Archive pour 時勢 circonstance

un rêve

パリ19区。
スターリングラード駅の高架下には数えきれない程の人々が寝起きしている。
雨をしのぎ、寒さを皆々と分かち、もうすぐ春、という今日。
朝9時に警察が我が家の目の前の大通りを塞いだ。
叫ぶ者、シミだらけのマットレスを無惨に一掃する者、
カフェの主人、パン屋の旦那、通りに住む住人が、
この理不尽な今日の出来事に対し道に立つ警察に掛け合う姿。
カラシニコフを持つ仁王立ちの列。
女は泣き伏し、男は絶望を隠さない。
メトロ2番線は閉鎖。
すべてを追い出し柵が囲われ、高架下は立ち入り禁止場所となった。
家を出る度に見ていた彼らの日常は、もうない。
この目の前の出来事に、だれがカメラを向けられようか。

ミントの葉やコリアンダーはこの駅前で彼らが売っているものが
一番新鮮で一番安い。
炊き出しをもらった後の安堵の表情。
娼婦たちの姿。
2016年、こうした風景は、大きな世界の象徴であるパリの移民街で共生する、
わたしたちの日常。

彼らは、今日どこで夢をさまようのだろうか。
せめて温かい場所であると、願う。

春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲の空(藤原定家)

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彼らの姿は、もうない。

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萬古 ばんこ Banko

東海地区の土は、その昔何万年を経て粘土質を有し、
今に焼きものを支えている。
常滑、瀬戸、信楽(滋賀だけれど地の流れとして)…。
そこに、おそらくあまりメジャーではないけれど、
ひっそりと歴史を刻む焼き物、それが萬古焼。
父にいわせると、子供時代四日市の街には、
煉瓦でできた四角い工房の煙突が立ち並んでいたそうだ。
戦中生まれというからには、戦後の風景は現在へと変容したのだろう。
この萬古焼のデザインアーカイブを目的にできたのが、
BANKO archive design museum

陶芸家である内田鋼一さんの私設美術館となる。
これがすごい。
おそらく世界でもっとも小さな美術館。
思想がある。
小さな世界から、大きな世界を俯瞰できる、美術館。
設立にあたり刊行された図録を見ていると、
「この人高校の同級生だ。」と父がいう。
小さな美術館の窓口となるHPや紙媒体のイラストを描いた、大橋歩さんだ。
土地に生きる、生きたひとが、支えている。

春霞萬古の里に煙見ぬ

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工房があった界隈には神社が。
土の神さん、焼き物に携わった人々、みな一様に楠木が覆う神社にいる。

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板子一枚下は地獄 新年祈りのかたち

虚無に満ちあふれるこの時勢。
何望むでもなく、しかしこの村の人々は、ただただ五穀豊穣を、
あるいは土地柄海上安全を祈りとし、
年の始め1月2日に海の神さんへ三番叟を捧げる。
何年も何百年も受け継がれし人形の、お面が入った重箱の中身を、
それを抱える爺さんに尋ねれば、
「知らぬほうがいいものよ」
とけたけた笑いながらの返答。

今日喰うものがあり、海穏やかな、しかしそれ以外に何もない、
豊かな生きる営みが、伊勢志摩は安乗という漁村にある。 

初舞や凪の応じて三番叟

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いざ海へ

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祝詞、玉串奉奠と続き

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父尉の舞

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鼓に笛の音も、空に舞ふ

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ムッシューサティ、いよいよ立候補でしょうか

時勢ざわざわする中、13日の地方選挙の直前、
エリック・サティを街で度々見かけました。
SFIOから第三インターナショナルを経由し、
いよいよムッシューも立ち上がったのか!?!?
生誕・没後関係なくムッシューサティの精神はこの世に漂い続けてもらいたいです。
それは、安易な自由ではない表現を知るということ。

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11区の区役所前には候補者のポスターの反対側にて

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アルクイユ市は諸手を挙げて駅前にて

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寄稿したユリイカ1月臨時増刊号は今日パリに到着
冊子詳細は→http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791702992

