Archive pour 時勢 circonstance

価値とはブランドロゴにあるのか

ある依頼が、あるイベントの1週間前にあり、こういう間際の依頼は仕事がら
よくあるのですが、ある難関を越えられれば引き受けることができる、と思い、
師走の賑々しさと忙しさに押されて、ある挑戦を。

それは、韓国人アーティストMunGi YANG氏の「DE LUXURY STONE」という、
石にブランドロゴを刻んだ作品を持ってフランス国立近代美術館、
通称ポンピドゥー・センターの広場をファッションショー会場に見立て、
野外で演奏するというもの。

ブランドロゴマークが刻まれた石の鞄を持って歩くモデルさんも大変だけれど、
極寒パリ野外で一人で吹くという、これが »ある »挑戦としてあるわけで。
指はかじかむ、歩きながら吹く、金属でできたサックスは寒さで音程が
おかしくなる。とまあ挑戦に見合う条件そして状況。
しかしながらパフォーマンスを見入る人、行き交う人からの反応、
なによりパリ大学で学ぶ韓国の学生やミュージシャンと知りあいになれたことの
喜びは大きなもの。
特に韓国の伝統楽器、大笒テグム奏者 InBo LEEとの出会いを、
大切にしたいものだ。

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ポンピドゥー・センター広場での演奏を終え、ストラヴィンスキー広場に移る

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ルイ・ヴィトン、モノグラム・ヴェルニのパロディ!!

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全27公演、ありがとうございました!

今秋ツアーを応援いただきありがとうございました。
既に数週間経ってしまった今頃になってのお礼だなんて、師走も迫るというのに…。
今回も各地の頼もしいほどの生きる力に感激。
上越は100年を迎える世界館を守り、盛り上げる、力。
秋田の学生さんたちが持っている好奇心の眼差し、
おずおずと、しかし個と個になると発揮する、力。
福島は飯野町に覚悟を決め、先祖を守り抜く、力。
北海道の山との共生、海との交わる、力。
静岡の山寺承元寺住職の、鈴木大拙の英語講義を日本語訳にする、力。
名古屋のアートと生きる過程を同次元で展開する、力。
富士山周辺はやはりそのエネルギー自体との共存を日々のこととする、力。
まだまだまだありますが….
真の交流とは、人が動いてなんぼのもん。
ともあれこれら土地と人々が生む力、との出会いでした。

土地行けば寒ゆるみたるおふるまひ

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会津を抜けて霧の中の、これが磐梯山じゃ!

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秋田公立美術大学の学生たちに質問攻め、の演奏者

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「てさぐり」展覧会の会場を案内してくれる人は、視覚障害者の方々!
だから、鑑賞者も「てさぐり」なんだ!決して革新的ではない、これぞ必然的展覧会。

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井上信太(美術作家)・前田真二郎(映像作家)による未年計画 名古屋ひつじ物語
開催するヤマザキマザック美術館へ多いに一票!

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駿河に安国寺、今は承元寺、重松ご住職の英語での会話のひと時。

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女の細腕で樹を切り倒し植林する姿。ホタテ貝を大地に敷き詰め、向こうに見えるは洞爺湖。

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小さな窓から、世界を観る。

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朝8時、朝礼。今日も除染の一日@飯館村 

一人の時間は、ツアー中皆無ゆえに、こういう機会を逃すことなく、有効に。
深夜0時を越えてバスに乗り込み、乗客は方々みなどこに行くのだろう。
福島下車にて5時、駅前にはな〜んにもないものなのだ。
6時33分発、南相馬行きのバスに乗り込み、飯館村に着いたのは、
8時前頃だろうか。バスが通る道の両側に、作業員用の仮住宅から人々が出て来る。
そして拡声器を使っての、朝礼。ここはどこなのだろう。
この地を生きた、そして生きながらに感情の変化、戸惑い、みらいはどこに。
錯綜する現状に比べて、人々の想いは、いつも置いてきぼりだ。

飯館村の、それは美しく、深い秋。
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朝8時19分南相馬 原町到着。朝っぱらからフライヤーを山ほど持って、
商店街やら図書館に配る。すると後ろから声をかけてくれたのは、
朝日座をたのしむ会の方。
来週からは渋谷はユーロスペースにて「朝日座~人間は、どこへ行く~」の
一週間連続レイトショーが始まるのだ。
そして迫る帰りのバスの時間をみながら、この地の人々と、お話する充実な時間。

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酩醸館では写真展が

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どこへ、行くのだろう….

