、いい。
回路には小さなギャラリーから本屋さん、猫ばかりを扱った「猫町カフェ」、
東京柳橋にある芸者歌手、市丸姐さんの日本家屋住居を
そっくりそのままギャラリーにしたlucite gallery。
そして二階はもちろん宿泊できる。
様々な作家たちが在宿し、旨い蕎麦を食べ、軽井沢の木々の中で
いくもの作品を編み出したことだろう。

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すぐ隣には堀辰雄の記念館

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ツアー前はいつも、徹夜録音+料理教室

ああ、成田空港に幾度お世話になっていることやら。
着陸する飛行機の中でいつも、ここで闘われた、ある現実を想像し、
そしてその結果にある滑走路を使う者としていつも、胸が傷み、しかし使い続けるという矛盾。
毎度おなじみ出発前はパリで徹夜録音をし、
(なぜかいつも映画関係の仕事はツアーが始まる直前に依頼が来るのだ)
音源をパソコンに詰め込んで、編集はツアーの合間に。

前々日の個人宅での料理教室はプロも主婦も食への興味溢れる4人と仲良く家庭料理を。
茶碗蒸しはやはり出汁が命。南蛮漬けはどこでも好評。
あとはお寿司などなどウケもいいものを。

さてさて、2014年のツアーがいよいよ始まり、
紅葉たけなわの河口湖の初日、それは色々な所から皆聴きに駆けつけてくれる。
感謝。

陽ののぼる国に辿りて秋を知る

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録音終了は朝5時終了。これから荷造り…

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木屋の包丁はよく切れるのです。

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白夜の国から緯度低き陽を追い求めて搭乗

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東京は、光に溢れきっているね

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子どもだってにんげんだもの~アシャラ祭~

« こども »も »おとな »と同じ音空間を共有できるのですよね。

イスラム暦の新年から数えて10日目の来週モロッコではアシャラ祭が始まります。
アシャラとはアラブ数字の10という意味。
アシャラの日の喜捨は、富を得た者は昨年の年間利益10% (地方によりますが)
を恵まれない人々に与える日でもあり、
だから道端、または商店などで施しが行なわれる。
毎年イスラム暦によって日が変わるけれど、収穫の時期である今年は
農作物で喜捨がおこなわれもする。
国家一員としての義務ではなく、自己に課すこの姿勢。
そこに宗教性をみるかどうかは別にしたとしても、やはり
イスラム教のこの喜捨の精神の清々しさ、
これこそ人類の共同体としての姿ではなかろうか。

さて、エッサウィラではこの日は子どもたちのタリージャデビューの日でもある。
タリージャとは素焼きの筒に子山羊の皮を張り、同時に糸も張る。
そうする事により »ビリビリ »というさわりの音が鳴り響く仕組み。
道端で子どもたちがこの打楽器を叩く姿に、音世界とその民族の伝授による
深淵な世界を見ることができます。

さて、昨日のアラブ世界研究所9階 (実はここ、パリの景観を観る穴場スポットです)
での演奏は、主に子ども教育を対象とした昼の公演。
スーフィー教団の音楽とは、また楽器の紹介などなど。
赤ちゃんもいれば幼稚園生、小学校、中学校。みな親御さんに連れられて興味津々。
でもこの公演の主題に対し ”子どもむけではない” などと誰が決められましょう。
子ども向けに”ディズニー”やら”流行の曲 » ???
ちゃんちゃらおかしいですね。
ということで、今日もまた、なんら差別無く皆が、音世界に浸ったのでした。

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慣れないフランス語で一生懸命スーフィー神秘主義のことを話す、
タリージャ奏者、ハッサンと一生懸命耳を傾ける子等たち

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もちろん伝統的な曲では演者そして観客が共に踊ります

子等もまた音の飛礫に秋の声

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モロッコのユダヤ人

15/8 拍子のリズムがタリージャ、ヘレーズによって刻まれる瞬間、
拍子の頭を探し、メロディーの頭を探し、という感覚はなくなるようです。
ただただリズムに心身共委ねて、感覚の中に何かが目覚めたとき、
自然と舞台前方で叩くリズム隊と目が合い、何百年続く »治癒の音楽”と
呼ばれる神秘主義スーフィー教団Hamdchaに伝わるそのメロディーが自然と楽器を
通してでてくるのでした。そして歌い手サラの声が、メロディーに、重なる。
とまあやはりその音を聴かねば伝わらぬこと多々ですが…