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アポリネール / ヤナーチェク Apollinaire/Janáček

アポリネールの生涯を描いたドキュメンタリー映画の音楽を制作中。
音楽となるべく音の粒は今パリで舞いはじめている。
監督からの依頼はヤナーチェクにインスパイアされた音を、
Ky à la Janáček Kyヤナーチェク風といったところか。

ノートルダム寺院にもエッフェル塔にも、人はまばら、のパリで、
アポリネールの「見る詩」を街の壁に貼る、といった撮影の試み。
それは彼の作品思念に呼応するため。
ヤナーチェクの作品で圧倒的に魅力を覚えるのは
「草かげの小径にて-言葉なく-Sur un sentier broussailleux-Sans paroles-」
二人とも、第一次大戦を生きた人間で、
一人は戦後、一人は大戦の終焉と同時に亡くなる。

時勢の影響を常にうけながら、それでも人々は音楽を愛でていたと思う。
もしかしたらそれはある希望であり、ある治癒なのかもしれない。

彼ら同様第一次大戦を生き、その後レベティコの女王として生涯歌いきった
ローザ・エスケナージからの言葉を。

Je dois mon corps à la terre noire,
mon âme au messager des morts,
et à mon amour je dois ma vie présente.
- Róza Eskenázy (1890-1980)

黒き地に躰をあずけ伝へしは我が魂を死者に送りぬ
(訳:仲野麻紀)

———————————————-

冬の雨音は言葉に寄り添ひて

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サイクス・ピコ協定による国境 食べる生きる

そして、それでも日常生活は、続くのですね。
様々な戦渦で生きる人々は、毎日毎日唸る空爆のもとで、
女はじゃがいもや小麦粉を求め、子等は道に落ちているモノで遊び、
そして…男は…。
このような想像はどこからくるのでしょう。
四の五の言わず私たちは、今日も「食べる」ことによって生きている、
他者も同様に日常の延長として「生きている」
という事実からです。

犠牲者への悼みとは別の次元で、わたしたちに残され、課せられたことがある。
それは、考えるということ。
サイクス・ピコ協定から派生し今に至るそれを、考えることを、
日常にしたい。

招かれし神帰月人は逝く
神帰月(かみかえりづき)は11月の意味、冬の季語。

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一番のメトロ乗換駅であるシャトレ。そう、土曜日の夜に人はもう外出しない。

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しかしながら唯一残された日常として、音楽をします。
しかしここはもう公共の場ではなく、 »自己判断 »に委ねられた場所での録音。

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レバノンへ、さようなら

なぜ「グッドバイ・シュレンドルフ」=グッドバイなのですか?
計3回の講演後の質疑応答の中で、もっとも素朴な質問が印象に残る。

「なぜなら、シュレンドルフがベイルートで撮影していた間は、
内戦が停戦になっていたのです。
撮影クルーが街から去ってしまった同時に戦争は再開されました
=よって、この作品のタイトルは、 »さらば、シュレンドルフ »なのです。」

これが今回の公演での大きなメッセージだったとは…
山形国際ドキュメンタリー映画祭公演後の反応。
それは映画をつくる側からの多くの意見を得る事により、
なぜワエルがシュレンドルフのこの映画を使い、
過去に吹き込まれカセットテープと合わせて作品をつくったのか、
改めて理解できた次第。

國學院大学での講演の報告書にはこうあります。

「撮影の数百メートル先では本当の戦闘が行われている最中の撮影で、
当地のレバノン人が見れば映像の虚構が皮肉としか見えないとのことです。」

しかし、これこそがシュレンドルフ監督の、
各々の生きる役割を社会に反映させる方法なのです。

そう、映画のタイトルである「偽造者」とは

・映画の中の主人公 (ベイルートを取材するジャーナリスト)
・虚構の映画(しかし撮影場所はリアル)を創る映画監督
・当事者ではない、わたしたち

今宵一夜がベイルートになる空間へ、ようこそ!