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ツアーエスケープ@久国寺

池袋のぺーぱーむーんにて疲れを癒し、バスにて早朝に名古屋へ着く。
かれこれ2日間はもう布団で寝ていやしない。
朝6時前ではカフェだって営業していないし、
駅をぶらつくも疲れきっており、そこで機転をフル回転。
「そうだ、太郎さんに会いに行こう!」
ということで、名古屋生まれなのに実はいった事のない、北区へ。
志賀本通り駅を下車。感を頼りに、あっという間に「久国寺」へ到着。
岡本太郎が創った「梵鐘」に会いに。
青山の記念館庭では他入場者を気にせず叩くことができたのですが、
かえって一人ぽっちのこの境内では、鳴らすどころか、
その存在を前に立ち尽くしてしまった。
故障したアンプ修理を取りに、帰りは名鉄瀬戸線に乗るわけなのですが。
なんと辿り着いた場所は、そう、学生時代に使った、「尼ケ坂」駅。
こんな偶然のいたずらも、岡本太郎の成せる技だろうか…。

久国寺住職の依頼による、岡本太郎作「歓喜の鐘」
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尼ケ坂。江戸時代には辻切りが多かった坂だそうだ。
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ツアー二日目@軽井沢文化磁場

地方に行くと、驚くべく文化磁場に出会うものだ。
「油屋」さんと言えば、中山道信濃追分に在位する旅館で、
時代を越えて旅人を迎えてきた。
その場所は、今や「油や」文化磁場となり、もちろんそれは必然的であり、
しかし冬期はお休みするとのことで、11月3日は冬眠パーティー。
そこでKyも演奏で参加、という案配。
この場所が、いい。
回路には小さなギャラリーから本屋さん、猫ばかりを扱った「猫町カフェ」、
東京柳橋にある芸者歌手、市丸姐さんの日本家屋住居を
そっくりそのままギャラリーにしたlucite gallery。
そして二階はもちろん宿泊できる。
様々な作家たちが在宿し、旨い蕎麦を食べ、軽井沢の木々の中で
いくもの作品を編み出したことだろう。

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すぐ隣には堀辰雄の記念館

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ツアー前はいつも、徹夜録音+料理教室

ああ、成田空港に幾度お世話になっていることやら。
着陸する飛行機の中でいつも、ここで闘われた、ある現実を想像し、
そしてその結果にある滑走路を使う者としていつも、胸が傷み、しかし使い続けるという矛盾。
毎度おなじみ出発前はパリで徹夜録音をし、
(なぜかいつも映画関係の仕事はツアーが始まる直前に依頼が来るのだ)
音源をパソコンに詰め込んで、編集はツアーの合間に。

前々日の個人宅での料理教室はプロも主婦も食への興味溢れる4人と仲良く家庭料理を。
茶碗蒸しはやはり出汁が命。南蛮漬けはどこでも好評。
あとはお寿司などなどウケもいいものを。

