Archive pour 音楽 musique

神楽坂で逢いましょう

昨日池袋は立教大学にて開催された日本ポピュラー音楽学会をもって
Ky+Moussa HEMA Japan Tourは終了したわけですが…
本日13時から、東京は神楽坂の坂上にある赤城神社にて奉納演奏をいたします。
聞き逃した方、あるいは日曜の午後お散歩にでる方etc…
境内では赤城マルシェも開催されております。
ぜひお江戸は牛込神楽坂にてお目にかかりましょうぞ!

日時:12月4日(日)
参拝 12時50分
奉納演奏
13時 Moussa HEMA ソロ (15分)
14時 Ky (15分)
15時 Ky+Moussa HEMA (15分)

赤城神社 お神楽殿
東京都新宿区赤城元町

http://www.akagi-jinja.jp/

44b14a3f373fddb6977084fb4c07c6ef

Commentaires

急に冬になりましたがブルキナファソから温風を

ツアー談議といきたいところですが、明日から始まる
「旅する音楽 Ky+Moussa HEMA」Japan Tourの詳細を
お知らせします。

☆11/26 (土) 和歌山 Heron
19:00 open 20:00 start
前売り2500円当日3000円 和歌山市屏風丁13 073-427-5550
Kyを支えてくれて10年。和歌山市駅前Heronは音楽のオアシス。

☆11/27 (日)  大阪 本の喫茶室イーゲル
17:30 open 18:00 start
2500円 大阪市北区北区天満3丁目4−5,402
「旅人たちの記憶-みみ・すます・ふゆ-」言葉と音の濃厚な空間。

☆11/28 (月) 京都  錦湯
18:30 open 19:00 start
前売り3000円当日3500円 京都市中京区 堺町通錦小路下ル八百屋町
錦市場にある銭湯ファンの聖地。脱衣所に響く裸の音! 

☆11/29 (火) 大阪  住吉大社  15:00 start
大阪市住吉区住吉2丁目9−89 奉納演奏 絵馬堂
音の神様はどこでもわたしたちを見守ってくれる。住吉の神さんへ、音の奉納。

☆12/1 (木) 東京 サラヴァ東京
ゲスト 浅尾強嗣(津軽三味線)  18:30 open 19:30 start
前売り3500円  東京都渋谷区松濤1-29-1 B1 03-6427-8886
18歳、とんでもない三味線奏者が北海道にいた!
バチが奏でるペンタトニックとポリリズム、音の魂の競演!

☆12/2 (金) 静岡 サジットの家 
20:00 start 3500円(カレー付き) 静岡市葵区水見色885 080-3284-7058
スリランカ人のサジットの所に集まるコアな音楽ファンのたまり場!

☆12/3 (土)  東京 日本ポピュラー音楽学会@立教大学(会員のみ)
音楽を探す人、聴く人、奏でる人。みんな音の語り部だ。

そして…12月4日は神楽坂のとある場所に出没します!
これは来週公開としましょう。
とんでもない音の神様がいらっしゃる場所なのです。
どこだと思いますか?
乞うご期待!

ky+moussa hema 2016(non nakagawa)-1

ky+moussa hema 2016(non nakagawa)-2

Commentaires

それではまずは北海道から

Ky 10周年ツアー in Japan
なにせ1ヶ月で24公演なので移動-機材設営-演奏-食事-就寝-洗面所-移動
の繰り返しにて »狂気のツアー »と関係者の間では呼ばれておりました。
よって各地で何が起こっていたのか、訥々とご報告したく候。

出会いは機縁となり、札幌は「たべるとくらしの研究所」。
お店の名前がいいですよね。
店の名前というよりは、生きる思想がそのまま名前になったようです。
この研究所の母体となる安斎果樹園の何代目でしょうか、安斎伸也さんは、
そう、福島から札幌に移り、家族と共に根をこの地に張り、そしてこの地の人と、
色々な人が行き交う場を提供してくれます。
この日はなんと室蘭から車で2時間かけて、あるいは函館から、
岩見沢、余市からと駆けつけてくださったお客様に感謝。

