Archive pour 時勢 circonstance

広場 – Arvo Pärt- 催涙ガス

広場の提議とは。
ローラースケート、杖をつく人々の手の温度、
ベンチの読書、恋人たちの口づけ…

スターリングラード駅北側は100年前はパリではなかった。
だから、運河の境目として、18世紀に建てられた
入市税の関所その名をLa Rotonde(円形車庫)という。
20世紀後半、フランス植民地国が次々と独立をはたすころから、
人々は、この地をパリのゴミ箱と呼んだ。
わたしはこのゴミ箱に住んでいる。
だから、19区の市民は、ここで生きています。
こどもたちがボールを蹴り、マグレブのおじさんたちが煙草をふかし、
おかあさんたちが井戸端会議。
そこに生きる世界がある。
そして、つい最近までは広場の意義が反映されたこの場所で、
若者は地べたに座り、政治を語り、ビール片手に芸術を語り…
その横でムスリムの家族はピクニックをする姿。
今日、行政はそのどれもを商品にしてしまった。
レパビュリック広場、ナシオン広場で立ち上がるNuit Debutの影響下、
広場という広場は、人が集う場という機能を奪われ、警察は催涙ガスぶちまく。
スポーツは入場制限がある範囲での »行為 »、商品となった音楽をガンガン鳴らす。
樹々の傍らで鳴く鳥の存在には目も向けない。

ペレストロイアカ前、エストニアでArvo Pärt アルヴォ・ペルトの世界は、
ある制限の中静謐な世界を脈々と紡いでいた。
そして、今日彼の音は、「音は消えても音楽はのこる」というほどの、
具現性を超える想像の中で、広場に鳴り響くのだろうか。

すべてを商品にしてしまう社会のしたたかさは、
小咄にするしか、ない。

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ECMのアルヴォ・ペルト
加藤訓子さんによる編曲版Spiegel im Spigelの世界は息をのむ。

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男の子が自転車を走らせ街を行く。
こんな景はもうみられなくなってしまった広場。

囀の向こうの空に下弦かな

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ひとつの中の多様性

「人間は共存するが、一体にはならない」
といったのは生物学者のHenri Laborit。
彼のエッセイが元になった映画「アメリカの叔父さん」での一節。
ワエルのスタジオにもこの本「éloge de la fuite」があったのだから面白い。

ムスリムの人々は金曜に、クリスチャンの人々は日曜に、
それぞれ家族が集まり、食事を囲む。
皿は重なり野菜は生で。
この地に住む人々それぞれの母さんが作るフムス
(ひよこ豆とゴマソースのペースト)
はアレッポ風だったり、アルメニア風は多様の中に、でも家のが一番!
4時50分最初のアザーン。だれが聴いているだろうか静寂の日曜日。

フェイルーズでもウム・カルスームでもなく、鳴る音はSweelinck。
バッハ前のコントラプンクトやポリフォニーの姿が、
このベイルートという街に鳴る。
名字だけで宗教や宗派がわかってしまう人々が住む街で、共存する彼らの姿。
音の世界も食の世界も包容する昔から変わらぬ平衡。

Henri Laboritが行なうねずみに喩えた実験に、
人間の行動comportementの根源がみられる。
それは大きなせかいで起こっていることが
このねずみたちのそれに見いだせるのだ。
もちろん、古代の人々はこんな実験をせずして摂理を持っていたことは、
いうまでもない。

多様性を豪語するならば、わたしたち個が多様になる可能性を見いだし、
一体となるのではなく、共存することの実践にむかう時期であることは明白。

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Éloge de la fuite
あまり文学的ではないかもしれないが、誰か翻訳してくれないかな。

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今回の宿舎は旧アルメニア大学の前となる。

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レバノン一旨いレストランのフムスはちょっと上品すぎかな。

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ローマ遺跡がいたるところに。
古人は地中海を眺めながらさぞ大浴場でくつろいだことだろう。

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だれがレバノン南部で演奏するというのだ?