さてさて、2014年のツアーがいよいよ始まり、
紅葉たけなわの河口湖の初日、それは色々な所から皆聴きに駆けつけてくれる。
感謝。

陽ののぼる国に辿りて秋を知る

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録音終了は朝5時終了。これから荷造り…

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木屋の包丁はよく切れるのです。

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白夜の国から緯度低き陽を追い求めて搭乗

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東京は、光に溢れきっているね

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子どもだってにんげんだもの~アシャラ祭~

« こども »も »おとな »と同じ音空間を共有できるのですよね。

イスラム暦の新年から数えて10日目の来週モロッコではアシャラ祭が始まります。
アシャラとはアラブ数字の10という意味。
アシャラの日の喜捨は、富を得た者は昨年の年間利益10% (地方によりますが)
を恵まれない人々に与える日でもあり、
だから道端、または商店などで施しが行なわれる。
毎年イスラム暦によって日が変わるけれど、収穫の時期である今年は
農作物で喜捨がおこなわれもする。
国家一員としての義務ではなく、自己に課すこの姿勢。
そこに宗教性をみるかどうかは別にしたとしても、やはり
イスラム教のこの喜捨の精神の清々しさ、
これこそ人類の共同体としての姿ではなかろうか。

さて、エッサウィラではこの日は子どもたちのタリージャデビューの日でもある。
タリージャとは素焼きの筒に子山羊の皮を張り、同時に糸も張る。
そうする事により »ビリビリ »というさわりの音が鳴り響く仕組み。
道端で子どもたちがこの打楽器を叩く姿に、音世界とその民族の伝授による
深淵な世界を見ることができます。

さて、昨日のアラブ世界研究所9階 (実はここ、パリの景観を観る穴場スポットです)
での演奏は、主に子ども教育を対象とした昼の公演。
スーフィー教団の音楽とは、また楽器の紹介などなど。
赤ちゃんもいれば幼稚園生、小学校、中学校。みな親御さんに連れられて興味津々。
でもこの公演の主題に対し ”子どもむけではない” などと誰が決められましょう。
子ども向けに”ディズニー”やら”流行の曲 » ???
ちゃんちゃらおかしいですね。
ということで、今日もまた、なんら差別無く皆が、音世界に浸ったのでした。

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慣れないフランス語で一生懸命スーフィー神秘主義のことを話す、
タリージャ奏者、ハッサンと一生懸命耳を傾ける子等たち

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もちろん伝統的な曲では演者そして観客が共に踊ります

子等もまた音の飛礫に秋の声

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お父さん、「生きる」ってなあに?

どういうことだろうね。
生きるということは。
ひとりでは、できないこと、だろうね。

生きるという営み_5(1)

Ky2014年のツアー、11月から始まります。

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だってやっぱり岡本太郎

日本に滞在する度に、できるだけ寄る所があるのです。
それは川崎にある、岡本太郎美術館。
「母の塔」の下で、何度と音の精をみたことでしょうか。
なんていうと、ちょっと妙な発言かな。
セコイア杉の間を抜けて、ひとり頭上を仰げば、
この地が枡形山であったと気づき、この地多摩丘陵、の上で
太古の昔から人々が息づいていたのだなあ、とひとりつぶやく次第。

企画展である、「岡本太郎とアール・ブリュット-生の芸術の地平へ」
で得た感覚は、純粋性そのものに触れたような、
肯定的なまあるいボールを抱きかかえる様な、気分になったわけで。
おもわず館内カフェで、メロンソーダを飲み、覚えたての感覚を反復し味わう。

そして、1999年に刊行された岡本太郎による「美しく怒れ」の、
ユーモアにして痛快な、ワクワクするような文章に、
少し力をもらっている今日この頃、です。

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10月5日までだそうです。

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こんにちは

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行く夏の木立に径を見つけをり

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シャガールの磔刑、バタイユのランス

シャガールが磔刑になるのではなく、
またバタイユがランス市長になるわけでもなく…
チュニジア人女性とフランス人男性による結婚式の演奏、
という仕事で訪れたここはパリから1時間半、
シャンパーニュ地方ランス。
花嫁方の女性達のユーユー(ファルセットと舌を駆使した女性の歓喜の表現方法)
が式を盛り上げ、太鼓類に合わせて踊る、晴、祝いの日。
両方家族の宗教を越えた、人と人の繋がりを感じる次第。