またもや舞台の上では、やはり音の神さんが降りる瞬間多々で、
なんど涙が頬をつつったことか。お恥ずかしい。
例えば、 »Bibi Louya »という曲はリーダーであるYoramによるアレジン。
モロッコ組は激しさを抑えたリズムを淡々と叩く。
この曲が始まった瞬間、突然涙が目に溢れた。
本番である今日の今日までYoramはこの曲の由来を楽士達には話さず、
しかし、この曲はユダヤに伝わるメロディーなのだという。

観客に向けこの曲のことを説明した後、私は彼の心の奥にあるユダヤ人である
という »何か »神聖たる想いを見た気がする。
そう、彼はモロッコ人でありユダヤ人であり、イタリア人であり、そして今、
フランス人なのだ。だからこそ »ルーツ »を求める彼の想いは
音楽に投影されているのだ。

信心深いモロッコ人スーフィー教団の楽士を目の前にし、
また彼らと共に限りなくイスラムに基づく伝統的な音楽、
そして実験的な音楽を追求している彼の、この時自身の出自を音楽に託す彼の姿勢が
一気に理解できた。

今日はいよいよアラブ世界研究所での演奏、ヤンラ!!

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演奏前の楽士(Hamdchaの衣装ではなく、みな各々の伝統的モロッコの服で)

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Herrezヘレーズの皮は山羊、
太陽がでていないため人工光で皮を乾かし張りのある音に

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お父さん、「生きる」ってなあに?

どういうことだろうね。
生きるということは。
ひとりでは、できないこと、だろうね。

生きるという営み_5(1)

Ky2014年のツアー、11月から始まります。

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1954年生まれ! ブルゴーニュに集合

54年生まれのお祝いの演奏は、
60歳を迎え、なお仕事に励むフランスの友人たちへ。
私の主治医はじめ、映画編集者、インテリアデザイナーに歴史の先生、
主婦もいれば未亡人も。すべて女性であるのも、面白く心強い。
なかでも歴史の先生フロランスの旦那様はブルンジの方。
お子さんが生まれてから母国に帰ろうとしていた時、
ツチ族により大統領が暗殺を機にブルンジ内戦が起り、
フランスに留まらざるを得なかったと。
ネストールさんの、東アフリカ特有のチャコール色の美しい肌、
華奢なからだからはどことなく愁いを感じる。
母国を想い、抗うにも何に対して抗うのか….

楽器を車に積んで、ヨハネの黙示録のタペストリーで有名なAngersから
東へフランスを横断。
白ワインがうまいVezelay辺りからブルゴーニュに入る、
すると景色は連なる葡萄畑の丘。
小さな教会がある村から村へ、途中ロワール河の岸で休み、
すれ違う車もない道を走る。
遠くに見える断崖はブルゴーニュ産の良質な石切り場だ。

普段はパリに住む彼女たちの田舎の家々は、農家を改造した、
工夫にあふれるインテリアに。そして村の人々との共同体という意識を
しっかりと持ち、野菜は庭で、肉製品は週に一回村に来るトラックで、
チーズやワインは隣村の酪農、ワイン製造業者から。
庭のりんごはもう赤くなりはじめ、ミラベルはちょうど食べごろ、
ラズベリーやプラムとジャム作りに精が出る。
おおよそ50名ほど集まり、ラベルのないシャンパーニュは
友人の友人がつてで入手した、都会では味わえない、味。
ヴァイオリン、ギター、サックス、ベンガルの歌手による即興演奏は、
朝4時まで続く。
翌日は村に住む人々の家に招かれ、一杯、自慢の畑で二杯、庭で休憩三杯…
うまいワインと食事でたっぽたぽになった腹と楽器を抱えて乗った列車。
帰りの車窓から見える、ブルゴーニュの刈られた麦畑は秋の予感。

麦跡を車窓に追ひし秋の色

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宴の後、静寂午前5時

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パーティの翌朝でも庭には洗濯物が

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1954年生まれ!

