Archive pour 時勢 circonstance

避難民+スタインウェイ

人の気持ちをくむ、といってもやはりその立場になってみなければ、

わからないもので…

なんとアパートの壁が崩れ落ちる、という災難から(話すととのても長くなるので端折りますが)

家へ戻れぬ人々の気持ちや身体の変化、精神の変化を、

微少ながら味わっております。

部屋に入れるのは雨が降らない時に5分程度。

さすがフランスにて、この家屋担当の建築のエキスパートがバカンスとの事

で、診断判断ができぬまま、家屋に入れる日はいつの日に…

必要なものだけ取って外へ避難したものの、

それらは全楽器類+パソコン+ハードディスク+パスポート。

服も下着も何も、ともかく私はサックスを持って逃げたのだからいいけれど、

調度録音したばかりのピアニストがこの情況と同じ目にあったらどうなったのだろう。

冷や汗が、でる。

 

とはいっても、13区のある、

ドビュッッシーのスペシャリストのピアニスト宅でがんばったスタインウェイ。

地震なき、地崩れなき家で、穏やかな日々を過ごしてくださいね。

 

避難民+スタインウェイ dans 俳句 haiku 2012-06-29-01.43.46-300x225
白雨の 明るい涙 ものみなに

 

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アラブ世界研究所 -Le Corps Decouvert- 身体の発見 part 1

IMA(アラブ世界研究所)開催された »Le corps decouvert »-身体の発見-は、

アラブ世界自体が、そしてその要素となり頭角をあらわすであろう »現代 »アートの、

序曲のような展覧会、でありワクワクする作品たちに出会える観る側の喜びと同時に、

アラブ世界においての本来覆うべき »身体 »— »裸体 »という、 « 西洋的表現 »を、

宗教が国の大きな役割となっているアラブ諸国が一丸となって、

先進国のアートシーンに挑んでいる姿が、伺える。

この序曲の裏には、アブダビにルーブル美術館別館を設立するにあたって、

西洋美術の基に位置する »裸体 »とどのように対応するか、

そんな危惧に対する一つの解決方法、ともみれる。

 

といってしまうのは、あまのじゃくかしら。

 

20世紀初頭にみられる裸婦の習作から展示会は始まり、

« 現代 »アートで幕を閉じる構成は、実に充実していて、

”アラブ »と”裸身体 »のコントラストが、

とても象徴的かつ観る者の好奇心と、

それこそ観るものがアラブの »身体 »を発見する、

という応答が待ち構えているかの如く。

 

現在となっては象徴へのパロディ、そうさせてしまう美術における紀元前からの裸体は、

アラブ諸国によるその追従の先にある新風となり、世界を楽しませてくれると確信。

 

アラブ世界研究所 -Le Corps Decouvert- 身体の発見 part 1 dans あーと art IMG_0325-300x225

 

 

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シャンゼリゼ劇場

約十年前にここシャンゼリア劇場で観た、

ミッシェル・ポルタルがやはり演奏した

モーツァルトのそれを思い出すもの、

貧乏学生は桟敷席で音を楽しんだだけ。

そしていまだバルコン席しか買えない、

けれどシンフォニーはやはりライブでなければ

聴いた気がしない。

今宵のそれもジャズとクラッシックの…

今やステレオタイプな出し物だけれど、

小曽根真さんとパリ室内管弦楽団との演奏、

誘ってくださった方からの配慮で、

舞台から3番目の列から視覚的にもに多いに満足。

 

白眉はピアノコンチェルト9番の最中、

中途に現れるピアノ独奏部分の小曽根氏の即興。

団員たちはその即興部分が来る度に、

ある者は如何わしい表情、ある者は微笑んで、

第二バイオリン一番後ろの演奏者は身を乗り出して、

演奏中に拍手はしないもののウズウズしている!