この街へ来たからには、ランス大聖堂に行かないわけにはいかない。
という事で演奏を終えた翌日、私が出会ったのは、シャガールと、バタイユ。

1914年にドイツ軍の占領下に、街も大聖堂もことごとく破壊され、
負傷者をベットがないゆえに、屋根のない大聖堂で藁を敷いて看護したという。
この街がドイツ軍に占領され、壊廃した、そのなげき、あるいは若い同胞、同志達
へ宛てた信仰を表する随筆、ジョルジュ・バタイユによる「ランスの大聖堂」。
実際の場所に来ると、書物の言葉ひとつひとつが手に取るようにわかる。
13世紀以前、大聖堂が大聖堂になる前から、同じ場所にはチャペル、教会、
という段階を追って建物が建てられていたという。今でも地下にその跡形が残って
いるそうだ。
であるからには、この場所が選ばれた地である聖性はどこからくるのだろう?

いずれにしても、戦争という破壊によって1974年に生み出された、
シャガールによる教会の新たなる光は、会堂奥で誰それを待ち、
62年に亡くなったバタイユは、いつかその光にやはり脱自としての
恍惚をみいだしただろうか。

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花嫁方のチュニジア人女性たち

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シャガールによるステンドグラス
得意とする象徴的な青の中に磔刑のキリストの姿

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ちくま学芸文庫に使われた、破壊されたランス大聖堂の写真

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ルーアンのアラファト、モントルイユのジョレス

-毎日が抗ひて今日平和祭-

フランスの夏のカフェはどこもかしこもテラスをだして、
日が暮れる夜10時頃までグラス片手にアペリティフ。
この時期の演奏は屋外が多く、地方へ行くことも多々。
Jazz A Partという地方ラジオ番組を10年間続け、同名のジャズフェスを立ち上げ、
今はDon Cherryを主人公にした物語を書いているというピエールに声をかけてもら
い、今日の演奏場所はパリから電車で1時間30分、ノルマンディーの海岸へ行くに
必ず通過する街ルーアン、の市役所の前の広場。
機材、PA、サウンドチェックに準備は進み、楽屋は市役所の横のカフェ、
だから観客から声をかけられ、一杯おごられ、CDを買ってもらい、
演奏後も人と接することの楽しさ、が味わえる。
そしてそのはす向かいに居るのは…要するに市役所の目の前、
という位置にいるのは、アラファト!
そう、ここはフランス共産党の事務所なのだ。
ノルマンディーらしい木組みの小さな家には、今は亡きアラファトYasser Arafatが
L’Humanité(Jean Jaurèsが1904年創刊した共産党寄りの日刊紙)の表紙を
飾っている。

そして、いみじくも今年はJean Jaurèsが、モンマルトル通りのCafé du Croissanで
国家主義者に暗殺されて、100年。
彼が第一次世界大戦に反対していたことは言うに及ばず。

地方での演奏を終えて、我街モントルイユに戻ると、市役所前の広場を会場とした、
Jaurèsを偲ぶ野外展覧会が行なわれていた。
当時の政治、情勢を写真などの資料と、そして音声(当時の電車の音、街のざわめき)が広場に鳴る、もちろん、ジョレスの声も!

ここモントルイユは第二のバマコ、広場のベンチでは、
マリのお兄ちゃんたちが仲間とジャンベを叩いていた。ジョレスの声をバックに!
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演奏会場のはす向かいには、アラファト議長が

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演奏が終わり、皆またテラスで飲み始める

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Jean Jaurèsの物語が広場に

フリーペーパーovniによるルーアンとジョレスの特集はこちらから

「ルーアン、尽きない魅力」
http://www.ilyfunet.com/ovni/par-ci-par-la/voyage/652_sp.html
「ジョレスはヘビー級の雄弁家だった」
http://www.ovninavi.com/768sp01

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隣に座る、パレスチナの女性

数年前、フランス滞在許可書の更新にあたり、
18区の移民局施設内で講習会を受けた際のこと。
当然移民ばかりなので、まずは講師は集まった人々に国籍をたずねる。
イラン人、ウクライナ人、マグレブ、カメルーン…、日本人、の私の隣の女性が、
「わたしはパレスチナから来ました」と。
すると講師は、
「ようこそフランスへ、さぞ大変でしたでしょう…」
そして講習会の教室にいる皆は、彼女を拍手で迎えた。

