Archive pour 時勢 circonstance

Pensez global,buvez local

4月15日号のOVNI特集号「ビール作りを体験してみた!」で
取材した地ビール工房は、モントルイユにある »Zymotik » http://zymotik.jimdo.com/
記事はOVNIのサイト、こちらから読んでいただくとして、
http://www.ovninavi.com/762sp1

工房を営むフロランさんの掲げる「世界を考え、地域で飲もう!」のスローガン。
目下はまっている農文協出版からでている一連の内山節さんの本に私自身が影響下
にあるが故に、フロランさんのビール作りと思想に、多いに共感。

・「創造的である」ということ<上>農の営みから(農山漁村文化協会 2006年)
・「創造的である」ということ<下>地域の作法から(農山漁村文化協会 2006年)

自分で食べるもの、飲むものを自分で作ってみる、という好奇心。
作る、創る、造る、の作業工程は、脳も体も白熱するものだ。
ちょっとの生みの苦しみとともに…

春の月 般若麦手に 夜耽し

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
撹拌したモルトからモルトジュースを抽出。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
モルトジュースにイースト菌、ホップを入れる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
これが元祖ホップ!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
フロランさんは中学校教師で生物を教えてもいる。

Commentaires

無数の主体 innombrables sujets

長谷川祐子パリ講演会
「パフォーマンス性、空洞化する身体、日本の現代アートの予兆性」
Présages de l’art contemporain japonais

今回も間際の情報入手にて、拝聴。
文化庁からの任務であり、海外派遣型「文化交流使」の一環とのこと。
個人的には「アール・イマキュレ 希望の原理」の展覧会での彼女のお仕事が気になっていたり。
(アール・ブリュットとは一線を画する)

戦後敗戦の日本社会における父性喪失は、
その後の日本を代表する幼冲的な表現へと繋がる。
具体、実験工房、もの派、またFluxusから奈良美智における、
つねに海外との距離感、という軸をおきながら、しかし日本人のものの見方
を、聴講者であるフランス人に丁寧に説明していた姿が印象的だ。

日本の価値基準が往々に、海外での成功後の逆輸入という手法によって
形成されていることへの視点だったり。
日本の国の中に居る場合、個人的感覚への尊重、
または他者の »社会との関係性 »を表現する行為に対する興味の欠如、だったり。

IMG_0005

IMG_0004
白髪一雄‬の三番叟(さんばそう)の作品画像

長谷川女史の今回の講演で、私にとっての白眉はこのフレーズ。
「欧米の文脈から日本のこの文脈がよみとりにくいのは、
自己と他者の明確な分離と一つの体系を中心にして文脈が形成されている構造ゆえである。
そしてもっとも重要な異なる点は主題、中心となるテーマ(主体)の欠落である。」

また、ドウルーズ・ガタリの「ミルプラトー」で示されたリゾームを例に
(特にフランスでの講演であるが故かな?)だした展開には唸った。

« 無数の主体 »という、現代をあらわす関係性と、Artを照らし合わす、
そいうった相対的な美術の捉え方ができると確信。

ひらめきを照らすセーヌ河春灯

Commentaires

小林一茶「父の終焉日記」

長野に住む、俳人マブソン青眼さんから、彼が翻訳した、
小林一茶「父の終焉日記」献本いただきました。深謝。
浅緑が受け止める陽は日に日にかわるパリで、一茶のそれを読み綴る今日という日。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
生き残る我にかかるや草の露

Moi,je reste en vie
Avec la rosée des herbes
Tombée sur mes mains!

本が届いた日が、亡きEric Pittardの遺作となった
「危機に瀕した時、セックストーイをいかに使うか」の
DVD発売日であったことも、何かの因果かな。
こちらもれなく日本語字幕が入っていますので、
みなさんにご観覧頂ける日を、待ちながら…

http://boutique.blaqout.com/collections/nouveautes/products/de-l-usage-du-sextoy-en-temps-de-crise-1

Commentaires

労働者と近代建築の間で

中庭を隔てた大家さんの家の壁が倒壊してかれこれ1年。
隣接する土地に巨大なマンションを建てる=地下駐車場をつくる、
ということで始まった先方の穴堀作戦は、
案の定地盤の緩いこの土地の怒りを買ってしまった。
もろもろの訴訟は権力を我が者に、の大手プロモーターが主導権を握り、
悲しくも我ら大家さんとわたしは、この工事を阻止できねまま、時は過ぎる。

目下この工事現場で労働に従事する男たちの歌が、15時頃になると聴こえてくる。
エンヤ~こ~ら~、の世界。
これこそが、人類の在りし姿、と思う。
工事現場の音は騒音は騒音、
でもその背後に働く男たちの美しい姿が、ある。


お兄さんたちの歌、内緒でフィールド録音しちゃった!