翌日蕎麦好き一行は、同行人ゆうじさんが前から気になっていたという
「たぐと」へ。
そば打ち人のオーナーは、身体の様々な苦難を越え、
岐阜は下呂から札幌に移り蕎麦屋を営んでいるそうな。
いやはや好きなことを全うする意思の強さが、
真っ白い、うまい蕎麦となるのでしょう。
目指すは滝川は興禅寺。
福島の岩屋寺での出会いとなったご住職の芳村さんのアイデアが光る本堂
今宵は満員御礼也。
助っ人に近隣のお坊さんもお手伝いに来て下さり、
ノースファームチーズ、北菓楼、地元のりんごジュースに
ローカル色満載なお寺は鮮やかな宵となりました。
翌朝、昨夜の宴は何処へ、袈裟に身を正した僧侶お三方の凛々しさといったら。
今日もだれかの、だれかへ届くお経を詠まれるのでしょうね。

さて、紋別と行きましょう。
オホーツクですね。漁師の匂いがぷんぷんする、かっこすぎる港街には、
やはり花街があって、同伴出勤する子や、赤提灯が路地の路地の路地の
奥にある様子にホッとします。
さて、今宵のお客様はなんと6人!
でも、温泉に入って身体は軽く、オホーツクの海とそれを見下ろす山の樹々の
息を吸って気分も軽く。
遊び気分の音は弾んでいた様な気がします。
演奏後の初運転前に仮眠、と思いきや起きたら零時を過ぎている!
おっといけない運転手を待っているご一行の杯が進んでいました。

左にサロマ湖を見ながら、海岸線にはホタテの殻。
常呂(トコロ)と美幌(ビホロ)を抜けたら、ここは網走です。
なんといっても天都山頂にある道立北方博物館には
必ずや行かれることをお勧めします。
なぜか?それは、人々が生きて生きた姿が、音と共にあるからです。
人類に歴史に音の記憶はいらないかもしれませんが、それでも、身体から出る音や、
動物と会話する音や、精霊を呼び起こす音って、ちょっと魅力的ですね。
映像資料、モノの資料、おもしろくっておかしくって、
愛らしい人々の足跡を感じることができます。
お昼は網走で讃岐うどん…?
訳があるのです。
他者との関係性に無関心でいい。無関心ではいられない。
この両者の違いは明らかです。この両者を前にして
わたしたちはどんなジャッジもできません。
後者の場合、無関心でいられないこの人は讃岐うどん屋さんをすることで
関係を作った人のことです。
なんだか頓知のようですが、早い話身体障害者の人々の働く場所として
成り立っているこのうどん屋で見た北海道を中心にした地図、
この地図が店の入り口に貼ってあったことにより、ものごとをどう捉え見るか、
それにより世界は宇宙になる気がします。
経営者の打越さんと、ここで働く人たちが生活する宿で演奏後の宴となり、
そこで登場したものとは!

壱)美幌出身の山口昌男さんのサイン本。
(これを見せてくださった打越さんの目尻、緩んでいましたね。)
弐)MDに収録された、山口昌男さんの母校の校歌、それは谷川俊太郎さんによるもの。

弐)に関しては谷川さんのご子息を通して必ずやお手元に届ける約束となりました。

網走から余市??北海道を一気に横断です。
そして着いた夜に演奏。やはり演奏者の日々が体力勝負!
ここになんと、札幌公演にいらした方が3度目の参加となり、
それはもう盛り上がりました。
そしてこの日はたまげてしまうほどの18歳の津軽三味線奏者との共演となる。
この津軽三味線奏者、浅尾強嗣君の演奏は、12月1日に渋谷はサラヴァ東京で聴くことが出来ます。
もちろんKyと一緒に、そしてリングに立つ競演者は! 
ブルキナファソ代表Moussa Hema ムッサ・ヘマ <<<<<<☆