心にある私たち講習生それぞれの感情は、自分達だってここフランスでは移民
であり、彼女の存在する背景 »パレスチナ »に、何もすることが出来ない、
という分かりきった悔しさと共に、だけれど 「今」という
同じこの時を分つ者として、拍手で迎えたのだと、思う。

先日、シリア人フルーティストのナイサムが、友人でパレスチナ人のアムロに
会わせてくれた。
一昨々日フランスに着いたばかりだという。
ただ、パレスチナ人という国籍(パスポート)はどこにも、ない。
だからアムロはイランのパスポートでフランスに来ることができたそうだ。
パスポートを取得して8年、レバノンでの生活、そしてフランスへ。
誰もその地(パレスチナ)を離れたくなく、しかし流浪の民としての、運命。

無力を前に、でも、せめて隣に座った人がパレスチナ人であれば、
労いたい。それがたった数時間の時間の共有だとしても。
この行為を、人は偽善と呼べはしない。

夏の月オリーブの丘彷徨ひぬ

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イスラエルの地図に、パレスチナは存在しない、
そしてレバノン、シリアにはその存在が地図になっている

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ナイサムが肌身離さずつけている、
パレスチナとアラブ語の表記の首飾り

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Joe Saccoの名著であるマンガ
GAZA 1956

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ラマダン終了!

1ヶ月にわたるラマダンが、新月27日の今日終わろうとしている。
11区のアラブ街、正装した若者たちが嬉々とした表情で町を歩いている。
きっと友人達とねぎらいのパーティーに向かっているのだろう。
きっとどこのイスラム諸国も、この事象に同期しているに違いない、
パレスチナでも….と願う。
2年前、ちょうどラマダンのまっただ中にモロッコでの演奏ツアーを行い、
エッサウィラに住むスーフィー教団、ハマッチャと約2週間、寝起きを共に、
演奏をした。
彼らとの音楽漬けの日々が、ラマダンの時期と重なることで、
音楽その在り方を考思していた、といってもリハーサル+演奏することによって、
頭の思考は楽器を吹くことで自由を得、この自由の方がよっぽど私の小さなおつむを
駆使するより、性に合っている、と実感。

当方アラブ語を話せないので、会話はフランス語。
定型に慣れてしまったフランスでの会話=生活。
ハマッチャの楽士と会話をする度に、環境と言葉の関係性を見失ってはいけないのだ、とつくづく思う。
言語は、その土地で姿形を変え、順応に、生きる営みの中に根を下ろす。

このハマッチャ楽士たちが、今年もパリのアラブ世界研究所に来て、
一緒に演奏できる、この喜び。

ムエジン muezzin(各モスケで祈りを呼びかける者)の、
淡々と月の動きに寄り添った、確信的でまっすぐな声を想像し、ハマッチャ、
そして遠いパレスチナの人々彼らの事を想って、今日も月を見上げるとしよう。

新月や盛夏の夜に探しをり

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日没直前サウンドチェック

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エッサウィラの広場にて
ラマダン期は日没になったら、音楽を奏でていいのだ。

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ラマダン中でも、陽が沈めば、皆で食事。
山羊の牛乳とナツメヤシから、はじめましょうね。

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素焼きに山羊の皮と糸を一緒に張ることによって、
« ビリビリ »、という音”さわり »の音響になる、タリージャ

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エジプト カイロから 其の壱 三位一体 !?