IMG_0018

朝露に 濡れた工事 現場かな

Commentaires

シリアから、 ملفوف محشي マルフーフ・マハシー Malfouf mehchi

もうすぐ始まるパリ郊外の大きなフェスティバル Sons d’hiverへ出演するため
先日レバノンからパリに戻ってきたフルート奏者Naissam Jalalと、
彼女のお母さんからシリアの伝統料理を教わった。
もちろん、これはアラブ全土にある料理だけれど、彼女達の家に伝わる方法は、
それぞれの家庭の味、ということで、シリアのそれを挑戦。
日本語に訳せば、ご飯とお肉のロールキャベツ。
だけれど決定的な違いは、レモンとミント、そしてざくろのビネガーに、
羊のブイヨンを使うところではないだろうか。

・深い鍋に骨つき子羊を火にかけ、ゆっくりと脂がでてきたら水を入れ、
 灰汁を取りながらブイヨンにする。
・やわらかいキャベツを一枚一枚さっと湯通しし、芯を切り取り、水気を拭き取る。
・やはり子羊のひき肉を、お米と混ぜ合わせ、キャベツで細く包む。
・ブイヨンの鍋から肉を取り出し、トマトピューレ、塩、にんにく、
 オールスパイスを入れスープを作る。
・ブイヨンで使った肉+キャベツの芯の上に、巻いたものを隙間なく敷き詰める。
・敷き詰めた状態が浸るくらいにスープを入れる。
・レモンを絞り、ざくろのヴィネガーを入れる。
・乾燥ミントを振りかけ、後は煮詰めていく。

ナイサムは甲状腺疾患、アレルギーなどの理由で塩分を控えなければならないので、
塩は極力避ける。
しかしお肉から、野菜からの深い味が、かえって味わえるものだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ナイサムが住むベイルート南部にあるアパートの目と鼻の先で、
つい最近爆撃があった時の、現地の状況を話してくれた。
この現実を聞いて、今日という日を生きることを、考えずには、いられない。

枯蔦や火飛ぶ哀しみアラベスク

Commentaires

「国は国民を守ってくれない。」…連帯は

なぜなら「自己責任」という言葉の操作で、
マジョリティーはマイノリティーを糾弾する術を知っているから。
「知る義務」を全ての者に課すべき国は、それを「知る権利」と
置き換えることで、知りたい人はがんばって「知る権利」を獲得して下さい、
とほんの少しの権利を与える。
この逆説的操作を使い、「義務」をさせてもらえないのが
古今かわらぬ私たちの状況。
だから「知ろう」とし、一線に出向く者の獲得した「知」は時に
マイノリティーの前で提示され、決して当事者の過ちではないけれど、
「過誤」と呼ばれる国にとって不利な面(例えば人質、例えば邦人拉致)
が提示されれば「自己責任」という方法で
「権利を獲得するために”自分勝手”に行動した者の責任を、国がとる」
と声を大にして、実は国がマスコミを煽る、連鎖反応。

JVJA日本ヴィジュアル・ジャーナリスト協会の豊田直巳氏が訴える、
「それでも私たちが「閉ざされた声」を日本に届ける使命をもっているのは、
戦火と暴力のもとにあって、しかしなお、遠く海を隔てた日本に暮らす彼らの
共感と共鳴を期待するから。」それは、「連帯」だ。

今の日本の状態を、世界に知ってもらいたい、と思わないだろうか。
大戦中の悲惨さを、どこかの国の人にも知ってもらいたい、
広島の原爆を、より多くの世界の人に知ってもらいたい、
二度と起こってほしくないから。

知りたくもない、興味ない、という人も当然いるでしょう。
しかし、以下松村洋さんの云う様に、実は、権利でも何でもなく、
知ることは、この世の中に生きる上での「義務」だということです。

ミュージックマガジン2月号のPoints of viewからコラムを二つ。
ひとつは松村洋さんによる
「ライブ会場で収支会計報告書を配る音楽の”フェアトレード”の試み」となる
タイトルにて自己宣伝になってしまうかな、
ごめんなさい、そしてありがとうございます。
そして左頁には福井優美さんによる
「ファルージャ〜イラク戦争 人質事件 そして…」
(伊藤めぐみさんの映画タイトル)に関する記事。
ミュージックマガジンがこういう社会面の強い記事を掲載している、
とは知りませんでした。
音楽は、やはり社会との繋がりを濃く持つものなのだ。

ということで、是非2月号ミュージックマガジンをご購入ください!