ヒズボラの拠点、南部に入るやいなや連なる旗、Allāhに身を捧げた者たちの写真。
ついで道を間違えれば目の前は、おっとイスラエル2km際…
UNのトラック、立ち入り禁止。
Uターンして山を超え、小さい村々を越え、
人が住むでもない豪奢な別荘はヒズボラの潤沢な資金のあらわれ。
羊の群、レモン畑、ベイルートから3時間ナバティーエに着く。

この街でだれが演奏をするというのだ?

「ナバティーエで演奏?ヒズボラに会いに行くの?」
とベイルートっ子に言われた。
ここで音楽を奏でた者はわたしたちで2人目だそうだ。
原理主義に近い彼らの組織である街に、音楽と名のつくものはなにもない。
日本人でこの地に来たのは、足立正夫氏、NGOぐらいだろうか…。
アンスティチュット・フランコ/ナバティーエの庭には街の人々。
鳥のささやきの中で音楽が鳴り始める。
なんというタイミングだろう、夜を告げる今日5度目のアザーンが、
演奏後に響き渡る。
楽器を片付ける奏者の回りには人集り。
みな、歌に、ウードの音に飢えていたのだと実感。

60年代~詩人や芸術家たちが夜な夜な集まり朗読会や討論をしたという、
街を見下ろすカフェレストランには、今は一滴のアルコールも詩もなく、
ただただテレビからニュースが流れ、男たちが吸うナギレの煙がたゆたう。

八朔の木陰に音は揺蕩ふて

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どんな大使や首相に聴いてもらうより、
子等に聴いてもらうほうがどれだけうれしいことか。

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アマル(シーア派)の旗で南部は埋め尽くされる。
welcome to Ḥizb Allāh、というわけだ。

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サイダの街。
第一次大戦前のオスマン帝国時代の名残で
このカフェは映画を当時上映していたそうな…

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今日もだから楽器を担いで演奏行脚だね。

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ウードを愛するすべての人へ

進歩と変容。
ウードという楽器を語る時、この楽器が生まれてこのかた何百年、何千年、
”進歩”しない潔さと、しかし演奏者と製造者の好奇心によるわずかな変容は、
例えば棹の長さが古典楽器として60cmのところ
現在57cmにとどまるこの3cmの中にある。

みんなの大好きなムスタファは元気です!
でも、今や彼はエジプトには帰れません。
アラブの春がもたらしたものとは….
彼は故郷に足を踏み入れた瞬間確実に逮捕されます。
すでに10代、そして20代、ウマル・ハイヤームを詠唱する彼の存在は、
政教分離なき国のそれにとっては疎まれ、が故にレバノンに移住した彼。
いつも皮肉を込めて、笑いながらいうフレーズ。
「僕はドバイの演奏には呼んでもらえないんだ。」

アラブの春、タハリール広場で皆を鼓舞した歌声は、
それはそれは想像を絶するあの声なのです。命がけ。
あの日銃弾は彼の腕をかすり、命は救われたけれど、故郷を失った…、この覚悟。
愛さずにはいられないこのウード奏者が、盲目ゆえ待ち合わせも容易ではないのに
わざわざ連れてきてくれた所は、楽器奏者と楽器製造者が相愛する場所、
ウード工房。
この関係こそが信頼の原点であり、
”進歩”ではなく、より深い音楽のための、逢瀬。
Habibi、抱擁はもちろん、頭にキスを、演奏する手にキスを。
それはレスペクトの証。
今日も、ああでもないこうでもない、と楽器の調整、改善、に勤しむのでした。

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1年にウードひとつしかつくれない工房。
そのクオリティーを聞きつけ、今やアメリカ人たちが買いにくるそうな…

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楽器の調整中に、アルベールがおもむろに唱いだした50年代の歌に、
音を添えるムスタファ。

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福島以来だね、ムスタファ。
彼のガールフレンドは踊り子さん! 次回は一緒に踊りたいな。

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ベイルートで日本料理講座と相なりて

畜生め、戦渦上空を通過して、のうのうとレバノン到着か。
機内の地図にシリアの街の名前は、もうない。
シリアという国はやがてトルコという国になるのだろう。
第一民の国家はもう、存在しない。
国は企業だ。L’état est une société…