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50人分のクスクスを作った台所

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シャガールの磔刑、バタイユのランス

シャガールが磔刑になるのではなく、
またバタイユがランス市長になるわけでもなく…
チュニジア人女性とフランス人男性による結婚式の演奏、
という仕事で訪れたここはパリから1時間半、
シャンパーニュ地方ランス。
花嫁方の女性達のユーユー(ファルセットと舌を駆使した女性の歓喜の表現方法)
が式を盛り上げ、太鼓類に合わせて踊る、晴、祝いの日。
両方家族の宗教を越えた、人と人の繋がりを感じる次第。

この街へ来たからには、ランス大聖堂に行かないわけにはいかない。
という事で演奏を終えた翌日、私が出会ったのは、シャガールと、バタイユ。

1914年にドイツ軍の占領下に、街も大聖堂もことごとく破壊され、
負傷者をベットがないゆえに、屋根のない大聖堂で藁を敷いて看護したという。
この街がドイツ軍に占領され、壊廃した、そのなげき、あるいは若い同胞、同志達
へ宛てた信仰を表する随筆、ジョルジュ・バタイユによる「ランスの大聖堂」。
実際の場所に来ると、書物の言葉ひとつひとつが手に取るようにわかる。
13世紀以前、大聖堂が大聖堂になる前から、同じ場所にはチャペル、教会、
という段階を追って建物が建てられていたという。今でも地下にその跡形が残って
いるそうだ。
であるからには、この場所が選ばれた地である聖性はどこからくるのだろう?

いずれにしても、戦争という破壊によって1974年に生み出された、
シャガールによる教会の新たなる光は、会堂奥で誰それを待ち、
62年に亡くなったバタイユは、いつかその光にやはり脱自としての
恍惚をみいだしただろうか。

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花嫁方のチュニジア人女性たち

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シャガールによるステンドグラス
得意とする象徴的な青の中に磔刑のキリストの姿

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ちくま学芸文庫に使われた、破壊されたランス大聖堂の写真

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ルーアンのアラファト、モントルイユのジョレス

-毎日が抗ひて今日平和祭-

フランスの夏のカフェはどこもかしこもテラスをだして、
日が暮れる夜10時頃までグラス片手にアペリティフ。
この時期の演奏は屋外が多く、地方へ行くことも多々。
Jazz A Partという地方ラジオ番組を10年間続け、同名のジャズフェスを立ち上げ、
今はDon Cherryを主人公にした物語を書いているというピエールに声をかけてもら
い、今日の演奏場所はパリから電車で1時間30分、ノルマンディーの海岸へ行くに
必ず通過する街ルーアン、の市役所の前の広場。
機材、PA、サウンドチェックに準備は進み、楽屋は市役所の横のカフェ、
だから観客から声をかけられ、一杯おごられ、CDを買ってもらい、
演奏後も人と接することの楽しさ、が味わえる。
そしてそのはす向かいに居るのは…要するに市役所の目の前、
という位置にいるのは、アラファト!
そう、ここはフランス共産党の事務所なのだ。
ノルマンディーらしい木組みの小さな家には、今は亡きアラファトYasser Arafatが
L’Humanité(Jean Jaurèsが1904年創刊した共産党寄りの日刊紙)の表紙を
飾っている。

そして、いみじくも今年はJean Jaurèsが、モンマルトル通りのCafé du Croissanで
国家主義者に暗殺されて、100年。
彼が第一次世界大戦に反対していたことは言うに及ばず。

地方での演奏を終えて、我街モントルイユに戻ると、市役所前の広場を会場とした、
Jaurèsを偲ぶ野外展覧会が行なわれていた。
当時の政治、情勢を写真などの資料と、そして音声(当時の電車の音、街のざわめき)が広場に鳴る、もちろん、ジョレスの声も!

ここモントルイユは第二のバマコ、広場のベンチでは、
マリのお兄ちゃんたちが仲間とジャンベを叩いていた。ジョレスの声をバックに!
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演奏会場のはす向かいには、アラファト議長が

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演奏が終わり、皆またテラスで飲み始める

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Jean Jaurèsの物語が広場に

フリーペーパーovniによるルーアンとジョレスの特集はこちらから

「ルーアン、尽きない魅力」
http://www.ilyfunet.com/ovni/par-ci-par-la/voyage/652_sp.html
「ジョレスはヘビー級の雄弁家だった」
http://www.ovninavi.com/768sp01

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ヨガりながら演奏!?