遅ればせながらの報告として。
6月、日本から帰国、すぐにエジプトへ発ち、現地エジプトのヒップホップ、
ラッパー、そしてコートジボワール、レバノン、ベラルーシのミュージシャンに
+Kyという出で立ちでリハ開始。
レバノン同様、不定期だけれど定期的に停電。
12曲のレパートリーをさらい、立ち位置はベースの隣、ということで譜面台を
アンプのかげに隠れるように配置、で音符をカンニング!
ベラルーシ人の驚異的ビートボックスがグルーヴする中で、リフを譜面
みながら演奏なんて格好悪くてできない!なんていきがっていたけれども、
全曲のリフ、覚えられませんでした…。

さて、停電中はスタジオの外にあるジュース屋さんにて、西瓜の生絞り、
はたまたマンゴー、あるいはサトウキビの生絞りを各々道端で飲み、あぁ生き返る。

カイロ到着その日に地下鉄数カ所にて爆破テロ。緊張が街中にはしるも、
道端でターメイヤ(空豆の揚げ物)を売る露店、相乗りバス、市井の人は
日常のリズムのまま、過ごしてる。こちらは一応、移動はタクシーのみにし、
街にある看板に目をやれば、そう、ラマダン断食月が始まろうとしている。

母国を離れ、今は福島に住む知人エジプト人と日本人の夫婦が、
「断食月はエジプトで過ごしす方が、好きだな」といった想いには、
共通の価値観の中で、言わずもがな意思伝達の可能な同胞、ウンマの中で、
過ごす郷愁、または懐郷を感じさせる。
この意思の疎通=伝達を、「コミュニケーション」と人は呼ぶのだけれど、
コミュニケーションの語意をラテン語から辿ると、
「communis=共有の」そして「communio=誰かと通じる」、となる。

ここで突如「三位一体」を取り上げるのはおかしな発想だけれど、
ラテン語の発祥時期とキリスト教の時代を照らし合わせながら、
後者の用語である「聖体拝領、または聖餐式」を紐解くと、「communion 」
という語彙が登場する。
ここでいう聖体はイエス・キリストなのだけれど、「communion 」の語意は
やはり「共有の、交流、親交」となる。
さて、では誰とcommunionが行なわれるのか、となると上記場合は父・子・聖霊
=三位一体と当人。

只今ラマダンのまっただ中、をする人々にとっての、その位格とは、
Allāhアッラーなんだ。そしてもちろん、ウンマummaとは=共同体。

片陰に乞う金曜日モスクかな

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現在のタハリール広場

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街のジュース屋さん

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リハの最中、一息

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「この国のかたち」

統帥権、を振りかざしたその者は、魔法使いになりたかったのかな。
もし統帥機関の彼、彼らの様に再びこの魔法の杖を振りかざす者がいるならば、
鶴見俊輔が掲記する「ゲド戦記」のくだりを参考にしたほうがいいと思う。

「長(おさ)は、またこの技術が多くの危険をはらんでいることを語り、
なかでも魔法使いが自分の姿を変える時には自らの呪文から逃れられなくなる
危険を覚悟しなければならないと注意した。」
魔法を超法規として、補弼(ほひつ)という任務に伴う »責任 »に対し、
統帥権はそうでない、
と言いきった本、「統帥網領・統帥参考」(昭和3年、昭和7年発行)の
運命は→戦後一切焼却、だったという。

責任回避どころか、どこかの国に飛んで行ってしまった、ある会社組織の長で
あった者達の姿に重なる。

「この国のかたち」は、司馬遼太郎による毎月書かれた随筆。
その大正生まれの司馬遼太郎が、明治維新以降の日本のある姿を表現する時、
こんな面白い行がある。
「もし日本じたいの「近代」の要素(または風土)の上に欧米の近代を接木を
したれば、ずいぶんおもしろいことになったはずである。」

風土が異なるのに、欧米のそれ(近代)をそのままこの地で活用することは、
実に無理が生じる。思想然り、食物然り…
日本で、汗をかいた赤ワイン=(赤ワインを冷やして飲む!?!?) のボトルを見た時、
ワインの流儀には反するが、日本的飲み方の解釈に微笑ましい感情を覚えた。
そして諧謔的(開発当人は本気そのものだろうが)ワインは「赤玉ポートワイン」!
という姿に変え、見事に接木に成功している!