しかしこの地に着いたからには、今日集まった10人のレバノンの女性と、
明日の食卓にならぶおかずを作ろうではないか。
異文化交流なんて名称は一蹴、一期一会をモットーに。
きんぴら、鯖の味噌煮、しゃぶしゃぶ、みたらし団子。
この地に大豆の文化がないことは承知の上で使う、
これらのおかずに必要な醤油、の使用はやがてその輸出入の促進になるのだろうか…

生きれば生きるほど、原罪の確信的意識を芽生えさせられる。
そう、好奇心の果てにあるものさえも。
今一度、土地に生きることの原点に立ち返りたい。

朝東風にアザーンと鐘の重なりて

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みんなで作ると楽しいね。

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3キロ先に広がる地中海、そこに眠る人々とは…

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ワエルもヤンもそれぞれの想いの中歩く。

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夜中2時、若者は闘ってるぜ!

今宵演奏の帰り、われら同志ミュージシャンが気温9度の中、
体をはって演奏しているレピュブリック広場へ。
「緊急事態」「労働法典改正」反対の盛り上がりは、
「生きる」命におよぶ危機感と比例する。
ここパリはモロッコ・マラケッシュのフナ広場と化す勢い。
広場の中心で演奏しているのは凄腕のミュージシャンたち。
音によるトランスの境地に街や人を巻き込み、そう、若者は立ち上がっている!

毎度のこと、ツアーに出る前は録音…
吹き込みの切羽詰まった依頼。
万年時差ボケゆえ徹夜は苦にはならぬも、一人の作業。
この状況を支えてくれる夜鳴き鶯の囀、そろそろ聴こえてくる頃かな。

明日も、明後日も、若者は広場に集まるだろう。
フランスの、シリアの、エジプトの、
(↑彼はエジプト政府に徹底的にマークされている)
意思を行動に移す、彼らの姿だ。

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身を守りつつ、しかしこの熱気!

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テントで寝起きする者。労働法などの説明も受けられる。

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手がかじかみながらサックスを吹く

寄り集ふうねり続きて夜半の春

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卵のように軽やかに

菜種梅雨、明けてものみな笑顔の今日。
復活祭とは個人的には無関係ですが、この地に住む多くの人の
影響を友人間で楽しむことに。
チョコレートでできた卵の中には、何が入っているかな。

サティが晩年生きたアルクイユ市でのレジデンス開始となり、
今回はイタリア人歌手とフリージャズ集団
Anti Rubber brain factoryでの演奏。

« Rubber brain factory ゴム製の脳みそを製造 »し続けているのは、
□□主義の呪縛下にいるのはだれなのでしょう。
そろそろランボーのごとく現実の舟からの旅立つ時が迫っていることに
気づく頃では。
しかしその果てやはり文明という港しか
わたしたちには残されていないのでしょうか…
するとサティのように、なーんにもない軽さのような
境地に行くつくのかもしれませんね。
サティの言葉はいつでも頭にポっと浮かび上がる。
スマートフォンの中ではなく、言葉が空気感の中でわたしたちと
一緒に生きている様です。

経験は麻痺のひとつの形である。(E.Satie:秋山邦晴 訳)

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サン・シュルピュス教会横にあるランボーの詩は街の壁に

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甘い卵をあなたに贈りましょう

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フランソワのユーフォニウムの解体現場

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un rêve

パリ19区。
スターリングラード駅の高架下には数えきれない程の人々が寝起きしている。
雨をしのぎ、寒さを皆々と分かち、もうすぐ春、という今日。
朝9時に警察が我が家の目の前の大通りを塞いだ。
叫ぶ者、シミだらけのマットレスを無惨に一掃する者、
カフェの主人、パン屋の旦那、通りに住む住人が、
この理不尽な今日の出来事に対し道に立つ警察に掛け合う姿。
カラシニコフを持つ仁王立ちの列。
女は泣き伏し、男は絶望を隠さない。
メトロ2番線は閉鎖。
すべてを追い出し柵が囲われ、高架下は立ち入り禁止場所となった。
家を出る度に見ていた彼らの日常は、もうない。
この目の前の出来事に、だれがカメラを向けられようか。