引続き皆様のご来場、お待ち申し上げております。

北海道のみなさん、ありがとうございました!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
紋別にてタイヤに釘が刺さっていることを発見!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
北海道を中心にした地図。”北”ってものごとの”上”ではないんだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
北海道立北方博物館

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
敗者学のすすめ-山口昌男-

Commentaires

Ky -10e anniversaire – Tour du Japon 2016

ー Ky 誕生10年、そして音世界の旅は続く ー

それでは、丸一ヶ月、24公演の旅に行って参ります。

10月6日(木) 札幌  たべるとくらしの研究所
10月7日(金) 滝川  興禅寺        
10月8日(土) 紋別  ヨガカフェ・オルオル 
10月9日(日) 網走  網走市役所北コミュニティーセンター 
10月10日(月) 余市  余市テラス 
10月13日(金) 秋田 秋田公立美術大学 「旅する音楽」講演+ミニコンサート
10月14日(金) 秋田 café pour deux  
10月15日(土) 潟上 たそがれファーム収穫祭
10月16日(日) 小田原 うつわ菜の花 森岡由利子 個展
10月17日(月) 那覇 Le gombo
10月21日(金) 長岡  gallary mu-an 
10月22日(土) 新潟 新潟県政記念館
10月24日(月) 下北沢 B&B 「旅する音楽」出版記念トーク/ゲスト:ドリアン助川
10月25日(火) 名古屋 天白小劇場 障害者労働支援おちゃや+Ky
10月27日(木) 名古屋 feel art zero
10月28日(金) 四日市 tabelna ohno
10月29日(土) 京都 rondokreanto
10月30日(日) 天橋立 玄妙庵カフェ 
11月1日 (火) 尾道  ハライソカフェ
11月2日 (水) 尾道 尾道交流センター
11月3日(木) 高根  パラディーソ
11月4日(金) 牛窓  てれやcafe 
11月5日(土) 東京 求道会館
11月6日(日) 河口湖 河口湖 Jazz Festival

問い合わせ:contact@openmusic.jp.net

Image de prévisualisation YouTube

Commentaires

旅する音楽

2010年1月冬。
トルコ・イスタンブールは膝まで積もる雪でした。
まだ秋になったばかりなのに冬の話をするのはおかしいのですが、
その時この地の地理的意味をはっきりと認識したのを覚えています。
それは、温暖な、陽気なイメージを抱いていたトルコという地が、
黒海すぐ北はシベリアからの寒波が覆う土地であるということ。
その雪の中、縁あって一緒に奏でるようになったミュージシャンと録音した
ものが、「旅する音楽 Musique Vagabonde」というアルバムです。
演奏家が演奏することを目的に旅をする。
音楽は国という単位ではくくれない空間をたゆたうようです。
まるで音楽自体が旅をしているように。
だから、音楽のある世界とはヒエラルキーをいう境を融かしていくような、
ジャンルもいらないただただ”鳴る”世界であるようです。

あれから6年。タイトルをどうするか色々と悩みましたが、
結局ここに立ち返りました。
「旅する音楽」

10月7日、せりか書房から発売されます。
http://ameblo.jp/sericashobo/html

A案 旅する音楽

Commentaires

収穫、地に佇む種 -心地よい絶望-

紫蘇の穂は土の上に落ちそしてまた来年芽をだす。
曼珠沙華が秋の彼岸この時期に、必ず、必ず咲く姿に
わたしたちは何を見るでしょう。
様々な地には、種が佇み、いつか陽を浴びすっくと伸びゆく枝葉の季節を待つ。
しかしその地を失った人々がいる。

色々な場所や色々な人や自然から種をいただき、
Ky10周年を迎え、その種は今、音楽という地の中で芽吹きを始めたようです。
しかし、”今”という時を生きるわたしたちの前には、常に「絶望」という
娑婆の現実が立ちはだかっているわけで。
そこで、約100年前に書かれたサティの「心地よい絶望」という
短い対位法による曲を新譜のタイトルに使いました。