10月13日(火)19:30 open 20:00 start
SuperDeluxe 東京都港区西麻布3丁目1-25
前売り3000円 当日3500円 (学生1000円)

1部:Good Bye schlondorff
2部:Ky [キィ]
なんと、20~30年代のアラブ音楽音源でワエルによるDJ!

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講演の様子

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山形国際ドキュメンタリー映画祭開演前のチェック。
開場は地べたに座る若者多々、満員御礼感謝。

難民を乗せる船間の天高し

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われら逆行族

えっ?
ハイレゾ音源配信、App Storeで買うのが今や常識でしょう!?

わしら逆行しております。
わしらはレバノンでカセットテープを作りました。
その中身はデジタルとアコースティックで織り成す音楽です。
80年代のベイルートの爆撃音、家で怯える人々の、声。
Kinectによる音が重なり、ウードが鳴く。

明日、ワエルはこのカセットを持って、レバノンを発ちます。

あっ、そういえばソニーはカセット簡易再生機の生産を昨年中止したような…?
ものは大事に使いましょうね。

あっ、限定100本です。

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チョムスキー×ヴェルチェク 西洋のテロリズム      On Western Terrorism

ある時サハラ以南の地で、植民地時代をその地で生きた人と話をしていた時、
「日本は西洋=(白)だ」、という彼の認識のもとで話が進んだ。

日本はアジアだという認識は、当の本人が意識するところであろうか。
ならば私たちは例えばどれだけ大戦前の日本のしてきたアジアでの行為を、
インドネシアのことを、ベトナムの歴史を、真の中国での市民の声を…
アジアという範囲に耳を傾けているだろうか?
同じ国の内にある声さえも届かないこの小さな地において。

日本国内の植民地化と世界の地で起こっていることを
チョムスキーのこの言葉で考えてみよう。
「賛美されている経済成長というものが、
少数のエリート集団による自然資源の強奪によって成し遂げられているという事実」

まるでどちらかの家のサロンで話しをするチョムスキーとヴェルチェクの、
温和な時間。経験を消化した言葉たち。
数多ある専門的な言葉でまくしたてた識者のそれとは一線を画し、
抗う術としての会話、がこの本の中で展開されている。

結論をいおう、
「彼らと私たち」という立場を貫くが如く、
日本は世界の三極構造のひとつにこれからも居続けたいのか、それとも
「彼らは私たち」という立場の在り方に、希望を求めるのか。

ジョージ・オーウェルの言葉である「un-people・非人間」に
なるのか、ならないのか。
という選択だ。

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訳者は本橋哲也氏 邦題は
「チョムスキーが語る、戦争のからくり-ヒロシマからドローン兵器の時代まで-」
平凡社

夏の星背中湿らす深き夜

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今日は三日月、ラマダン終了 L’Aïd el-Fit عيد الفطر

自分自身が断食月をやっているわけではないけれど、
世界中の敬虔なイスラム教徒と共に私たちはこの地球にいるわけで、
彼らの時間の流れに、想いにちょっと触れてみたい。

隣の食品店はいつも西アフリカのおばちゃん、おじさんで溢れている。
働く人々はどこの国の人々だろうか?インド人の様な…
数週間前、この店でオクラを買った時に渡されたのが、断食月中のカレンダー。
日の出と日の入りと一日のお祈りの時間が記されている。
今年はフランス全土も猛暑にて、夕方頃には旦那衆が、
スターリングラードの運河片陰に集まり、ポツリぽつりと仲間と話をしている。
女たちは日が暮れてからいただく食事に精がでる。
だから、断食月中でも、食料品店はいつも賑やかだ。
ちなみにここで売られているオクラの原産国は、ホンジュラス!
長旅ご苦労様!