ミントの葉やコリアンダーはこの駅前で彼らが売っているものが
一番新鮮で一番安い。
炊き出しをもらった後の安堵の表情。
娼婦たちの姿。
2016年、こうした風景は、大きな世界の象徴であるパリの移民街で共生する、
わたしたちの日常。

彼らは、今日どこで夢をさまようのだろうか。
せめて温かい場所であると、願う。

春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲の空(藤原定家)

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彼らの姿は、もうない。

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萬古 ばんこ Banko

東海地区の土は、その昔何万年を経て粘土質を有し、
今に焼きものを支えている。
常滑、瀬戸、信楽(滋賀だけれど地の流れとして)…。
そこに、おそらくあまりメジャーではないけれど、
ひっそりと歴史を刻む焼き物、それが萬古焼。
父にいわせると、子供時代四日市の街には、
煉瓦でできた四角い工房の煙突が立ち並んでいたそうだ。
戦中生まれというからには、戦後の風景は現在へと変容したのだろう。
この萬古焼のデザインアーカイブを目的にできたのが、
BANKO archive design museum

陶芸家である内田鋼一さんの私設美術館となる。
これがすごい。
おそらく世界でもっとも小さな美術館。
思想がある。
小さな世界から、大きな世界を俯瞰できる、美術館。
設立にあたり刊行された図録を見ていると、
「この人高校の同級生だ。」と父がいう。
小さな美術館の窓口となるHPや紙媒体のイラストを描いた、大橋歩さんだ。
土地に生きる、生きたひとが、支えている。

春霞萬古の里に煙見ぬ

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工房があった界隈には神社が。
土の神さん、焼き物に携わった人々、みな一様に楠木が覆う神社にいる。

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板子一枚下は地獄 新年祈りのかたち

虚無に満ちあふれるこの時勢。
何望むでもなく、しかしこの村の人々は、ただただ五穀豊穣を、
あるいは土地柄海上安全を祈りとし、
年の始め1月2日に海の神さんへ三番叟を捧げる。
何年も何百年も受け継がれし人形の、お面が入った重箱の中身を、
それを抱える爺さんに尋ねれば、
「知らぬほうがいいものよ」
とけたけた笑いながらの返答。

今日喰うものがあり、海穏やかな、しかしそれ以外に何もない、
豊かな生きる営みが、伊勢志摩は安乗という漁村にある。 

初舞や凪の応じて三番叟

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いざ海へ

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祝詞、玉串奉奠と続き

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父尉の舞

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鼓に笛の音も、空に舞ふ

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ムッシューサティ、いよいよ立候補でしょうか

時勢ざわざわする中、13日の地方選挙の直前、
エリック・サティを街で度々見かけました。
SFIOから第三インターナショナルを経由し、
いよいよムッシューも立ち上がったのか!?!?
生誕・没後関係なくムッシューサティの精神はこの世に漂い続けてもらいたいです。
それは、安易な自由ではない表現を知るということ。

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11区の区役所前には候補者のポスターの反対側にて

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アルクイユ市は諸手を挙げて駅前にて

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寄稿したユリイカ1月臨時増刊号は今日パリに到着
冊子詳細は→http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791702992

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アポリネール / ヤナーチェク Apollinaire/Janáček

アポリネールの生涯を描いたドキュメンタリー映画の音楽を制作中。
音楽となるべく音の粒は今パリで舞いはじめている。
監督からの依頼はヤナーチェクにインスパイアされた音を、
Ky à la Janáček Kyヤナーチェク風といったところか。

ノートルダム寺院にもエッフェル塔にも、人はまばら、のパリで、
アポリネールの「見る詩」を街の壁に貼る、といった撮影の試み。
それは彼の作品思念に呼応するため。
ヤナーチェクの作品で圧倒的に魅力を覚えるのは
「草かげの小径にて-言葉なく-Sur un sentier broussailleux-Sans paroles-」
二人とも、第一次大戦を生きた人間で、
一人は戦後、一人は大戦の終焉と同時に亡くなる。

時勢の影響を常にうけながら、それでも人々は音楽を愛でていたと思う。
もしかしたらそれはある希望であり、ある治癒なのかもしれない。

彼ら同様第一次大戦を生き、その後レベティコの女王として生涯歌いきった
ローザ・エスケナージからの言葉を。

Je dois mon corps à la terre noire,
mon âme au messager des morts,
et à mon amour je dois ma vie présente.
- Róza Eskenázy (1890-1980)