今ままで録音からマスター、プレスリリースに至まで、
そしてジャケットを友人アーティストに支えられ、孤独にCDを作ってきましたが、
今回はじめてチームでつくりあげるという醍醐味を覚えました。
SyntaxJapanやOTTAVA、A&Rにデザイン、そして録音するわたしたちの周縁にある
地の自然たち、お力添えしてくださった方々に感謝いたします。
発売は台風一過彼岸花の咲く秋分の日となり候

CD詳細→ https://synthax.jp/RPR/ky/desespoir.html
Ky10周年ツアー→ http://official.kyweb.fr/official.kyweb.fr/welcome.html

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
実るほど頭を垂れる稲穂かな
まさにこの稲のめぐみを前にする農家さんたちの想いを代弁したことわざ。

Commentaires

ウードよ今夜も有難う

少し前の出来事ですが、東京は國學院大学というところで
演奏会がありました。
ウード奏者の眼差しの中で演奏できるよろこび。
背景のちがうウード奏者がアラブ音楽の深淵をたぐる音。
こういった演奏の機会をくださった、國學院大学の教授陣に、感謝。

13590280_1345807718777736_8644900769702170735_n

七夕や逢瀬は音をたずさへて

Commentaires

広場 – Arvo Pärt- 催涙ガス

広場の提議とは。
ローラースケート、杖をつく人々の手の温度、
ベンチの読書、恋人たちの口づけ…

スターリングラード駅北側は100年前はパリではなかった。
だから、運河の境目として、18世紀に建てられた
入市税の関所その名をLa Rotonde(円形車庫)という。
20世紀後半、フランス植民地国が次々と独立をはたすころから、
人々は、この地をパリのゴミ箱と呼んだ。
わたしはこのゴミ箱に住んでいる。
だから、19区の市民は、ここで生きています。
こどもたちがボールを蹴り、マグレブのおじさんたちが煙草をふかし、
おかあさんたちが井戸端会議。
そこに生きる世界がある。
そして、つい最近までは広場の意義が反映されたこの場所で、
若者は地べたに座り、政治を語り、ビール片手に芸術を語り…
その横でムスリムの家族はピクニックをする姿。
今日、行政はそのどれもを商品にしてしまった。
レパビュリック広場、ナシオン広場で立ち上がるNuit Debutの影響下、
広場という広場は、人が集う場という機能を奪われ、警察は催涙ガスぶちまく。
スポーツは入場制限がある範囲での »行為 »、商品となった音楽をガンガン鳴らす。
樹々の傍らで鳴く鳥の存在には目も向けない。

ペレストロイアカ前、エストニアでArvo Pärt アルヴォ・ペルトの世界は、
ある制限の中静謐な世界を脈々と紡いでいた。
そして、今日彼の音は、「音は消えても音楽はのこる」というほどの、
具現性を超える想像の中で、広場に鳴り響くのだろうか。

すべてを商品にしてしまう社会のしたたかさは、
小咄にするしか、ない。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ECMのアルヴォ・ペルト
加藤訓子さんによる編曲版Spiegel im Spigelの世界は息をのむ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
男の子が自転車を走らせ街を行く。
こんな景はもうみられなくなってしまった広場。

囀の向こうの空に下弦かな

Commentaires

西は黄昏、東は夜

ノルマンディーに向う道中は一面菜の花。
あと三ヶ月もすれば、もろこし、麦秋を迎え、南の方からひまわり畑に変わる。
ヨーロッパの大地は、こうして気温の変化と並行して黄色が輝く、季節。
演奏会場まであと100km。遠方にモンサンミッシェルが見える。
人々は、昔この道を何とも歩いたことか…。
朝9時、パリから演奏者を積んで一行は片道5時間のルノーのおんぼろバス。

西は黄昏、東は夜。
フランス夏時間、演奏が始まる21時の風景だ。
十六夜の月の光を浴びて、会場の外で深呼吸。
さて、今日もいっぱい吹くとしよう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
演奏会場では白いお馬さんが迎えてくれる

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
丘は黄色に牧草は緑に

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
コートジボワールのバシールが唸るリズムに女子が踊る!