新月から三日目、今宵はみなさん家族と共に、
よきイド・アル=フィトルとなります様に。

人生の欠片を共に夏の月

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ポンピドゥーセンターではレバノン出身のパレスチナ人アーティスト
Mona Hatoumの個展

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Waiting is Forbidden !!!!!

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イスラム暦は今年1436年

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音を見立てる

Drome地方にある「禅の庭」での演奏会は、遠くは京都から庭師が、
そして、我らふらんす吟行俳句会とパリ短歌会の同志の参加で、
Erik Borjaさんの庭は賑やかに。
そして、南仏の庭の大地と空に、音は広がったのでした。
耳に聴こえてくる音は、それこそ聴く人の内的見立てによって、
なに様にも成れる様です。
だから、この庭で演奏するということは、演奏家の鳴らす音が、
あるいは奏者個人の奏でる音という我を
どこかにやってしまうことができる、
例えば原罪を和らげてくれる様なことかも知れないですね。
そして、それは音の先に宇宙がある、という希望かもしれません。

禅庭や見えきしかたち風薫る   佳
鳴きやんでまた鳴く七日蝉時雨  麻紀
鍵穴の奥の十字架暑気払ひ    崇
せせらぎのさやかにひびく禅の庭 なをみ
もろこしの花連山の影を背に   克洋 

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睡蓮の池のまわりにただよう音

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イゼール河を清水の護りとして鳥居の立つ横に、各々に庭を演奏した奏者が集合

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枯山水から下る階段庭園には、Ky

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父上はアルジェリア人のフルート奏者アミナと。鳥のような彼女の音のささやき

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演奏後は、Erikさんのドメインclairmontsのシャルドネの白で。お疲れ様!
http://www.cavedesclairmonts.com/

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サンドニ門〜シャペル大通り 娼婦の館に住む

昔一番の繁華街として、観劇後の老舗ブラッセリーFLOや、劇場の名残。
今は西にクルド人街、東にインド人街。
駅には中国人女性が、時に女同士で腕を組んで、
あるいは1mごとに立ち並ぶ、娼婦たち、の街サンドニ門。
門の南にはかつての最盛サンドニ通りに今も、
ポツリぽつりと女が立っている。
繊維問屋の多いこの界隈には、荷物を待つインドの人々の姿。
その姿を撮ろうとしたところ、突如女二人が私の前に立ちはだかり…
「カメラをよこしな!何撮っているのよ、画像を消しなさい!!」
と、私がうっかりして向けたレンズの先に彼女達は、立っていたのだ。
幸いにして彼女たちの姿はカメラには映っていなく、一件落着したものの、
彼女たちは自分たちの置かれた立場を私に云々お説教。
女同士の立ち話、となった。

パリに住み始めてかれこれ10年を越えた今、振り返ると10回以上引っ越した
私の住居には、彼女達の姿が往々に在った。
18区の駅には、演奏を終えて帰路に着く夜中、彼女たちは無料のエイズ検査車に
列をなし、11区のベルビル界隈では同じ建物に早朝戻って来る彼女たちの姿。
お客を街でとり、客はいつも彼女の5m後ろでアパートの階段を昇る姿。
時にヒモらしき男の姿とすれ違う。
そして今、モンマルトルとウルク運河の間に位置する現住居である大通りに面した
建物の壁には、番地の存在より大事な、昔灯燭がその存在の証明となる、
灯す台が建物に付いており、また隣の建物は娼婦の館特有の飾り看板が
彫られている。建物を入り牢屋のような金属の扉の向こうには、
今ではパリ市によって保存義務になっているロココ調の階段が出迎えてくれる。
(といってもそれは見かけだけで、昇る部分はなんとも貧そなつくり)。
家の中は小さくも、扉が隣り合わせ、向かい合わせになることはなく、玄関の壁には
全面鏡。
大家さんいわく、この建物は19世紀末からあるそうだ。
となると、床はやや歪んでいる….。
この界隈が決して高級住宅地とはほど遠い下町であるから、
メゾン・クローズとは呼べぬが、役割は、同じであった。