 

3幕は小曽根氏による即興ソロ。

といっても完全即興よりはモーツァルトを題材に、

あらかじめ作曲されたモチーフが展開し、最後のトルコ行進曲のモチーフでは、

多いにジャズ的要素、そう自由な、コードとタッチとリズムと…

ポリリズムの上で繰り広げられるモーツァルト。

シャンゼリゼ劇場は幸福な空気に満たされたのでした。

 

もう一つの白眉も忘れずに、そう、

ラヴェルの「クープランの墓」。

私にとっては、とてもジャズを感じる楽曲で、ハーモニーが身体にしみ込む

瞬間、やはり幸せを感じたものです。

 

 

シャンゼリゼ劇場 dans 時勢 circonstance モーツアルト2-154x300

 

 

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リー・コニッツ 真の即興=声

聴きたいCD、読みたい本を買う場合、

時間が読めて、しかも計画的に入手できるわけだけれど、

図書館でそれらを見つけようものなら、目的のブツを探すのにひと苦労。

だから往々にして偶然に身を委ね、作品と出会うことに、なる。

いまやアーカイブもインターネットを介して事前に

閲覧できるので、図書館に行って、アリマセンでした、

という悲劇は避けられるとしても、やはりひと苦労。

そして、「偶然」のお楽しみの封を開くときのワクワクさ、がたまらない。

 

ピアノとの録音という目の前に課された仕事がなければ、

今まで聴いてきた作品(CDs)で満足していたのだろうけれど、

特に財源が限られた中ではめっぽう図書館にお世話になる事に。

 

いくつものそれらを聴いて是非を問う、という愚行は置いておき、

コンセプトと音の実現性(!?)が合致しているのが、

Lee Konitzs(as)とDan Tepfer(p)のそれ。

自発的楽曲は(敢えて »即興 »とはいわない)、

もちろん全くの自由の上で奏でられ、

一つだけのルールがあるとすれば、12の調で演奏する、ということ。

曲順はドレミ~ではなく、F# Bb A B D G# F G E ….

これ自体がドデカフォニックへと広がっている。

 

さて、リー・コニッツ御歳82歳。

その音は、アルメニアのDudukのように、何の衒いもなく、

彼の »音 »が、そのまま録音されている。

ん?この楽器Dudukはサックスやクラリネットに発展していくのだから、

リー・コニッツ爺のサックスは、まさに先祖返り!!

さすがです。

 

リー・コニッツ 真の即興=声 dans 時勢 circonstance

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スウェーリンク-モーツアルト-シェーンベルグ-バッハ

急遽決まったギリシャ・フランスのピアニストとの録音が一ヶ月を切り、

(またもややってしまった衝動的決断実行…)

(譜面を)書く事を主体として相手との合意、

しかし怠けに怠けた五線譜の上で苦悩苦悩の日々なり。

そこで現実回避、いつも聴いてしまうのが、

Glenn Gouldの1959年のザルツブルグリサイタル。

15世紀のSweelinckから1920-23年のSchoenbergそして1783年のMozart。

そして閉めにBachのGoldberg。

脈絡がないというか、この演目での実況録音とは…

脳天ひっくり返ってしまう。

しかし、リサイタル録音、というのがみそなのかもしれない。

そして、おおよそこのCDはもう、手に入らない、というのもみそなのかもしれない。

貸してくださったM氏に感謝。

 

だめだだめだ、今日も一日24時間のうちの1時間15分をグールドに費やしてしまった。

曲を作らねば_______。

 

スウェーリンク-モーツアルト-シェーンベルグ-バッハ dans 時勢 circonstance 2571448

 

 

Sweelinck

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51.9%対48.1%

バスチーユで、

チュールで、

そしてTVの前で皆が待っていた瞬間、
勝利!
5年間耐え忍んだ、国民の約半分の、勝利!