春草のノルマンディーに立つ仔牛

Commentaires

だれがレバノン南部で演奏するというのだ?

ヒズボラの拠点、南部に入るやいなや連なる旗、Allāhに身を捧げた者たちの写真。
ついで道を間違えれば目の前は、おっとイスラエル2km際…
UNのトラック、立ち入り禁止。
Uターンして山を超え、小さい村々を越え、
人が住むでもない豪奢な別荘はヒズボラの潤沢な資金のあらわれ。
羊の群、レモン畑、ベイルートから3時間ナバティーエに着く。

この街でだれが演奏をするというのだ?

「ナバティーエで演奏?ヒズボラに会いに行くの?」
とベイルートっ子に言われた。
ここで音楽を奏でた者はわたしたちで2人目だそうだ。
原理主義に近い彼らの組織である街に、音楽と名のつくものはなにもない。
日本人でこの地に来たのは、足立正夫氏、NGOぐらいだろうか…。
アンスティチュット・フランコ/ナバティーエの庭には街の人々。
鳥のささやきの中で音楽が鳴り始める。
なんというタイミングだろう、夜を告げる今日5度目のアザーンが、
演奏後に響き渡る。
楽器を片付ける奏者の回りには人集り。
みな、歌に、ウードの音に飢えていたのだと実感。

60年代~詩人や芸術家たちが夜な夜な集まり朗読会や討論をしたという、
街を見下ろすカフェレストランには、今は一滴のアルコールも詩もなく、
ただただテレビからニュースが流れ、男たちが吸うナギレの煙がたゆたう。

八朔の木陰に音は揺蕩ふて

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
どんな大使や首相に聴いてもらうより、
子等に聴いてもらうほうがどれだけうれしいことか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
アマル(シーア派)の旗で南部は埋め尽くされる。
welcome to Ḥizb Allāh、というわけだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
サイダの街。
第一次大戦前のオスマン帝国時代の名残で
このカフェは映画を当時上映していたそうな…

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
今日もだから楽器を担いで演奏行脚だね。

Commentaires

ウードを愛するすべての人へ

進歩と変容。
ウードという楽器を語る時、この楽器が生まれてこのかた何百年、何千年、
”進歩”しない潔さと、しかし演奏者と製造者の好奇心によるわずかな変容は、
例えば棹の長さが古典楽器として60cmのところ
現在57cmにとどまるこの3cmの中にある。

みんなの大好きなムスタファは元気です!
でも、今や彼はエジプトには帰れません。
アラブの春がもたらしたものとは….
彼は故郷に足を踏み入れた瞬間確実に逮捕されます。
すでに10代、そして20代、ウマル・ハイヤームを詠唱する彼の存在は、
政教分離なき国のそれにとっては疎まれ、が故にレバノンに移住した彼。
いつも皮肉を込めて、笑いながらいうフレーズ。
「僕はドバイの演奏には呼んでもらえないんだ。」

アラブの春、タハリール広場で皆を鼓舞した歌声は、
それはそれは想像を絶するあの声なのです。命がけ。
あの日銃弾は彼の腕をかすり、命は救われたけれど、故郷を失った…、この覚悟。
愛さずにはいられないこのウード奏者が、盲目ゆえ待ち合わせも容易ではないのに
わざわざ連れてきてくれた所は、楽器奏者と楽器製造者が相愛する場所、
ウード工房。
この関係こそが信頼の原点であり、
”進歩”ではなく、より深い音楽のための、逢瀬。
Habibi、抱擁はもちろん、頭にキスを、演奏する手にキスを。
それはレスペクトの証。
今日も、ああでもないこうでもない、と楽器の調整、改善、に勤しむのでした。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
1年にウードひとつしかつくれない工房。
そのクオリティーを聞きつけ、今やアメリカ人たちが買いにくるそうな…