黒き地に躰をあずけ伝へしは我が魂を死者に送りぬ
(訳:仲野麻紀)

———————————————-

冬の雨音は言葉に寄り添ひて

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サイクス・ピコ協定による国境 食べる生きる

そして、それでも日常生活は、続くのですね。
様々な戦渦で生きる人々は、毎日毎日唸る空爆のもとで、
女はじゃがいもや小麦粉を求め、子等は道に落ちているモノで遊び、
そして…男は…。
このような想像はどこからくるのでしょう。
四の五の言わず私たちは、今日も「食べる」ことによって生きている、
他者も同様に日常の延長として「生きている」
という事実からです。

犠牲者への悼みとは別の次元で、わたしたちに残され、課せられたことがある。
それは、考えるということ。
サイクス・ピコ協定から派生し今に至るそれを、考えることを、
日常にしたい。

招かれし神帰月人は逝く
神帰月(かみかえりづき)は11月の意味、冬の季語。

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一番のメトロ乗換駅であるシャトレ。そう、土曜日の夜に人はもう外出しない。

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しかしながら唯一残された日常として、音楽をします。
しかしここはもう公共の場ではなく、 »自己判断 »に委ねられた場所での録音。

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レバノンへ、さようなら

なぜ「グッドバイ・シュレンドルフ」=グッドバイなのですか?
計3回の講演後の質疑応答の中で、もっとも素朴な質問が印象に残る。

「なぜなら、シュレンドルフがベイルートで撮影していた間は、
内戦が停戦になっていたのです。
撮影クルーが街から去ってしまった同時に戦争は再開されました
=よって、この作品のタイトルは、 »さらば、シュレンドルフ »なのです。」

これが今回の公演での大きなメッセージだったとは…
山形国際ドキュメンタリー映画祭公演後の反応。
それは映画をつくる側からの多くの意見を得る事により、
なぜワエルがシュレンドルフのこの映画を使い、
過去に吹き込まれカセットテープと合わせて作品をつくったのか、
改めて理解できた次第。

國學院大学での講演の報告書にはこうあります。

「撮影の数百メートル先では本当の戦闘が行われている最中の撮影で、
当地のレバノン人が見れば映像の虚構が皮肉としか見えないとのことです。」

しかし、これこそがシュレンドルフ監督の、
各々の生きる役割を社会に反映させる方法なのです。

そう、映画のタイトルである「偽造者」とは

・映画の中の主人公 (ベイルートを取材するジャーナリスト)
・虚構の映画(しかし撮影場所はリアル)を創る映画監督
・当事者ではない、わたしたち

今宵一夜がベイルートになる空間へ、ようこそ!

10月13日(火)19:30 open 20:00 start
SuperDeluxe 東京都港区西麻布3丁目1-25
前売り3000円 当日3500円 (学生1000円)

1部:Good Bye schlondorff
2部:Ky [キィ]
なんと、20~30年代のアラブ音楽音源でワエルによるDJ!

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講演の様子

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山形国際ドキュメンタリー映画祭開演前のチェック。
開場は地べたに座る若者多々、満員御礼感謝。

難民を乗せる船間の天高し

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われら逆行族

えっ?
ハイレゾ音源配信、App Storeで買うのが今や常識でしょう!?

わしら逆行しております。
わしらはレバノンでカセットテープを作りました。
その中身はデジタルとアコースティックで織り成す音楽です。
80年代のベイルートの爆撃音、家で怯える人々の、声。
Kinectによる音が重なり、ウードが鳴く。

明日、ワエルはこのカセットを持って、レバノンを発ちます。

あっ、そういえばソニーはカセット簡易再生機の生産を昨年中止したような…?
ものは大事に使いましょうね。

あっ、限定100本です。

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チョムスキー×ヴェルチェク 西洋のテロリズム      On Western Terrorism