女と街の関係、娼婦なしに、人類の歴史を語ることは、できない。

客待ちて何を想おふ梅雨の月

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バタイユ作・マダム・エドワルダの舞台になったサン・ドニ門

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パリにはすべての通りに名前がついている

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問題となった荷車を押すおじさんの後ろ姿。この後怒られるのだが…

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どの部屋も五角形のつくり

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ジャパトラと着物でsax

ジャパトラとは、二十五絃箏とお囃子、墨絵に語りというフォーマットで
民話、神話、日本の昔話を繰り広げるパフォーマンス集団
Japan traditional Arts Academyの略。
http://tomoyanakai.com/jtaa/
パリ、マドリード、バルセロナ、ローマと演奏を行なった彼らの姿に拍手。
それは、移動も然ることながら、奏者にとっては運命共同体である楽器の移動
その回数に、毎回の不安と苛立ちを見せず舞台に挑む姿。
各国の言葉で挨拶をし、会場の人々と談話する姿。
中国の筆、とフランス語に訳される墨絵の何たるかを、
参加者と行なう実技で体得する姿。
「異文化交流の〜」という言い古されたそれに一蹴りするに至る。
なぜなら、この場合、交流ではなく、両者真剣勝負だから。
急遽saxでの参加にあたり、事前の一人リハで譜面を頭に叩き込むも無念。
Gongにパーカッション、サックスにクラリネットを二つの手で操るも、
なぜに足を使えぬものかと歯を噛む思い。
しかし始めて着物をきて演奏する醍醐味を、味わった次第。

それにしても、女の演奏者はなんとも衣装に気をつかうことか。
サックスが華となり主役であるからには、ああ、私は黒子(黒衣)になりたい。

汗みどろ楽屋に着物脱ぎ滑す

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ジャパトラ番外編 Ky+中井智弥

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パリ日本文化会館の墨絵講座にて

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袖を連ねて着物女

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南仏・Erik Borjaの日本庭園

オブニー784号の特集で取材した南仏の日本庭園「Jardin Zen」は、
自然を見立てることを日本庭園の基本におきながらも、
ひたすらに「観る」ことにより、ものの本質から観る者の観念を取る
この修行のような行為を経て、彼の庭は「禅の庭」と名付けられた。
77年の京都の数十カ所におよぶ日本庭園訪問依頼、
元々造形作家であるがゆえに、彼にとっての作庭は芸術表現になる。
ひたすら謙虚に、プリンシパルのある、アーティスト。
そして真の食いしん坊は、御歳74歳にして毎日うまいごはんを自分で作っている。
アルジェリアで生まれ帰仏した彼はまた、真のピエノワールでもあり、
青春時代に得た、お母さんたちのそばで覚えた料理の数々。
アルジェリアのユダヤ人達のお祝い料理の面白さは、また格別の話だった。

7月5日には、この3ヘクタールある「禅の庭」にてKyのコンサートが開催されます。
自然の音と、楽器の音が庭の中にどのように漂うのか、
そして聴衆のみなさんと庭を共に歩きながら奏でる音はどこに飛んで行くのか。
心がどきどきします。

さて、彼のレシピからひとつ拝借。「真鱈のサルティン・ボッカ風」

-鱈を人数分に切り、塩胡椒、小麦粉をまぶしてオリーズオイルで焼き色を付け、
白ワインで軽くフランベ。
-グラタン皿に鱈を並べてサフランを振りかける。
-生ハムを鱈の上にのせ、オーブンで15分。

フランス料理では海のものと肉を一つの料理の中に入れることは
あまりしないけれど、真鱈の淡白な味と、まぶした小麦粉に生ハムの旨味が
染みいる、うまさ。

ovniの記事はこちらから→www.ovninavi.com/784sp

禅庭や小さな宇宙春の匂

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枯山水にインスピレーションを受けて作った庭に佇むエリックさん。