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
楽器の調整中に、アルベールがおもむろに唱いだした50年代の歌に、
音を添えるムスタファ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
福島以来だね、ムスタファ。
彼のガールフレンドは踊り子さん! 次回は一緒に踊りたいな。

Commentaires

ベイルートで日本料理講座と相なりて

畜生め、戦渦上空を通過して、のうのうとレバノン到着か。
機内の地図にシリアの街の名前は、もうない。
シリアという国はやがてトルコという国になるのだろう。
第一民の国家はもう、存在しない。
国は企業だ。L’état est une société…

しかしこの地に着いたからには、今日集まった10人のレバノンの女性と、
明日の食卓にならぶおかずを作ろうではないか。
異文化交流なんて名称は一蹴、一期一会をモットーに。
きんぴら、鯖の味噌煮、しゃぶしゃぶ、みたらし団子。
この地に大豆の文化がないことは承知の上で使う、
これらのおかずに必要な醤油、の使用はやがてその輸出入の促進になるのだろうか…

生きれば生きるほど、原罪の確信的意識を芽生えさせられる。
そう、好奇心の果てにあるものさえも。
今一度、土地に生きることの原点に立ち返りたい。

朝東風にアザーンと鐘の重なりて

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
みんなで作ると楽しいね。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
3キロ先に広がる地中海、そこに眠る人々とは…

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ワエルもヤンもそれぞれの想いの中歩く。

Commentaires

夜中2時、若者は闘ってるぜ!

今宵演奏の帰り、われら同志ミュージシャンが気温9度の中、
体をはって演奏しているレピュブリック広場へ。
「緊急事態」「労働法典改正」反対の盛り上がりは、
「生きる」命におよぶ危機感と比例する。
ここパリはモロッコ・マラケッシュのフナ広場と化す勢い。
広場の中心で演奏しているのは凄腕のミュージシャンたち。
音によるトランスの境地に街や人を巻き込み、そう、若者は立ち上がっている!

毎度のこと、ツアーに出る前は録音…
吹き込みの切羽詰まった依頼。
万年時差ボケゆえ徹夜は苦にはならぬも、一人の作業。
この状況を支えてくれる夜鳴き鶯の囀、そろそろ聴こえてくる頃かな。

明日も、明後日も、若者は広場に集まるだろう。
フランスの、シリアの、エジプトの、
(↑彼はエジプト政府に徹底的にマークされている)
意思を行動に移す、彼らの姿だ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
身を守りつつ、しかしこの熱気!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
テントで寝起きする者。労働法などの説明も受けられる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
手がかじかみながらサックスを吹く

寄り集ふうねり続きて夜半の春

Commentaires

卵のように軽やかに

菜種梅雨、明けてものみな笑顔の今日。
復活祭とは個人的には無関係ですが、この地に住む多くの人の
影響を友人間で楽しむことに。
チョコレートでできた卵の中には、何が入っているかな。

サティが晩年生きたアルクイユ市でのレジデンス開始となり、
今回はイタリア人歌手とフリージャズ集団
Anti Rubber brain factoryでの演奏。

« Rubber brain factory ゴム製の脳みそを製造 »し続けているのは、
□□主義の呪縛下にいるのはだれなのでしょう。
そろそろランボーのごとく現実の舟からの旅立つ時が迫っていることに
気づく頃では。
しかしその果てやはり文明という港しか
わたしたちには残されていないのでしょうか…
するとサティのように、なーんにもない軽さのような
境地に行くつくのかもしれませんね。
サティの言葉はいつでも頭にポっと浮かび上がる。
スマートフォンの中ではなく、言葉が空気感の中でわたしたちと
一緒に生きている様です。

経験は麻痺のひとつの形である。(E.Satie:秋山邦晴 訳)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
サン・シュルピュス教会横にあるランボーの詩は街の壁に