 

51.9%対48.1% dans 時勢 circonstance IMG_02981-300x225

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ミクロコスモス

ひょんな事から楽譜にたーくさん書き込みのある、

バルトークのMIKROKOSMOSを見つけ、ただ今練習中。

同時に、しばらく読んでいなかった中沢新一氏のミクロコスモスに

目を通すと…

「自分を失うために本を読む」という氏のフレーズが

「自分を失うために練習する」と練習に対して定義を抱いている自分と

なんだかシンクロしてくる。

ちょっと一方的なこじつけかもしれないけれど、

練習は、「維持」「発見」=「源泉への回帰」

 

バルトークはなんとも始原的なタイトルを、練習曲(帳)に

つけたものだと、感心せずにはいられない。

 

ミクロコスモス dans 俳句 haiku IMG_0293-300x225

 

今日は5月3日、八十八夜。

なにものも ミクロコスモス 萌え出でぬ

 

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本場ウイグルUighur の グシュナン

日本ビジュアル・ジャーナリスト協会編でさえも取り上げられていない、

ウイグルの情況を、ウイグル民族の人から、そしてその情況を写真という形で

発表している人から、伝えられる現実。

« 民族 » はEtat (国家、政府)単位では存在しなく、

彼ら彼女は »中国人 »として扱われる。

そんな彼らの胸中を想像すると、こちらの胸さえ苦しくなってくる。

といって、一方の意見を鵜呑みにすることに対し、首肯しかねる事もあるけれど、

このウイグルの問題に関しては…

間違いなく弾圧する背景に経済が直結しているから、

そら恐ろしい。

 

そんな、切羽詰まった話をしながらも、身を隠す様に二人で住む、

16区の屋根裏部屋に迎えてくれたウイグルの姉妹の慎ましく、

そして心のこもったおもて成しは、このグシュナン。

小麦粉で生地を、中身は、回教徒のウイグル人は羊を使うけれど、

そう、16区ではHalalも羊の肉も、なかなか手に入りにくいので牛肉に、

野菜を炒めたもの。中国語ならば »肉包 »、といったところ。

 

本場ウイグルUighur の グシュナン dans 料理 cuisine IMG_0185-300x225

 

 

木箱をテーブルに、クロスは妹のスカーフを。

音楽の話、弾圧を受ける村の人々の話、とにかく仕事を探している…話。

 

5月6日にせまった大統領選を間近に、自分がこの地球上でなにが出来るのかを、

改めて考える。

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朝7時、再び成田空港にて

今回のツアーに限らず、ああ、何度成田空港に来た事か…

その度に、しつこいようだけれど、「Kashima Paradise 鹿島パラダイス」

という映画思い出す。

今、この空港を使う私たちのために犠牲となった人々、そして自然を。

近い将来、日本で上映させますよ、この映画!

 

怒濤のツアーと、手荷物の交渉などで心身共にボロボロになったけれど、

けれど、一人で飛行機を待つ間に飲むアサヒビールは格別、ただ今朝の7時30。

今日は湯島俳句会の投句〆切日。

また駄句の投句となり、反省反省。

 

世の中は、何もしなくても回るけれど、

誰かと何かを共有できる時間を得るために、

何かをする、自発的行動は続けて行こうと思う。

 

 

朧見て ただ頬つたふ 涙かな

 

 

 

 

 

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エールフランスから、悲しい贈り物

AM7時、無事に京都を出発し、関空へと向かいます。

フライトは、11時20分。

AM9時、関西空港着。

荷物は一個23kgの規定に従い、

小さな茶色のスーツケースと、バシールの大事なジャンベを一緒に括り付け、

2個を一個の荷物にします。計23,5kg。

 

さて、バシールはフランスを旅立ったとき、カマレンゴニを機内に入れ、

無事4月1日に成田空港に着きました。

何度も、何度もこうして機内に楽器を入れてもらい、

海外で演奏をこなしているミュージシャンです。

 

 

AM9時40分、チェックインカウンターにて、

エ「お荷物は規定の長さを超えるため、機内には持ち込めません」

バ「フランスからの飛行機では可能でした」

エ「本日は満席なので無理です」

 

幾度と、私はこの光景を目にしたことか、

トルコでは楽器を裸にして機内に、

韓国ではコックピットに楽器を、

アメリカではペダルの検査に一時間…

 

バ「パイロットと話をさせて下さい」

エ「それはできません、この状況での責任者とお話しください」

 

バシールの限りない努力、説明、経験。

そして、

関西空港エールフランス責任者、伊藤氏によるこの言葉。

「Je veux pas parler avec vous」 「私はあなたと話をしたくありません」

 

 