Commentaires

陰陽師 -蒼猴ノ巻-

人の出会いの独楽が一つ回って小田原で、二つ回って独楽はフランスへ、
そして回り廻って高野山へ。
作家・夢枕獏さんのロングセラーシリーズ陰陽師の2014年は、-蒼猴ノ巻- 。
書評のレベルにはほど遠く、出会いの感想文のようなものですが、
「音」と「読み物」の愛らしい関係を書いてみました。

そして今年、巡りの先にあるものは、開創1200年を2015年に迎える高野山にて、
朗読コンサート。
皆様の来山を心よりお待ち申し上げております。

文藝春秋のサイトから読むことができます↓
http://hon.bunshun.jp/articles/-/2181

baku MCJP
2010年パリ日本文化会館にて「陰陽師を通してみる日本」講演会にて

高野山フライヤー_07finOL表
2014年5月30日17時 高野山金剛峯寺にて

Commentaires

狩猟博物館〜三木成夫〜

フランスの博物館、美術館では、毎回毎回刺激的発見があるのですが、
展示の内容、というよりそれ自体の存在への発見、
の方が割を占めています。
というのは、「この分野を博物館にする!」という驚き。
例えばアルフォード獣医学校内のフラゴナール博物館や、トロワの道具博物館。
これが何ともアートになっているから面白い。
(日本は目黒の寄生虫博物館も負けてはいないが…アートかな?)

FBの功名か、様々な情報を随時キャッチできる、ただ今2000年代。
尊敬するサックス奏者、Jean-Charle Richard氏の
ソロコンサートの開催を間際に知り、向かった会場は、狩猟博物博物館。
ジビエGibier(狩猟鳥獣)を食す文化は、その過程をも文化にする、
ということ。そして文化の連鎖は音楽という文化に辿り着く。

この博物館の詳細は、http://www.mmm-ginza.org/museum/serialize/mont-back/0802/montalembert.html
に載っていますが、今回は特別展ということで、「猪の間」からはじまる、
コンテンポラリーアートと、狩猟(本物の剥製)の摩訶不思議な世界は、
Marion Laval-Jeantet et Benoît Manginのユニット
Art orienté objetからなるもの。
彼らArt orienté objetの、人類と動物、そして自然を介しての芸術的テーマは、

わたしたちが実存する条件を科学からの問いかけに対し、
それは生態学、という応えでアートを成立させている。

このコンセプト、そして展示を観ながら思い浮かんだのは、
我らが日本人、 »三木成夫 » !! の書籍による作品。

「胎児の世界」は、世界のバイブルに。
「内臓とこころ」は、世界の精神安定剤に。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

入り口にでは、Lee Ufan 李 禹煥が迎えてくれる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

山に鳴る今年も猟期に入りけり

Commentaires

何はともあれ、収支会計の公開

11月13日に無事成田空港をKaba-koのメンバーが飛び立ってから、
わたしは今、パリに。
復路飛行機の中では領収書の束の数字を確認入力しながら、
何はともあれ収支会計に躍起になって作成中。
エクセル使用能力もない自分が友人等に教えてもらいながら、
なんとか数字が見えてきました。
すると、16,514円の赤字!!!
すごくないですか?
本来は30万円以上の赤字予定でしたが、最後の最後に寄付という形で
個人の方々が助けて助けて下さいました。
また、心付けという形で直接楽士達におひねりをくださった方々へ、
ありがとうございます。
こちらから確認できます→http://openmusic.kyweb.fr/openmusic/Moussa_Hema_%26_Kaba-ko_ri_ben_gong_yan2013.html
何はともあれ、収支会計の公開 dans 時勢 circonstance kaba-ko11111-106x150
「クラウドファンディング」というやり方もあったのでは、
というご指摘もあります、
が、目に見えないお金より、楽士が目の前で演奏しているその姿に、
直接等価としてのお金を下さる、
そういうアナロジックなやり方に、私は魅かれます。