瞑想を主とする本来のヨガ、またはハタヨガ、
シャドーヨガなどその種類は枚挙にいとまがなく。
ここブルターニュはサンマロから80kmGAUSSON村でのスタージュでは、
そのどれをも取り入れたヨガ。
インドに渡り、ヨガの手法を習得、スタージュのまとめ役を担う
パスカルからの依頼で、音を担当することになり、不肖ながら私もヨガに参加。
日入り、日没、休憩中、食後に演奏。
中でも興味深いのが、瞑想中に、空気の音(!?)と共鳴する息の音、
または楽器から発せられる音、というコンセプトでの演奏。
目に見える効果を期待するのではなく、内にある「何か」に
耳を傾ける機会となった次第。

ここでパスカルのパートナー、クリスティーヌがスタージュ中に
作った野菜中心の料理で、印象に残ったレシピ3点

☆蕪のグラタン
蕪4個の皮を剥き、食べやすい大きさに切り軽く蒸す。
その蕪を少量のオリーズで炒め、塩こしょう、ターメリック、
クミンパウダーを入れて焼き炒めつける。
グラタン皿に移し、カンタルチーズ(エレメンタルチーズでは味がぼやける)
を散し、200℃のオーブンで食べる直前に10分加熱。(2人分)

真っ白い蕪、ピンと立ったその葉を市場で見ると、真っ先に蕪のべったら漬け、
葉は塩で揉んで重りを乗せ、翌日たっぷりの炒りごまと一滴の醤油で食す幸せを
味わいたくなる。
しかしこのシンプルさは自宅での一人の喜びにとっておき、こちらは18名。
オーブンで一気にできるこのレシピは大人数の時に便利。

☆根セロリのピュレ
根セロリ(一玉約400g) は厚めに皮を剥き、被る程度の水、
粗く切った玉ねぎ半分、ジャガイモ1個、同様にニンニク一片を入れ茹でる。
ゆであがったらお湯を切り、茹でた野菜に塩少々、ごまを加えてミキサーで撹拌し、
ピュレの出来上がり。ニンニクが入ることにより食べごたえのあるピュレとなる。
野菜を茹でたお湯は野菜のブイヨンとなっているので塩を加えたらスープになる!
また、スパイスを加えたり、根セロリをにんじんに転用するなど、
アレンジも楽しい。(8人分)

☆レンズ豆の温サラダ
レンズ豆をよく洗い、一晩水につけて、翌日鍋のまま煮る。
(塩を最初から入れると煮る時間が遅くなるので最後に)
別途でソース=紫玉ねぎを薄くスライス、オリーブオイル、塩、胡椒、
ワインヴィネガー、マスタードを混ぜる。
穴の空いたお玉で皿にレンズ豆を盛り、各自ソースをかける。

通常ソースごと煮る、または豚の塩漬けと煮込むが、ソースを後からかけることに
よって、レンズ豆自体を味わえる+銘々でソースの量を加減できる+玉ねぎの食感が程よい。という三拍子の巧妙。
豆料理は世界各地、人類が生み出した食べ物で私たち先祖を救ってきたと思う。

-三伏やヨガ道場に寝そべりぬ-

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休憩中の演奏は、途中眠りを誘う音となり…

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くったりと炊き過ぎないポロ葱の温サラダもなかなか

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粟、液体豆腐、グレープフルーツのグラタンなど
食材を料理に仕立てるセンス抜群のクリスティーヌ

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エジプト カイロから 其の壱 三位一体 !?

遅ればせながらの報告として。
6月、日本から帰国、すぐにエジプトへ発ち、現地エジプトのヒップホップ、
ラッパー、そしてコートジボワール、レバノン、ベラルーシのミュージシャンに
+Kyという出で立ちでリハ開始。
レバノン同様、不定期だけれど定期的に停電。
12曲のレパートリーをさらい、立ち位置はベースの隣、ということで譜面台を
アンプのかげに隠れるように配置、で音符をカンニング!
ベラルーシ人の驚異的ビートボックスがグルーヴする中で、リフを譜面
みながら演奏なんて格好悪くてできない!なんていきがっていたけれども、
全曲のリフ、覚えられませんでした…。

さて、停電中はスタジオの外にあるジュース屋さんにて、西瓜の生絞り、
はたまたマンゴー、あるいはサトウキビの生絞りを各々道端で飲み、あぁ生き返る。

カイロ到着その日に地下鉄数カ所にて爆破テロ。緊張が街中にはしるも、
道端でターメイヤ(空豆の揚げ物)を売る露店、相乗りバス、市井の人は
日常のリズムのまま、過ごしてる。こちらは一応、移動はタクシーのみにし、
街にある看板に目をやれば、そう、ラマダン断食月が始まろうとしている。