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
甘い卵をあなたに贈りましょう

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
フランソワのユーフォニウムの解体現場

Commentaires

カストリアディス-ラスト・タンゴ・イン・パリ

民族問題、とは何でしょうか?
対岸で起きていることに対し、このひとことで納得し、
興味の範疇から消去する、という安易な思考回路を私たちはマス・メディアの
それに操られてきたようです。

先日の演奏会場は、ギリシャの哲学者、カストリアディスの自宅で行なわれました。
中途、トルコの伝統曲を演奏しました。
会場にいる人々はギリシャとトルコという”民族 »の狭間でどんな想いを抱き聴いて
いたのでしょうか。
民族とは、ある誇りを持ち、共存することなのでしょうか。
絆というやや軽々しい言葉の中にある、彼らの絆とは何なのでしょう。

コンスタンティノープルに生まれやがてギリシャの民となる者。
アテネに生まれやがてトルコの民となる者。
宗教を軸にしたこの背景で、それ以外の人々は、どこの民となるのだろう。

「具体的な歴史によって生成された個を超えた運命的構成体、
すなわち「民族(Volk)」
(明かしえぬ共同体:M.ブランショ:解説:西谷修:ちくま学芸文庫)

演奏しながら、個が、音楽のある空間で共同する瞬間を、少し見ました。
それは、”ウスクダラ”という伝統曲ではない曲を演奏した時。
ブルガリアの映画監督Adela Peevaの作品「この歌はだれのもの?」にあるように、
いつの時代も、どこでも、「民族」に頼らないみんなのもの、
であるこの曲は、だれのものでもない。

演奏後に振る舞われた、ぶどうの葉で米と肉を包んだドルマダキァは、
今日は特別レモンと卵のもったりしたソース付き。
ぶどうの葉の料理も、この地域にあるものとして、ある民族のものでは、ない。

帰り際Passy駅に向うに、このアパートが映画「ラスト・タンゴ・イン・パリ」の
舞台であったと知った次第。
こうして、今日も地を歩き、演奏行脚の日々は続くのでした。

春寒に音の温さやだれのもの

IMG_0169
図書館のような家の一角にある、摩訶不思議な日本語の本たち。

20160117_001718_resized-1

IMG_0168
セーヌ河の目の前。
この日も寒く、だれかは外で聴いているのだろうか。

Commentaires

板子一枚下は地獄 新年祈りのかたち

虚無に満ちあふれるこの時勢。
何望むでもなく、しかしこの村の人々は、ただただ五穀豊穣を、
あるいは土地柄海上安全を祈りとし、
年の始め1月2日に海の神さんへ三番叟を捧げる。
何年も何百年も受け継がれし人形の、お面が入った重箱の中身を、
それを抱える爺さんに尋ねれば、
「知らぬほうがいいものよ」
とけたけた笑いながらの返答。

今日喰うものがあり、海穏やかな、しかしそれ以外に何もない、
豊かな生きる営みが、伊勢志摩は安乗という漁村にある。 

初舞や凪の応じて三番叟

IMG_0079
いざ海へ

IMG_0123
祝詞、玉串奉奠と続き

IMG_0154
父尉の舞

IMG_0140
鼓に笛の音も、空に舞ふ

Commentaires

ムッシューサティ、いよいよ立候補でしょうか

時勢ざわざわする中、13日の地方選挙の直前、
エリック・サティを街で度々見かけました。
SFIOから第三インターナショナルを経由し、
いよいよムッシューも立ち上がったのか!?!?
生誕・没後関係なくムッシューサティの精神はこの世に漂い続けてもらいたいです。
それは、安易な自由ではない表現を知るということ。

IMG_0038
11区の区役所前には候補者のポスターの反対側にて

IMG_0234
アルクイユ市は諸手を挙げて駅前にて

IMG_0085
寄稿したユリイカ1月臨時増刊号は今日パリに到着
冊子詳細は→http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791702992