10時20分、搭乗時間20分前にして、カウンターでのこの押問答に決着をつけるべく、

ひとつの賭けに出た。

その結果、エールフランスの職員は、なんと通訳担当の女性を使い、

セキュリティチェックまで全速力で走らせ、

「その男性を捕まえてください」

AM10時40分、既に搭乗時間になる。

この時点でもまだ、

エ「本日は満席なのでお手荷物は入れる事ができません」

しかし、

しかしです、実は一席空いているのです。

なぜなら私はバシールと同じ飛行機に乗るチケットを破棄したのですから。

そしてセキュリティチェックでの検査官に取り囲まれるバシール、

私の後ろには日本人の、やはり同じ飛行機に乗るであろう女性が、

「もし私たちで何かあの方の手荷物を持って行けるなら、お手伝いしますが。」

 

この瞬間、完全に私の琴線が、いや緊線が切れたのです。

エールフランスの職員に叫び訴え、訴え、

なぜヒューマニティーが通じないこの状況になってしまうのか、

理不尽、そして、全てはお金でしか解決できない現状をバシールが感じた時、

「僕は楽器を置いて行きます、そして飛行機に僕だけ、乗ります」

と決断。

ミュージシャンが、特にアフリカのミュージシャンが自分の楽器と

一緒に飛行機に乗らないという決断の重さ…

 

あんなに素晴らしい演奏で、9日間のツアーを乗り切った彼への、

日本人からの贈り物は、 »愚弄 » でした。

 

瓢箪と山羊の皮でできた、

長さ138cm、幅45cm、重さ約5kgの楽器を、

私はなんとしてでも彼の元に持って帰らなければなりません。

彼の演奏を待つ人々がパリにいるのですから。

どうか、どなたか、この1週間の間に、

パリ行き、ビジネスクラス(エコノミーでは同じ問題の繰り返し)に搭乗する

知人ご友人がいれば、ご一報ください。

openmusic.jp@gmail.com

 

お金もない、コネもない、個人招聘の不甲斐ない私を、

バシール、許して下さい。

 

 

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ヤン・ガルバレクとバシール・サノゴ

バシールと演奏する喜び、毎日毎日膨らんできます。

そして恋に落ちてしまうくらいな彼の歌声、音を紡ぐ柔軟性…

それは、純粋性。

方々満員御礼を頂戴し、昨日は名古屋aster jazz。

オーナーのパパが、セロニアス・モンクと一緒に名古屋駅で映っている、

アート・ペッパーと一緒に、トミー・フラナガンと、

そして紙のリボンを付けた

カウント・ベイシーと…

aster jazzの音の回りのよさは、

そんなジャズジャイアントのソウルが漂っているのかも。

 

 

帰りの車中で、Trilok Grutuとのツアーの小噺に、

バシールの純粋性に魅かれたミュージシャンの気持ちがよぉく分かる。

そして、ヤン・ガルバレクの人間性溢れる音楽を彼が語り始めた時、

麻 「あれ、でもなんで知ってるの??」

バ 「一緒にプレイしていたから。」

 

バシールよ、早くそれを言ってくれーーーー!

 

西洋人がこれは価値のないものだといって、

アフリカのシーアバターをわんさかお国に持ち帰り、高く売る。

当のアフリカの人々はその事さえ知らず、しかし知ったとしても、

淡々とシーアバターを生活の中だけで使い続ける。

資本主義のそれとはかけ離れた、彼らの生活に対する純粋性。

バシールの音は、大地と生きる、そして人間が大地と共に生きる時にしか

出すことのできない、聴く事のできない、音。

 

その大地を、音楽評論という世界はどう文字で言い表するのだろう。

 

 

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名古屋はZip FMにて

Bala Deeで作ったCD 、Ky × Bala Dee  »Out Of Place »の中に、

マイカシレタ-旅立ちの前-という曲がありますが、

まさにこの曲名の名前を持っている方から、面白そうなプロポーズ。

Zip FMのDj空木マイカさんの番組、Smile Deliに、Ky が生出演します。

即興のお話、民族楽器のお話、などなど今から楽しみ。

4月5日(木) AM10時35分~ Delicious Eye

Zip FM 77.8

 