母国を離れ、今は福島に住む知人エジプト人と日本人の夫婦が、
「断食月はエジプトで過ごしす方が、好きだな」といった想いには、
共通の価値観の中で、言わずもがな意思伝達の可能な同胞、ウンマの中で、
過ごす郷愁、または懐郷を感じさせる。
この意思の疎通=伝達を、「コミュニケーション」と人は呼ぶのだけれど、
コミュニケーションの語意をラテン語から辿ると、
「communis=共有の」そして「communio=誰かと通じる」、となる。

ここで突如「三位一体」を取り上げるのはおかしな発想だけれど、
ラテン語の発祥時期とキリスト教の時代を照らし合わせながら、
後者の用語である「聖体拝領、または聖餐式」を紐解くと、「communion 」
という語彙が登場する。
ここでいう聖体はイエス・キリストなのだけれど、「communion 」の語意は
やはり「共有の、交流、親交」となる。
さて、では誰とcommunionが行なわれるのか、となると上記場合は父・子・聖霊
=三位一体と当人。

只今ラマダンのまっただ中、をする人々にとっての、その位格とは、
Allāhアッラーなんだ。そしてもちろん、ウンマummaとは=共同体。

片陰に乞う金曜日モスクかな

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現在のタハリール広場

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街のジュース屋さん

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リハの最中、一息

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感謝、そして続く音の旅

ブルターニュ~タジギスタン~日本のツアー、まだまだ続くけれど、
一つの山を越えました。
それは高野山。
ご縁を辿り手繰り、蓮に見立てたその空中の世界は、空海が開創した、高野山。
予定通り、限定160席は、本当に160名+スタッフの方々に聴いていただくことができました。
この一連のツアーに尽力頂いた皆様、本当にありがとうございました。
一人一人のお顔、表情、電話でのやり取りなど、私が普段日本に居ないが為に気苦労おかけした部分、お詫びすると同時に、
共同作業の先に、音の結晶(高野に響く鳥の囀、草花の風にななびく音、空気の気)
を皆で聴く事のできた喜びは、一入です。
公演に2回も足を運んで下さったり、10時間かけて高野山までお越し下さったり、
目に見えない部分でのサポート等、
本当に、ありがとうございました。

誰がために響かせ山に薄暑の音

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楽器を持って横浜から名古屋へ移動

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横浜は老舗ジャズクラブ「Dolphy」にて

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ステファンを無事関空へと送り届けます。同時にパーカッションのトマをピックアップ!

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金剛峯寺 奥殿にて開場30分前、余念なくサウンドチェック!

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和歌山港から徳島港へフェリーで移動。巨石の棲む淡路島へ上陸です。

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タジギスタンから、こんにちは その1

「では水は誰が創ったのですか?」

ひとつの文化の底辺に、深く重く、そして存在の根源として在る宗教の力を、
ここタジギスタンで、思い知らされたわけです。
様々な国で演奏していると、西洋中東どこ問わず、
常に挨拶のあとの会話ででてくる宗教の話は、往々に私の仏教的思考を
否応でもリフレクションさせてくれるわけで。
しかしこの問題に縛られていてはせっかくの演奏旅行の大半が、
少しネガティフなものになってしまうので、土地のおいしいものを多いに食べ、
土地のミュージシャンと多いに語り、ここは1990年にソビエトから主権宣言した
タジギスタン、イスラムの風習は多いにあるけれど、
今日も多いにウォッカで乾杯しましょう。

アネットがたくさん入ったサラダは、アロングと相性よく、
スープもソビエト下の名残か、ボルシチが多く、
しかしスープは透明、ベトナムのPhoを彷彿させる。
肝や羊のブロシェットはトルコのそれ、違いがあるとすれば、
イスラム圏の串焼き屋さんでお酒が飲める機会は稀、
しかしここはお昼から淑女でもビールを片手に、ほくほく頬張るものだ。

ちゃんと仕事もせねば。
国立タジギスタン音楽院でのマスタークラスは、「ジャズとは何か」
をお題にした会議、
そしてタジギスタンの生徒とのディスカッション
「エスノジャズ(民族的ジャズ)とは」。
タジギスタンの伝統曲をアレンジし、生徒共に演奏。
ちょっとイタズラっぽくライヒ風のイントロデゥクションを提案。
ピアノ、ウード、クラリネットのミニマルな構成に続いてドタールのソロ、
テーマ、という流れ、どうだろう。