ひとつの例に、GEから輸入され「そのまま」使用した原子力発電の機械の
その後の姿はどうだろう。

「生」の淵源に真っ向から立ち返るべく危機感を抱いている、
「生」という生物的湿度をもったアジアにおいて、乾燥した土地からの思想的または
経済的云々を鵜呑みにし、国の在り方に取り入れても、いずれにせよ立ち位置が
異なるのだから、相容れない。

一部が求めるリーダシップという名の魔法使い。
成熟した魔法使いを求めるのか、求める側が成熟した魔法使いに育てるのか。
ここでいう「成熟」とは、中井久夫の言葉を借りれば
「退行の泉に湯浴みして、もとのところに帰ってこられるもの」

もう一度「ゲド戦記」からの抜粋を。
「魔法というのは、その土地土地と密接にかかわりあっているという意味なんだ」

大暑の地智行を誉れ生き抜いて [麻紀]

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実っております、佐渡の棚田

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タジギスタンから、こんにちは その2

ひとつに、演奏旅行とは、この土地の人々のありのままの姿に出会う機会であると、
常々思っております。
リハ、演奏、サウンドチェックが終われば、市場に出向き、
彼らが何を食べ、女たちとのやり取りを眺め、一杯のお茶の値段を知り、
道端で物乞いをする人々の様子を見る事で、その国の姿がみえてくるものだ。

大広場の迎賓館や、外務省、指導者の彫像に見られる国の姿よりも、
市民の姿を見る事に、魅かれる。
そして、国の借款を、公園でたわむれる市井の市民は、知る由もないだろう。

タジギスタンを代表するパミール山。
に向かって田舎道を車で移動中のこと、明らかに異様な建設中建物が、みえる。

「あれは何ですか?」
「ああ、あれは部屋を暖めるためのものです。」

おそらく建設中の原子力発電所ではなかろうか。
これは確率の高い、憶測です。
しかし、もしそうならば、
やはりこうして国民の意識はプロパガンダされるのですね。

…..「部屋を暖めるもの」…..

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町の市場には、地産のものが溢れる。

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町の中心地はただいま建設バブル。背景に注目…ここは広島!?

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記念式典の予行練習のために集まった何万人というタジギスタン軍、警察

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タジギスタンから、こんにちは その1

「では水は誰が創ったのですか?」

ひとつの文化の底辺に、深く重く、そして存在の根源として在る宗教の力を、
ここタジギスタンで、思い知らされたわけです。
様々な国で演奏していると、西洋中東どこ問わず、
常に挨拶のあとの会話ででてくる宗教の話は、往々に私の仏教的思考を
否応でもリフレクションさせてくれるわけで。
しかしこの問題に縛られていてはせっかくの演奏旅行の大半が、
少しネガティフなものになってしまうので、土地のおいしいものを多いに食べ、
土地のミュージシャンと多いに語り、ここは1990年にソビエトから主権宣言した
タジギスタン、イスラムの風習は多いにあるけれど、
今日も多いにウォッカで乾杯しましょう。

アネットがたくさん入ったサラダは、アロングと相性よく、
スープもソビエト下の名残か、ボルシチが多く、
しかしスープは透明、ベトナムのPhoを彷彿させる。
肝や羊のブロシェットはトルコのそれ、違いがあるとすれば、
イスラム圏の串焼き屋さんでお酒が飲める機会は稀、
しかしここはお昼から淑女でもビールを片手に、ほくほく頬張るものだ。

ちゃんと仕事もせねば。
国立タジギスタン音楽院でのマスタークラスは、「ジャズとは何か」
をお題にした会議、
そしてタジギスタンの生徒とのディスカッション
「エスノジャズ(民族的ジャズ)とは」。
タジギスタンの伝統曲をアレンジし、生徒共に演奏。
ちょっとイタズラっぽくライヒ風のイントロデゥクションを提案。
ピアノ、ウード、クラリネットのミニマルな構成に続いてドタールのソロ、
テーマ、という流れ、どうだろう。

それにしても、ウズベキスタンの若手ジャズマンの力量、そして
キリギスタン、タジキスタンのジャズに対する興味の深さ、
これから楽しみな世界に出会った。
さて、実は今日がエスノジャズフェスティバル最終日、
我らの本番です。フランス代表としてがんばらねばね。