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Ky 2012 japantour

昨年に続いて、 -音楽の対話- シリーズを開催します。

今回は Ky+コートジボワールから、カマレンゴニ奏者のバシール・サノゴ。

« いかにも »、なミックスされる音になりそうですが、

その核を担うのが、エリック・サティであることはみなさんご承知の通り。

誤解され続けている一面的ドビュッシー論(青柳いずみこ女史、シェフネルを除く)や、

サティのそれに一石を投じます。

彼の本質を読み解くため、今一度、オルネラ・ヴォルタ女史、昼間賢氏訳による、

「エリック・サティの郊外」を、

Katia et Marielle Labequeによるサティを読み聴きし、

Kyの音は非エステティックな、

アイロニーと微分音の間を行き来します。

 

スケジュールはこちらから→News de Ky

Ky 2012 japantour  dans 時勢 circonstance ky0306-212x300

 

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アキ・カウリスマキ Aki Kaurismäki 監督による、       »Le Havre » -ル・アーヴルの靴みがき-

フランス、大西洋に面した港町、Le Havreに象徴されるものとは。

一に港、 二に漁港 三四がなくて….

 

人類が舟というものを作ってから、航海の始まりの町として、

人だけでなく「物事」の 交流としてなりたってきたLe Havreは、

現在、「航海人」は、「移民」になり、

法の元で各々の人生が左右されている。

多いに結構、”移民”を使ったアピールをどんどんしてもらいたい。

世界の現状把握として。

アフリカ(ここでの一括りの感じ、がいかにもだけれど)から

コンテナに乗って密入国をする 大家族が、

ある日ルアーブル港のコンテナ置き場で、

赤ん坊の鳴き声によって発見されるのだけれど…

世界の現状を、アキ・カウリスマキ監督がそれを見逃す訳はなく、

2011年に、Le Hevureを撮ってしまった。

いつ=2011年。

観てのお楽しみだけれど、 粗い映像、音の軋み、ディテールの古さ

(あめ玉や、cafeのカウンターに置かれるゆで卵、当時流行ったミュージシャンのLP、etc…)、

それが、 ユーロ札、2009年の恐慌がTVから流れるニュース、

70年代のシトロエンの後ろにブルーのBanque Populairの看板!

が目に飛び込む瞬間まで、 今を生きる私たちは、まんまと彼に騙されます。

 

覆い隠した現実は、今も淡々と生き続ける問題。

どこの国も、 どこの家庭も、

そしてどの人間にも、問題は、あり続ける。

それを、どのように捉えるか、が、人生なのかもしれない。

不法入国をした家族の少年を、無事イギリスまで送り出すに必要な資金収集のために企てた、連帯コンサートに、実際の(往年の)歌手 Littele Bobが登場する場面は、

ある種の »支援コンサート »とは一線を画す、必要に迫られた、具現的連帯。

至るとこに生きる象徴がちりばめられたこの映画、好きだなあ。

(アフリカの少年の父親を探すのに辿り着いた収容所で、「私はアルビノの家族です」と嘘をつくとこころ!!)

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勿論、フランスから世界に輸出される戦争兵器は大凡この港から旅立つことをわすれてはいけない、

それも人道をスローガンにするフランスから。

 

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Poulenc プーランクの春

サティ、サティと騒いでおいて、もちろん今も興味の範囲と実演と

継続しているのだけれど、時に寄り道ちょっと6人組にはまってしまって…

プーランクのバイオリンソナタが、五嶋みどりによる演奏が、断然いい。

ローテーションはかれこれ2週間目に…

気迫はスピードに、ビブラートはエレジーを超え、

音はただただ、舞い飛ぶ….