バナナの差し入れ、おせんべ、飲料水、お菓子、朝食のパンなどなど、
差し入れを下さった方々、本当にありがとうございます。

ツアー珍道中の様子など、写真などを使って、
少しずつブログに載せていこうとおもいます。
この行為は、帳簿関係、事後報告書関係など、
これからデスクワークをする私にとって、励ましの力となるでしょう。
そして、「音楽のフェアトレード」を今後展開していくためには、
私自身一層の「学び」が必要となります。
先達の残してくれた、様々な難解な本を読み解く能力は限りなく乏しいため、
時間をかけて…
いずれにせよ、「音楽のフェアトレード」とは、
一人一人の個人の意識と判断、そして行動によってしか、成り立たない、
ということです。

img_0276-150x112 dans 音楽 musique
公演直前、チューニングが狂ったバラフォンの木を削ります!!

img_0314-150x112
寒い中、 御殿場 時之栖さんでの演奏、がんばったね!

img_0015-150x112
食事提供という形でサポートしてくださった、
ゼンショーホールディングの小川賢太郎氏へ表敬訪問。
ゼンショーフェアトレードとしての活動はこちら→http://www.zensho.co.jp/jp/responsibility/ft/products.html
img_0035-150x112
リーダーのMoussaは学校での授業があるため一足先に帰国。
愛するKaba-koのメンバー、
ありがとう。

Commentaires

音楽のフェアトレード その一 J-WAVE

民族学博物館での公演では、Kaba-ko来日初、必殺アフリカ式おひねり、
そして踊る女子を前にジャンベの音は高揚します。
佐渡 春日鬼組との競演は、その名の通りブルキファ組のリズムと佐渡組の舞が
競演となり、バンフォラ村の神さんと佐渡の神さんが、
会場にいる450人のわたしたちを温かく包んでくれたようです。

舞台袖ではグリオのカラモコがバンフォラ村の神さまにお祈りし、
みな手をつないで円になり、気合いを入れ、いざ舞台へ!

心付けを佐渡では「お花」、
ブルキナファソでは「楽士のしたたる汗にお札を貼るおひねり」。
自分の演奏に対して等価のものを直接目の前にいる人からもらう。
子供のころから、彼らはこうして時に生きる糧として、
時に相手とのコミュニケーションとして、
プリミティブな人間の存在方法を習得してきました。

わたしたち聴く者が彼ら演者に直接、その演奏に対しての価値と、
感謝の意を”直接”表すことができるこのようなシステム、
放っておく手はありません。
この機会に是非、お札おでこにペタペタ貼る、経験してみませんか?

今回掲げるスローガン「音楽のフェアトレード」とは、ひとつに収支会計の透明性も
さることながら、(こちらまだ更新されていません、ゴメンナサイ)
個人が、演者へ直接関わることのできる実践としての可能性を提示します。

あながいる、そしてわたしがいる、ありがとう。

音楽のフェアトレード その一 J-WAVE dans 時勢 circonstance ncm_0504-150x112

ncm_05251-e1383520670796-112x150 dans 音楽 musique

ncm_05222-e1383520752764-112x150

11月4日から8日までの5日間、J-WAVEのロハストークにて、
「音楽のフェアトレード」に関して
お話します!http://www.j-wave.co.jp/blog/lohastalk/

Commentaires

彼らが日本に居る、という事

その日は当然眠れぬまま空港へ、
PCでの主な仕事場所は、ここ最近東京駅と成田空港。
WIFIを利用して、集中度は高く、移動場所へ赴く前にひと仕事。
TR050は無事11h35に成田へ到着。が、案の定12h30を過ぎてもKaba-koのメンバーは出てきません。
トルコ航空出発カウンターへ行き、しかしすでに誰もいなく、コードシェアのANAに聞いても個人情報のため
搭乗したか否か、確認できず。
思い立ってイスタンブールの免税ショップ袋を持った英国人男性に
「あの、黒人8人くらい、同じ飛行機ではありませんでしたか?」
「は?ああ、いましたよ、団体ですよね。」

やった〜〜〜〜!ともかく飛行機に乗れたのだ、そして後は通関残るのみ。
案の定その数分後に毎度おなじみ通関事務所から携帯へ連絡が、
杓子定規の質問、こちらだって門切り型な返答で返します。
ようやく13h過ぎに、バラフォン4台も担いで、ジャンベ3台、バラ2台、ドゥンドゥン1台。
すべて無傷で、しかもKaba-ko7人が揃って出てきました。