ある時サハラ以南の地で、植民地時代をその地で生きた人と話をしていた時、
「日本は西洋=(白)だ」、という彼の認識のもとで話が進んだ。

日本はアジアだという認識は、当の本人が意識するところであろうか。
ならば私たちは例えばどれだけ大戦前の日本のしてきたアジアでの行為を、
インドネシアのことを、ベトナムの歴史を、真の中国での市民の声を…
アジアという範囲に耳を傾けているだろうか?
同じ国の内にある声さえも届かないこの小さな地において。

日本国内の植民地化と世界の地で起こっていることを
チョムスキーのこの言葉で考えてみよう。
「賛美されている経済成長というものが、
少数のエリート集団による自然資源の強奪によって成し遂げられているという事実」

まるでどちらかの家のサロンで話しをするチョムスキーとヴェルチェクの、
温和な時間。経験を消化した言葉たち。
数多ある専門的な言葉でまくしたてた識者のそれとは一線を画し、
抗う術としての会話、がこの本の中で展開されている。

結論をいおう、
「彼らと私たち」という立場を貫くが如く、
日本は世界の三極構造のひとつにこれからも居続けたいのか、それとも
「彼らは私たち」という立場の在り方に、希望を求めるのか。

ジョージ・オーウェルの言葉である「un-people・非人間」に
なるのか、ならないのか。
という選択だ。

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訳者は本橋哲也氏 邦題は
「チョムスキーが語る、戦争のからくり-ヒロシマからドローン兵器の時代まで-」
平凡社

夏の星背中湿らす深き夜

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今日は三日月、ラマダン終了 L’Aïd el-Fit عيد الفطر

自分自身が断食月をやっているわけではないけれど、
世界中の敬虔なイスラム教徒と共に私たちはこの地球にいるわけで、
彼らの時間の流れに、想いにちょっと触れてみたい。

隣の食品店はいつも西アフリカのおばちゃん、おじさんで溢れている。
働く人々はどこの国の人々だろうか?インド人の様な…
数週間前、この店でオクラを買った時に渡されたのが、断食月中のカレンダー。
日の出と日の入りと一日のお祈りの時間が記されている。
今年はフランス全土も猛暑にて、夕方頃には旦那衆が、
スターリングラードの運河片陰に集まり、ポツリぽつりと仲間と話をしている。
女たちは日が暮れてからいただく食事に精がでる。
だから、断食月中でも、食料品店はいつも賑やかだ。
ちなみにここで売られているオクラの原産国は、ホンジュラス!
長旅ご苦労様!

新月から三日目、今宵はみなさん家族と共に、
よきイド・アル=フィトルとなります様に。

人生の欠片を共に夏の月

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ポンピドゥーセンターではレバノン出身のパレスチナ人アーティスト
Mona Hatoumの個展

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Waiting is Forbidden !!!!!

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イスラム暦は今年1436年

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音を見立てる

Drome地方にある「禅の庭」での演奏会は、遠くは京都から庭師が、
そして、我らふらんす吟行俳句会とパリ短歌会の同志の参加で、
Erik Borjaさんの庭は賑やかに。
そして、南仏の庭の大地と空に、音は広がったのでした。
耳に聴こえてくる音は、それこそ聴く人の内的見立てによって、
なに様にも成れる様です。
だから、この庭で演奏するということは、演奏家の鳴らす音が、
あるいは奏者個人の奏でる音という我を
どこかにやってしまうことができる、
例えば原罪を和らげてくれる様なことかも知れないですね。
そして、それは音の先に宇宙がある、という希望かもしれません。

禅庭や見えきしかたち風薫る   佳
鳴きやんでまた鳴く七日蝉時雨  麻紀
鍵穴の奥の十字架暑気払ひ    崇
せせらぎのさやかにひびく禅の庭 なをみ
もろこしの花連山の影を背に   克洋 

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睡蓮の池のまわりにただよう音

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イゼール河を清水の護りとして鳥居の立つ横に、各々に庭を演奏した奏者が集合

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枯山水から下る階段庭園には、Ky

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父上はアルジェリア人のフルート奏者アミナと。鳥のような彼女の音のささやき

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演奏後は、Erikさんのドメインclairmontsのシャルドネの白で。お疲れ様!
http://www.cavedesclairmonts.com/