Commentaires

アポリネール / ヤナーチェク Apollinaire/Janáček

アポリネールの生涯を描いたドキュメンタリー映画の音楽を制作中。
音楽となるべく音の粒は今パリで舞いはじめている。
監督からの依頼はヤナーチェクにインスパイアされた音を、
Ky à la Janáček Kyヤナーチェク風といったところか。

ノートルダム寺院にもエッフェル塔にも、人はまばら、のパリで、
アポリネールの「見る詩」を街の壁に貼る、といった撮影の試み。
それは彼の作品思念に呼応するため。
ヤナーチェクの作品で圧倒的に魅力を覚えるのは
「草かげの小径にて-言葉なく-Sur un sentier broussailleux-Sans paroles-」
二人とも、第一次大戦を生きた人間で、
一人は戦後、一人は大戦の終焉と同時に亡くなる。

時勢の影響を常にうけながら、それでも人々は音楽を愛でていたと思う。
もしかしたらそれはある希望であり、ある治癒なのかもしれない。

彼ら同様第一次大戦を生き、その後レベティコの女王として生涯歌いきった
ローザ・エスケナージからの言葉を。

Je dois mon corps à la terre noire,
mon âme au messager des morts,
et à mon amour je dois ma vie présente.
- Róza Eskenázy (1890-1980)

黒き地に躰をあずけ伝へしは我が魂を死者に送りぬ
(訳:仲野麻紀)

———————————————-

冬の雨音は言葉に寄り添ひて

IMG_0083

Commentaires

サイクス・ピコ協定による国境 食べる生きる

そして、それでも日常生活は、続くのですね。
様々な戦渦で生きる人々は、毎日毎日唸る空爆のもとで、
女はじゃがいもや小麦粉を求め、子等は道に落ちているモノで遊び、
そして…男は…。
このような想像はどこからくるのでしょう。
四の五の言わず私たちは、今日も「食べる」ことによって生きている、
他者も同様に日常の延長として「生きている」
という事実からです。

犠牲者への悼みとは別の次元で、わたしたちに残され、課せられたことがある。
それは、考えるということ。
サイクス・ピコ協定から派生し今に至るそれを、考えることを、
日常にしたい。

招かれし神帰月人は逝く
神帰月(かみかえりづき)は11月の意味、冬の季語。

IMG_0037
一番のメトロ乗換駅であるシャトレ。そう、土曜日の夜に人はもう外出しない。

IMG_0014
しかしながら唯一残された日常として、音楽をします。
しかしここはもう公共の場ではなく、 »自己判断 »に委ねられた場所での録音。

Commentaires

そしてモロッコから、こんにちは

日本での演奏を終え、フランス組、レバノン組それぞれの地へと帰り、
日本組は最終日公演東京根岸の下町から、西へ西へとモロッコは
エッサウィラへ、アシュラ祭りへ趣いた次第。
Good Bye Schlöndorff を各地で協力していただいた皆様、
来場いただいた皆様、ありがとうございました。

メディナの路地で児等が、タリージャという、
陶器と山羊の皮でできた太鼓を叩き、
モロッコ各地で使われる何万個というこの太鼓はこの日、割られる。
それは、土と皮でできた楽器の再生を次の年に残し、再びお母さんたちが作る、
楽器の運命。
来年も、そして今いるこの子ども達が大人になって、
また子ども達に与える様に、楽器を通して人の営みは続くのだ。

カスバゆく秋意を揺らす太鼓の音

IMG_0082
イスラム暦新年から10日目、モロッコのアシュラ祭では
子ども達がタリージャを叩く

IMG_0017
孤児院ではアイサワ(スーフィー教団)が奉仕演奏

IMG_0144
エッサウィラ、老夫婦が港に佇むという現実。
その横でHassan Hakmounが撮る映画という虚構。

IMG_0102
数ある中から鳴りのいいタリージャを選ぶ

Commentaires

12345...8

La voix des artistes |
Le Blog de Piteur |
deathvalley |
Unblog.fr | Créer un blog | Annuaire | Signaler un abus | Buddy Stewart
| Rap de qualité Δ Lyrics
| Michel Mainil