ありがとう。

これから、とてもとてもハードなツアーが続きます。
せっかく日本まで来る事ができたのだから、最後まで力の限り!
私は声を大にしていいます。
若い人!お金がないとはいわせません、是非彼らの演奏を聴きにきてください。
無料のコンサートはすでに、限りなく用意しました。

もう一度目を擦って見る、あの村のみんなが、そのまま目の前にいる。
リニアモーターカー作りに躍起になる日本に、
生身の人間が、丸二日間かけて、バスに電車に飛行機を乗り継いで…
日本に来た、この事実です。

さて、出納帳に収支の出入りを記載して、今日も楽器をたくさん乗せて、
次の会場へと移動です。

彼らが日本に居る、という事 dans 時勢 circonstance ncm_0490-150x112

ncm_0478-e1383342910532-112x150 dans 音楽 musique

ncm_0502-150x112

Commentaires

旅と移動 -心臓が、不安で耐えられぬ日々-

秋冷覚える今日、11月はすぐそこに。
3~5年かけた自分勝手なプロジェクト、
「ブルキナファソの大地から、日本の大地へ」も、すぐ目の前に。
無事、トルコを経由して成田空港に、本当に彼らKaba-koは着くのだろうか。
頭をカリカリ、爪をガリガリ、
心臓は寒さが原因ではなく震え、
胃の辺りも痙攣の如くブルブル震え…いやはや。

Ky [キィ]のコンサートは京都は法然院、堺は海会寺と続き、そして今宵、
夜中まで録音の仕事を、続けている。
ツアーが始まる前にともかくやることはやった、と自分を言い聞かせ、
ラストスパートの仕事を続けるのみ。
もちろん眠る時間も、なにする時間もなく、しかし、
« のれそれ » や、 »山形の十四代 » の、味の感動を思い出しては生きた証とし、
明日、まずはムッサ・ヘマの到着と共に心臓の負担は軽減されたし。

鶴見俊輔氏にはまっている今、最新の河出書房新書のコレンクション第3弾は
いみじくも、「旅と移動」。
10月の丹後、北近畿タンゴ鉄道の車窓は秋雨に、
近鉄橿原は山々を背景に、9月から何度往復した事か、東海道新幹線の車窓には、
これ以上のスピードを求めませぬ。

旅と移動  -心臓が、不安で耐えられぬ日々- dans 俳句 haiku 2013-10-19-16.29.22-150x112
丹後由良安寿の居た日凪の海
2013-10-20-13.18.57-150x112 dans 料理 cuisine
土壁の崩れし庭に柿のなる

フライヤー配りは、街の隅々までくまなく、
手にはタコ、腕はますます太く太くなり、
鞄が軽くなったと思えば、すぐさま古本屋さんにて
瀧口修造のこれは60年代?の、みすず書房からの一冊。
さて、録音機材、CD、フライヤー、PCに電源グッズ、歯ブラシに、
すこ〜しだけ服と下着を入れて、あとは楽器を担いで全財産。
明日はまた、移動の日々。

2013-10-22-10.48.45-112x150 dans 時勢 circonstance

2013-10-15-15.30.22-112x150 dans 音楽 musique

hounennin1-112x150

鹿の啼く茜の山を眺めをり

Commentaires

モロッコの入れ歯と、日本の電動歯ブラシの距離

イスラム圏のどこでも、薄荷茶に砂糖はつきもので、北アフリカであれば、
陽が皮膚の皺奥深くまで入り込んだ肌と、同じ色の、隙間だらけの歯を
見せながら笑うおじさんや、サハラ以南に行けば、太陽の陽は肌そのもので、
対照的な白い歯は、しかしやはり虫歯で抜け落ちた、隙間だらけの、それを
見せながら楽しそうに笑う人々が、毎日の祈りと同じ数だけ、薄荷茶を飲んでいる。

モロッコはエサウエラの市場で、敷物の上に並んだ入れ歯、入れ歯、入れ歯の数を見た時の驚き。
ここは東京、街の真ん中で電動歯ブラシの宣伝を電子掲示板(と呼ぶのだろうか…)を眺めつつ、
あまりにも遠いこの二つの歯に関わる道具のことを考えてみた。