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サンドニ門〜シャペル大通り 娼婦の館に住む

昔一番の繁華街として、観劇後の老舗ブラッセリーFLOや、劇場の名残。
今は西にクルド人街、東にインド人街。
駅には中国人女性が、時に女同士で腕を組んで、
あるいは1mごとに立ち並ぶ、娼婦たち、の街サンドニ門。
門の南にはかつての最盛サンドニ通りに今も、
ポツリぽつりと女が立っている。
繊維問屋の多いこの界隈には、荷物を待つインドの人々の姿。
その姿を撮ろうとしたところ、突如女二人が私の前に立ちはだかり…
「カメラをよこしな!何撮っているのよ、画像を消しなさい!!」
と、私がうっかりして向けたレンズの先に彼女達は、立っていたのだ。
幸いにして彼女たちの姿はカメラには映っていなく、一件落着したものの、
彼女たちは自分たちの置かれた立場を私に云々お説教。
女同士の立ち話、となった。

パリに住み始めてかれこれ10年を越えた今、振り返ると10回以上引っ越した
私の住居には、彼女達の姿が往々に在った。
18区の駅には、演奏を終えて帰路に着く夜中、彼女たちは無料のエイズ検査車に
列をなし、11区のベルビル界隈では同じ建物に早朝戻って来る彼女たちの姿。
お客を街でとり、客はいつも彼女の5m後ろでアパートの階段を昇る姿。
時にヒモらしき男の姿とすれ違う。
そして今、モンマルトルとウルク運河の間に位置する現住居である大通りに面した
建物の壁には、番地の存在より大事な、昔灯燭がその存在の証明となる、
灯す台が建物に付いており、また隣の建物は娼婦の館特有の飾り看板が
彫られている。建物を入り牢屋のような金属の扉の向こうには、
今ではパリ市によって保存義務になっているロココ調の階段が出迎えてくれる。
(といってもそれは見かけだけで、昇る部分はなんとも貧そなつくり)。
家の中は小さくも、扉が隣り合わせ、向かい合わせになることはなく、玄関の壁には
全面鏡。
大家さんいわく、この建物は19世紀末からあるそうだ。
となると、床はやや歪んでいる….。
この界隈が決して高級住宅地とはほど遠い下町であるから、
メゾン・クローズとは呼べぬが、役割は、同じであった。

女と街の関係、娼婦なしに、人類の歴史を語ることは、できない。

客待ちて何を想おふ梅雨の月

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バタイユ作・マダム・エドワルダの舞台になったサン・ドニ門

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パリにはすべての通りに名前がついている

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問題となった荷車を押すおじさんの後ろ姿。この後怒られるのだが…

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どの部屋も五角形のつくり

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ジャパトラと着物でsax

ジャパトラとは、二十五絃箏とお囃子、墨絵に語りというフォーマットで
民話、神話、日本の昔話を繰り広げるパフォーマンス集団
Japan traditional Arts Academyの略。
http://tomoyanakai.com/jtaa/
パリ、マドリード、バルセロナ、ローマと演奏を行なった彼らの姿に拍手。
それは、移動も然ることながら、奏者にとっては運命共同体である楽器の移動
その回数に、毎回の不安と苛立ちを見せず舞台に挑む姿。
各国の言葉で挨拶をし、会場の人々と談話する姿。
中国の筆、とフランス語に訳される墨絵の何たるかを、
参加者と行なう実技で体得する姿。
「異文化交流の〜」という言い古されたそれに一蹴りするに至る。
なぜなら、この場合、交流ではなく、両者真剣勝負だから。
急遽saxでの参加にあたり、事前の一人リハで譜面を頭に叩き込むも無念。
Gongにパーカッション、サックスにクラリネットを二つの手で操るも、
なぜに足を使えぬものかと歯を噛む思い。
しかし始めて着物をきて演奏する醍醐味を、味わった次第。

それにしても、女の演奏者はなんとも衣装に気をつかうことか。
サックスが華となり主役であるからには、ああ、私は黒子(黒衣)になりたい。

汗みどろ楽屋に着物脱ぎ滑す

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ジャパトラ番外編 Ky+中井智弥

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パリ日本文化会館の墨絵講座にて

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袖を連ねて着物女

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