 

パリも陽気が幾分かよくなって、皆テラスに陽を求める姿は、

まさに啓蟄。

ミモザもそろそろ花屋に、風信子は芳香に満ちて、

香りをただただ、放ち飛ぶ…

 

プーランク、当然演者によって楽曲の印象はどうにもなるし、なってしまう。

即興、楽曲自体も演者の責任になる、という自由さ。

前者が舞い飛ぶ音だとしたら、

後者は放たれる音、

いずれにせよ、草木萌動、わくわくするような

音を聴きたくなる、季節になったということ。

 

ざわざわと 心ざわめく春きざし

 

 

 

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完成間近

約半年間の産みの苦しみにて、

映画 »De l’usage du sex toy en temps de crise  »

の完成間近となり候。

テーマソングをKyで担当し、歌入れを終え、試写室にて。

歌詞はとてもロマンティックな…!?

といっても、映画のタイトルがセックストーイですから、

なんというか、その。。。

 

社会批判盛りだくさんのこの映画、この時代に珍しく白黒なのです。

そして過去に撮影したドキュメンタリー映像の部分にはカラー。

 

技術が進歩した結果、僕らは何を得たのだろうか。

平凡社から出ている、

「くらしのこよみ」の中で云われている通り、

ものの進化を喜ぶのではなく、

自分が進化することを喜びとしてみる。

 

映画の中でも出てくるセックストーイ。

笑い溢れる監督は、ケルト文明で使われたセックストーイのレプリカを、

見せてくれたものです。

 

完成間近 dans 時勢 circonstance IMG_0498-300x225

セックストーイを使って変わらぬ営みを続ける人間…

プリミティブ、ってそういうこと。

 

 

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中村汀女の世界

女流俳人の中で、特に好きな中村汀女。

まだまだ初心者に毛も生えていない私が、誰が好き、誰それが良い、

などと言える立場ではないけれど。

 

旅淋し 汐満つ音と 春の星 (汀女)

 

パリは小寒、外は−7℃。

いよいよ身体の軋みも心の軋みもこれからが勝負。

 

満つを待つ  寒三日月は  愁い時   (麻紀)

 

 

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コデイン、モルヒネ、パラセタモール

頸椎激痛は日に日に増し、

しかしどつぼにはまること回避すべく、

処方された痛み止めは。

コデイン、モルヒネ、パラセタモール、

得に微量ながらモルヒネの副作用、

眠気、はすこぶる反応が早く、一日中flotter、かな。

 

ところでこの

コデイン、モルヒネ、パラセタモール、

というフレーズ。

唐木三大銘木の

紫檀、黒檀、鉄刀木、

シタン、コクタン、タガヤサン

に似てはいませんかい?

 

いずれも唐から渡来のような気がしますが。

 

 

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ヤン・ルマッソン監督 Yann Le Masson 逝去

亡くなってしまった…

ただただ虚無感。

昨日アヴィニヨンで葬儀が行なわれ、ペニッシュに生活してきた彼は、土へ戻った。

皮肉にも、今回音楽で携わった映画「De l’usage du sextoy en temps de crise」内には、

監督がLe Massonの助手の時の思い出が撮られている。

そして、死去の知らせを受けたのは、エンディングの歌入れがKyに決定したすぐ後…

 

「Kashima Paradise 鹿島パラダイス」の話を、

したかった………………

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Boris Vian ボリス・ヴィアン@ BNF パリ

Boris Vianの世界は、既に日本で鈴木孝弥氏によって、現代の目で紹介されているところ。

そして現地フランスでも注目の的となり、国立図書館でのエクスポジションへと。

素晴らしい展覧会。

彼の文章を、音楽をそのまま展示会場に散らばめたユーモラス溢れる、雰囲気。

彼の作ったシャンソンを電話の受話器を取って聞く、

シャワーから聞く、

パーマをかけながら聞く。

ちょっと想像し難いかしらん。

それにしても、来客数の大半が、ご夫人方、というのも興味深い。

もう一つ、彼が ville d’Avrayに生まれた、ということ。

’62年の映画、原題 « Les Dimanche de ville d’Avray »

「シベールの日曜日」の舞台となった所ですね。

ちょっとブルジョワのにほいのする、青春期を送ったことでしょうね。

 

虎落笛 ラッパの音かな ジャズの町

 

Boris Vian ボリス・ヴィアン@ BNF パリ dans 時勢 circonstance Boris-Vian3-225x300

 

 

 

 

 

 

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