それにしても、ウズベキスタンの若手ジャズマンの力量、そして
キリギスタン、タジキスタンのジャズに対する興味の深さ、
これから楽しみな世界に出会った。
さて、実は今日がエスノジャズフェスティバル最終日、
我らの本番です。フランス代表としてがんばらねばね。

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15日に開会したEthno Jazz Festival。
司会はロシアのジャズ批評家Mr.Gregory Durnova

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国立音楽院でのマスタークラスを終え、演奏準備。

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タジギスタンのパーカッション、想像を越える…音の連なりです。

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タジギスタン風ボルシチ。

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同期 synchronisme

風は息 虚空(こくう)は心 日は眼(まなこ) 海山かけて我が身なりけり

ブルターニュのMoul Stockというフェスティバルに出演した
ミュージシャンが奏でる音や、声は、
世界の小さな村々でシンクロナイズしていたように感じました。
まるでアザーンが空に響き渡る様に。

それは、お金やメディアを通じてのグローバルではなく、
ローカルにある、音楽の在る時間の共有です。

http://moulstock.com/

ライアル・ワトソンLyall Watsonの »エレファントム »の象の足音の様に、
蛍やコオロギの集(すだ)く声に聞ける様に、
自然と呼ばれる現象には、地球上での同期を感じることができる。
むしろ、宇宙にある、地球で。
だから今日もどこかで、同じように風が吹いている。

冒頭は大慧宗杲の歌。著者 玄侑宗久氏『禅語遊心』から、の抜粋でした。
本日この御本を頂戴した次第にて、早速問答をしてみたり。

薫風や祈りのかぎり吹きにけり

だれかが奏でる音も、どこかでだれかとだれかが、
だれかと虫の音(ね)や風の音と、同期しているのかな。

5月31日に奏でる高野山の音も、そこに在る自然と戯れながら、
どこかのだれかに、届きます様に!

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バングラディッシュから、ブルターニュの小さな村にBaulが来てくれた、
ありがとう。

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大西洋のスズキはゲランドの塩と卵白を混ぜたCroute de Selにして焼く、
うまさ。

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ホタテ、牡蠣の季節は終わり、今ブルターニュは蟹がおいしい。

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今年9年目をむかえるブルターニュはBilliersという村のフェスティバル。
村民の庭を開放して音楽を奏でる。
演奏家の目の前に座っていた子供たちも、今やフェスを手伝う高校生になりました。

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花冷え=En avril, ne te découvre pas d’un fil

ステファン・ツァピス(piano)とのツアー出発間近にて、
リハーサルの日々が続くわけですが、
気分の高揚はパリの花冷えと比例して、
麗らかだったり、春雨だったり…
現実めいた失望と、希望ある幻想は
暑かったり、寒かったり、と決して安定せず。

ところで「花冷え」をフランス語で言えば
「 En avril, ne te découvre pas d’un fil 」
「四月は一枚も脱がぬ様に(直訳だと=糸さえも脱がぬ様に」
そして、五月になると、この諺はこう帰結します。
「 En mai, fais ce qu’il te plaît」
「五月は、あなたのお好きな様に」

この諺の内容は、季語でいう「花冷え」と同じで、
花(俳句で花=桜)盛る頃気分は高揚、
しかし一時的な冷え込む時期であるからして、
気をつけましょう、またはその現象を感慨として表現している。

一方で季節に咲く花を中心におく生命の行方、
一方で糸はあくまでの人間が紡いだ、人間の着るもの、
この二つの言葉、あるいは諺は、限りなく同義なのに、主人公は、違うのですね。

花冷えの午後人肌を探しをり

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ステファンのスタジオにて、アルメニアの曲の練習中。

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ミュージシャンにちゃんとご飯を食べさせるのも、わたしの一つの仕事。
ひよこ豆のスープは滋養に、チャワマの中身は野菜がたくさん。

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今日も飛行機雲

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なすはあまり栄養がないけれど、Tahinaゴマソースとフロマージュブロンで、味わい深く。

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UK~ナイジェリア-ibibio sound machine-