この二つの道具の距離が近づく時、今や決まり文句 « グローバル »は、
真の意味を持つことができるのではないだろうか。
近づく、といったって、どんな具体性をもち、どんな働きの結果なのか、
安易な理想論的考えかもしれない。

しかしひとつの具体的な案として、二つの道具が出会うこと、が重要といえる。
片や入れ歯をした者と、片や電動歯ブラシを生活の一部にする者が、面と向かって出会う。
そこから対話は始まり、互いの思考は思考という機能を果たすことになるだろう。

秋香る今日は10月13日、月は否応に秋に奇麗だ。
今一度、断食月にモロッコでみた月に思いを馳せる。
月に足を乗せた人類は、新たな原罪と共に生きて行く覚悟はあったのだろうか。

今日といふ暦を月に映しをり

Commentaires

フランス滞在56時間。

共有するとは、時間軸でいうただこの一瞬のために、往復26時間の飛行は、
孤独な作業となります。
あるドキュメンタリー映画監督の7年間の白血病との闘病の末の逝去、
これから日本を襲うであろう序曲のように感じられます。

「なぜあなたは現実を撮るのですか?」

ペールラシェーズには、多くの映画関係者、そして多くのミュージシャン、
ブルターニュの人々が集った。
Moussa Hemaが奏でる葬送の演奏。じつはわたくし、彼が死者に語りかける
演奏という名の”語り »は初体験。
日本での大きなツアーが始まる前に、彼のこういった本来の演奏を聴くことになろうとは。
音楽という事象を、根源から考えさせられる時間である。
死者を現世の私たちにとっての死者にする行為として、その冷たい身体に触れるように、
Moussaの音は、その魂をやさしく愛撫するように、死者に語り、現世の私たちに語りかけます。

信仰を持たぬ者。
その肉体をこの世の人に、最後のお別れという形で、
聖歌でも、賛美歌でも、お経でもなく、送る、
それはなんと、 »拍手 »、 »指笛 »、そして”かけ声”で幕を閉じ、
信仰ではない、人間のヒューマニティーを信じられる、それこそ、
映画のワンシーンでありました。

帰路アムステルダム空港にて、在ブルキナファソ日本大使館からの、
7人分の査証発給報告のメールは、
非常に孤独な喜びであることは間違いなく、ただ、
この孤独の先にKaba-koの演奏を皆と共有できる喜びは、
生きる力となります。

フランス滞在56時間。 dans 時勢 circonstance 2013-09-28-17.41.47-300x225

Commentaires

二百十日、モロッコの西瓜

マラケシュからエサウエラに移動する真っ青のおんぼろベンツでの道中、
前のトラックには山、山、山の西瓜でした。
暑気をはらう日本の西瓜。
モロッコの市場では倉庫ごとスイカ、西瓜で埋め尽くされている光景をよくみます。

二百十日、モロッコの西瓜 dans モロッコ スーフィー教団ハマッチャ Hamadcha ou Hamdcha img_0476-112x150

img_0566-150x112 dans 俳句 haiku

イスラエルのピアニストOrが教えてくれた彼の国でのスイカの食べ方は、
真っ赤なスイカと山羊のチーズを一緒に食す。
テルアヴィブの海岸で泳いだ後、いつもお母さんが用意してくれた、
この食べ方の想い出を語ってくれます。
映画 VALSE AVEC BACHIR「戦場でワルツを」では、
Bachirが同じ地中海、ベイルートの海岸を泳いで(浮かんで)いるところから始まります。

http://www.lesfilmsdici.fr/fr/catalogue/751-valse-avec-bachir.html

民主化という動きの中で、そして資本主義の影響下レバノンの海岸沿いは、
近年どの都市でも見られるような、悲しいくらいな画一的な商店が立ち並び、
皮肉をこめて中東のマイアミと呼ばれるベイルート。
しかし、内地へ向かえば向かうほど、銃撃の痕が残る町では、
母の手を借りて、スイカを食べる子等たちに会う事ができる。

シリアの子等に、ソマリアの子等に、すべての、すべてのこども達が
西瓜を食べれる状況であることが、ひとつの具体的イメージとして、
イメージを実行するための力の源となります。

口を拭く 母のエプロン 西瓜かな

Commentaires

何が何でもVisa !!!