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15日に開会したEthno Jazz Festival。
司会はロシアのジャズ批評家Mr.Gregory Durnova

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国立音楽院でのマスタークラスを終え、演奏準備。

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タジギスタンのパーカッション、想像を越える…音の連なりです。

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タジギスタン風ボルシチ。

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立夏に鯉のぼり

いよいよ五月に入り、明日から暦では、夏。
穀雨は大地に恵みを、生きとし生きるものみな春暁から目覚め、
いよいよ力みなぎる時期に、入るのかな。
仲間がいなく、ひとりぽっちでかわいそうだけれど、
今が出番、わたしのミニ鯉のぼり、がんばって泳いでね。

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鯉のぼりひとり異国を泳ぎをり

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フランスのマテ貝は小ぶり、生もいいけれど、マリニエールも捨て難いのだ。

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今からが旬、バジルにミント、すくすく育ちます。

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この時期、どのビストロも競って白アスパラガス!

 

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花冷え=En avril, ne te découvre pas d’un fil

ステファン・ツァピス(piano)とのツアー出発間近にて、
リハーサルの日々が続くわけですが、
気分の高揚はパリの花冷えと比例して、
麗らかだったり、春雨だったり…
現実めいた失望と、希望ある幻想は
暑かったり、寒かったり、と決して安定せず。

ところで「花冷え」をフランス語で言えば
「 En avril, ne te découvre pas d’un fil 」
「四月は一枚も脱がぬ様に(直訳だと=糸さえも脱がぬ様に」
そして、五月になると、この諺はこう帰結します。
「 En mai, fais ce qu’il te plaît」
「五月は、あなたのお好きな様に」

この諺の内容は、季語でいう「花冷え」と同じで、
花(俳句で花=桜)盛る頃気分は高揚、
しかし一時的な冷え込む時期であるからして、
気をつけましょう、またはその現象を感慨として表現している。

一方で季節に咲く花を中心におく生命の行方、
一方で糸はあくまでの人間が紡いだ、人間の着るもの、
この二つの言葉、あるいは諺は、限りなく同義なのに、主人公は、違うのですね。

花冷えの午後人肌を探しをり

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ステファンのスタジオにて、アルメニアの曲の練習中。

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ミュージシャンにちゃんとご飯を食べさせるのも、わたしの一つの仕事。
ひよこ豆のスープは滋養に、チャワマの中身は野菜がたくさん。

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今日も飛行機雲

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なすはあまり栄養がないけれど、Tahinaゴマソースとフロマージュブロンで、味わい深く。

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UK~ナイジェリア-ibibio sound machine-

1979年から続くブルターニュ最大のフェスRencontres Trans Musicalesでの
仕事を一旦休止し、ロンドンへと渡ったベース奏者Kevinは、
ひとつにミュージシャンの顔と、
ひとつにオーガナイザーとしての一面をバランスよく活躍している。
彼とは2013年にKy+でロンドン録音、ただ今ミキシングの最中。
そして彼が目下サポートするibibio sound machineは、
ロンドン生まれのナイジェリア人女性歌手Eno Williamsがフロントに立つ。
コンゴ(旧ザイール)は70年代のABETI MASIKINIを彷彿させる彼女。
RadioNova好み、のサウンド、よってこの日Bataclanでのソワレも
Les Nuits Zébrées de Radio Novaでのイベント。
因にibibio=イビビオ語=ナイジェリア南部で使われる言語。

それにしても、ロンドンからパリまでメンバー8人を乗せてマイクロバスを運転し、
そのまま南仏のフェスへと運転+マネージメントするKevinの姿は、
現代を生きる、音楽に関わる者の姿として映る。
英語圏のミュージシャンのサウンドチェックをPAにフランス語で指示し、
どの国でも、持っているノウハウと経験を武器に、たくましく渡り歩く。
楽器の運搬だってへっちゃらだ。
ホテル、もしくは知り合い宅での孤独な寝泊まりだって、
翌日のステージのためならえんやこら。

ステージという表舞台を支える同志、深く尊敬する。

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