1979年から続くブルターニュ最大のフェスRencontres Trans Musicalesでの
仕事を一旦休止し、ロンドンへと渡ったベース奏者Kevinは、
ひとつにミュージシャンの顔と、
ひとつにオーガナイザーとしての一面をバランスよく活躍している。
彼とは2013年にKy+でロンドン録音、ただ今ミキシングの最中。
そして彼が目下サポートするibibio sound machineは、
ロンドン生まれのナイジェリア人女性歌手Eno Williamsがフロントに立つ。
コンゴ(旧ザイール)は70年代のABETI MASIKINIを彷彿させる彼女。
RadioNova好み、のサウンド、よってこの日Bataclanでのソワレも
Les Nuits Zébrées de Radio Novaでのイベント。
因にibibio=イビビオ語=ナイジェリア南部で使われる言語。

それにしても、ロンドンからパリまでメンバー8人を乗せてマイクロバスを運転し、
そのまま南仏のフェスへと運転+マネージメントするKevinの姿は、
現代を生きる、音楽に関わる者の姿として映る。
英語圏のミュージシャンのサウンドチェックをPAにフランス語で指示し、
どの国でも、持っているノウハウと経験を武器に、たくましく渡り歩く。
楽器の運搬だってへっちゃらだ。
ホテル、もしくは知り合い宅での孤独な寝泊まりだって、
翌日のステージのためならえんやこら。

ステージという表舞台を支える同志、深く尊敬する。

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労働者と近代建築の間で

中庭を隔てた大家さんの家の壁が倒壊してかれこれ1年。
隣接する土地に巨大なマンションを建てる=地下駐車場をつくる、
ということで始まった先方の穴堀作戦は、
案の定地盤の緩いこの土地の怒りを買ってしまった。
もろもろの訴訟は権力を我が者に、の大手プロモーターが主導権を握り、
悲しくも我ら大家さんとわたしは、この工事を阻止できねまま、時は過ぎる。

目下この工事現場で労働に従事する男たちの歌が、15時頃になると聴こえてくる。
エンヤ~こ~ら~、の世界。
これこそが、人類の在りし姿、と思う。
工事現場の音は騒音は騒音、
でもその背後に働く男たちの美しい姿が、ある。


お兄さんたちの歌、内緒でフィールド録音しちゃった!

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朝露に 濡れた工事 現場かな

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「国は国民を守ってくれない。」…連帯は

なぜなら「自己責任」という言葉の操作で、
マジョリティーはマイノリティーを糾弾する術を知っているから。
「知る義務」を全ての者に課すべき国は、それを「知る権利」と
置き換えることで、知りたい人はがんばって「知る権利」を獲得して下さい、
とほんの少しの権利を与える。
この逆説的操作を使い、「義務」をさせてもらえないのが
古今かわらぬ私たちの状況。
だから「知ろう」とし、一線に出向く者の獲得した「知」は時に
マイノリティーの前で提示され、決して当事者の過ちではないけれど、
「過誤」と呼ばれる国にとって不利な面(例えば人質、例えば邦人拉致)
が提示されれば「自己責任」という方法で
「権利を獲得するために”自分勝手”に行動した者の責任を、国がとる」
と声を大にして、実は国がマスコミを煽る、連鎖反応。

JVJA日本ヴィジュアル・ジャーナリスト協会の豊田直巳氏が訴える、
「それでも私たちが「閉ざされた声」を日本に届ける使命をもっているのは、
戦火と暴力のもとにあって、しかしなお、遠く海を隔てた日本に暮らす彼らの
共感と共鳴を期待するから。」それは、「連帯」だ。

今の日本の状態を、世界に知ってもらいたい、と思わないだろうか。
大戦中の悲惨さを、どこかの国の人にも知ってもらいたい、
広島の原爆を、より多くの世界の人に知ってもらいたい、
二度と起こってほしくないから。

知りたくもない、興味ない、という人も当然いるでしょう。
しかし、以下松村洋さんの云う様に、実は、権利でも何でもなく、
知ることは、この世の中に生きる上での「義務」だということです。

ミュージックマガジン2月号のPoints of viewからコラムを二つ。
ひとつは松村洋さんによる
「ライブ会場で収支会計報告書を配る音楽の”フェアトレード”の試み」となる
タイトルにて自己宣伝になってしまうかな、
ごめんなさい、そしてありがとうございます。
そして左頁には福井優美さんによる
「ファルージャ〜イラク戦争 人質事件 そして…」
(伊藤めぐみさんの映画タイトル)に関する記事。
ミュージックマガジンがこういう社会面の強い記事を掲載している、
とは知りませんでした。
音楽は、やはり社会との繋がりを濃く持つものなのだ。

ということで、是非2月号ミュージックマガジンをご購入ください!

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