自分のvisaもままならぬ状況において8人分のvisa取得とは、
いかに無謀なことであるか…
日本国への入国visaは勿論、いずれにせよどこかの国を経由せねば
辿り着かぬ遠き島国日本。

事の発端は、当初日本航空との協賛を目論んでいたはずが、
ワガドゥグー(エアフラ)→パリ経由(JAL)→東京の場合、一旦降機し、
荷物も一緒にチェックインし直さねばならぬ、こと。
ならば同じ航空会社(ちなみに一人あたり30万円+楽器運送料)で一回の
トランジットにすれば、この問題解決!と思いきや
しかし空港内ではトランジットヴィザが生じる、こと。

10月30日からはじまるブルキナファソの楽士8人からなるKaba-ko日本公演への招聘
など個人でできるはずもないのに、まあ大きく出たものです、自分。反省。
ただここで踵を返すなど、男が廃る! いやいや、当方女でした。

シュンゲン区域(EU圏)に、たとえ空港を出なくても通過するだけで
60ユーロ(=1万円)かかるのです。もちろん特定の国籍に限って。

フランスの入国管理局では、グループ1,2に分けられており、
例えばエジプトは大丈夫だったり、ブルキナファソの隣国ベナンも大丈夫。
細かな国と国のやり取りの状況が見えてきます。
そしてブルキナファソ人は…
これは政治ですね。
しかも、現地大使館へのVTA(visa transit airport)申請にあたっては
指紋も必須との事。
犯罪者扱いの如く。
赤道ギニアへ行く際に必要になった、犯罪経歴証明書作成で経験した
指紋とり(色々な角度から取るんですよ)を思い出します。

モロッコへ演奏に行った際、搭乗チェックインで言われた言葉、

「君たちがモロッコへ入国するにはvisaが要らないのに、
僕らが日本へ行くには厳しい審査、保証人を得てのvisa取得が必須。
不公平じゃないかい?」

一国の治安を守るがゆえ、それは最もたること。
この壁があるからこそ、自国の安全が守られている事の重要性を理解しつつ、
ならば来日する彼らの国に行かぬとも、彼らの自国の音を聴けるという
時間を、皆で共有、したいものです。
« 皆 » って誰?と言われればそれまでですが…

現地首都でのパスポート申請、日本大使館へのvisa申請、
フランス大使館へのtrasit visa申請。
首都から8時間以上かかるバンフォラ村から楽士がその都度上京する
バスの旅を想像すると、胃が溶けてしまいそう…
Kaba-koのみんな、ごめんね。

秋の空 飛ぶ鳥にみる 国境のなき

Commentaires

音楽と映画 ~世紀の結婚 ? ~

メトロを筆頭に、街に貼られる映画のポスターには
嫌気が差すくらい、兵器を手に、未来を襲う »悪者 »退治をする定番アメリカ映画、
そしてアニメーションにしてもロボットは銃をもち、
ハリウッド女優さえバズーカ砲を背中に抱えているものばかり。
こういう、兵器を日常にあるものとしてのプロパガンダはもうこりごりだ!

cité de la musique を最終日に駆け込んだ展覧会は、
「Musique&Cinéma -le mariage du siècle?-

音楽があっての »第三の男 »、 »ファンタジア »のラフ画。
チャップリンがハンガリー舞曲とシンクロする場面。
« ティファニーで朝食を »オープニングのムーンリバーが流れれば
会場から溜め息が、ヘップバーンを眺める顔は皆美しい。
音響的編集効果がすばらしいゴダールの »Pierrot le fou »。
Michel LegrandとJacques Demyの手にかかればフランス映画の真髄を味わえる。
映画が完成するにあたって編集という仮定の疑似体験。
« 乱 »では武満徹の音に引き込まれ…

フランスでの企画展なので、万人の知るところとなる映画をメインに。
知っている映画音楽が会場で流れれば鼻歌をうたう人も、微笑ましい。
しかし、フランスだからこそ、アラブ語圏の映画もピックアップしていただきたいものだ。
せめてエジプトのウム・クルスームは…
そんなリクエストはちょっと欲張りすぎるだろうか。

映画を文化として受け入れ、想像が作り出す世界に魅入られた人々が味わう
至福の時間は、上映時間を終えた後も、どこかでその音楽を耳にする度に
蘇るその時映画を観た人生を、思い出す。

音楽と映画 ~世紀の結婚 ? ~ dans あーと art img_0001-150x112

img_0002-150x112 dans 時勢 circonstance

Commentaires

アンゴラのBonga→パフューム!?!?

8月5日、オートヴォルタの独立記念日。
ブルキナファソ8人組Kaba-koのパスポートが発行された!
との吉報がバンフォラ村にいるMoussa Hemaから私の携帯電話に。
某大使館に行くも、おそらく取得できないでしょう、と絶望的な言葉を
受けていたのが7月半ば。しかしここで諦めたら元も子もない。
Moussaが使った手段とは、これは公にすることははばかれるので、
裏談義として事が終わった後に。

ブルキナファソ一心にならねば、とは思いつつ、ちょっと浮気心でアンゴラへ。
10年前に初めて聴いたBongaは、まさに72年のアルバムAngolaである通り、
75年の独立まで彼は自国を追放され、
それはもちろん彼の歌詞が民衆を鼓舞するが故…
レパビュリック広場から歩いてすぐのパリの老舗ホールLe Bataclanにて、
彼の生の声に、門切り型な表現だけれど、歌い謳うことはこういうことかと、
鳥肌が立った。

いわゆる »歌もの »は、普段あまり聴かないものだが、聴きたくなるものは、
偶然に、何かに抗っている歌い手のものが、多いことに気づく。
もしくは音響的効果の興味を刺激してくれるもの。
神保町の道端で買ったそれは、ブルガリアのポリフォニー。
そう、自分の臭覚に時として驚くばかりの、実は88年のビクターから出ている
The Philip National Folk Ensemble。

さて、今までに幾度となくLe Bataclanに通ったことか。
それでもこんな行列を観たのは初めてだし、
こんなに音楽的でないコンサートは初めてだし、
そして、こんなに叫んで汗をかいて聴いたコンサートは、初めて。
のそれは、パフュームでした。
彼女たちの、いつの日か、何かに抗するためのパフォーマンスを
観られることを楽しみにすることに。

パリは日だまりの気持ちよい8月、
今日もどこかで演奏している同志達へ、お疲れさま。

仰向けに緑陰から葉ざわめひて

アンゴラのBonga→パフューム!?!? dans 時勢 circonstance img_0051-300x225

img_0024-150x112 dans 音楽 musique

img_0026-150x112

Commentaires

寄り添う気持ちと相対的生きる意味

またまた登場辰巳良子さんの「いのちのスープ」。
このレシピでスープを作ることは、
今、私ができる精一杯の形、としての行為である。
固形物の取り入れが困難になった人の側にいると、
確かに自分にできることは、おのずとその日その日の細胞を
蘇生、継続的活性をさせる栄養という名の食物を作ることを容易にさせます。
自己満足ではなく、改めてこの本の云わんがしていることを
噛み締めつつ…
ポルトガル風にんじんのポタージュ、
一番出汁の吸い物、玄米スープを作る、使命。

トクヴィルがいう「精神の習慣」は、
相対的に自然があっての人類であり、
または共同性という名のもとにデモクラシーの芽生えが生じる。
時に人はこの精神の習慣を信仰という分野に置き換えもするけれど、
私は、個々の営みへの尊厳である、と思いたい。

ここでまたまた登場鶴見俊輔様。
たしか「身ぶりとしての抵抗」の中での一節だった気が。

助からない余命僅かな人のために、なぜ « 医療 »を施すのか。
それは、その人の死を共に見つめ、側で寄り添う、ということ。
ここでいう医療とは、人がただそこにいる、使命。

こういう想いは、
やはりブラームスのThree Intermazzos 第二章に寄り添うものである。

Commentaires

–対話–

国と国の対話、
そして個と個の対話、
ミクロまで行き着くと、
自己と自己の対話。

アフリカと、私たちはこれからどうやって対話し、
共存していくでしょう。

それは、個の思想、決断に託されています。

この ↓ Moussa とGastonの対話、好きだな~*

Image de prévisualisation YouTube

今日と明日は名古屋で盛り上がりまっしょい!
椙山女学園付属小学校のみんな!待っていてね*

6月5日 (水)名古屋 Vio 18時開場 19時開演
名古屋市東区新栄2-1-9 FlexビルB2F tel 052-737-7739
前売り3000円 当日3500円

6月6日 (木)名古屋 椙山女学園付属小学校
9時40分 一限目、10時30分二限目

Commentaires

1...345678

La voix des artistes |
Le Blog de Piteur |
deathvalley |
Unblog.fr | Créer un blog | Annuaire | Signaler un abus | Buddy Stewart
| Rap de qualité Δ Lyrics
| Michel Mainil