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南仏の陽光が入る台所は気持ちのよいものだ。

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サフランが鱈の白身に栄える。

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アシスタントの家族、皆で囲む食卓というしあわせ。

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路上演奏・パリ日本館

日本から届いたCDは、高木元輝さんと加古隆さん率いるカルテット76年の録音。
ユニバーサルから再版されたこの作品は、時期を今にして春たけなわの4月に
録音されたそうだ。ものみな芽吹く、今に。

2015年のパリの街角、サンジェルマンデュプレでは二人の男がピアノを弾いている。
音は時空を越えて、今日もどこかで誰かが奏でる、聴いている。
そういう世界がわたしたちには、あるようだ。

清明に包まれし音の巴里の街

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ベンガルの刺繍・日本のフリージャズ

今やどこでにいても、少しの電気と、少しの機材があれば、
録音はいとも簡単に、できる。
少しの耳の技術と、そしてなにより良い音があれば。
4月8日に発売される「今、日本のフリージャズを聴く」と題された、
70年代に録音された作品の再リリースを迎えるにあたり、
「高木元輝・加古隆/パリ日本館コンサート」のライナーノートを書いた。
スタッフが運んだであろう、マイクや録音機。その当時の音から、
匂い立つ機材の香りを嗅ぐことができる。
加古さんと高木さん、そしてロン・ピットナーとケント・カータの音を支える、
彼ら演奏者の前に陣取る録音技師の想いが、伝わってくる作品、だと思う。
もちろん当人の演奏があってのコンサートという出来事である。

インドはベンガル地方に残る女の仕事、「カンタ」。
魅惑の刺繍の愛らしさといったら。
こういう人間の成す営みを、柳宗悦的にいうならば「民藝」と呼ぶのだろう。
しかしもっと根源的な愛情を感じることができる。
こういう人間の成す営みに小さなスポットを当てる、
無印良品「MUJI」というコンセプト。
購買意欲をそそる商品がずらっと並ぶその奥に、「Atelier MUJI」という
小さなスペースに、このベンガルから来た刺繍布カンタが佇んでいる。
やさしい空気が、そこにあります。

いずれも、手仕事として何かを残す、という作業に、
なぜもこんなにわたしたちは魅かれるのだろう。

一日の仕事を終えて春の暮

「ベンガルのたなごころ、彼女たちの針仕事」と題した展示は4月22日まで有楽町のATELIER MUJIにて。
http://www.muji.net/lab/ateliermuji/exhibition/150306.html

「今、日本のフリージャズを聴く」のシリーズは→http://www.universal-music.co.jp/japan-free-jazz/product/pocs-9347/

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北半球に、迎春花

延びれば延びるほど、根本は花を失い、枝先にはたわわな黄色い花。
中国で迎春花、日本で臘梅。
日本の至るところに、可愛らしい梅がぽつぽつと咲き始めている。
パリの草木は、もう少し辛抱。
目的場所へ行くもその場所は閉まっていたり、
試験中で入れなかったり、待ち人現れぬ、だったり、
しかしその道中、梅、梅、梅が春を迎えてくれる。
そしてその芳香は、生きる喜びを与えて、くれる。
お水取りの後には春がやってくる。の言葉通り、北半球は今、春を迎える頃。

月刊「俳壇」にて1頁目に「NY/Paris 二都物語」と題した四季の俳句を、
NY在住の俳人・月野ぽぽなさん(奇数月)と手前(偶数月)で寄稿しています。

春愁や回教の友祈りをり

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どこのモスクでしょうか?

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ベルビル界隈にあるモスク前で雑貨屋を営むチュニジア人のおじさん。
故郷を想う、今日という日。

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スターリングラード駅<

Comments off

ドゥルーズの陽炎を20区の中庭で見て…

離婚した妻との家族、その前妻の母親、そして今ある家族。
88歳から0歳1ヶ月までの人間3世帯が一緒に住む、
という今や貴重な共同生活は、パリであれば尚更。
脚本家のローランは、この共同体をつなぐ55歳にして
4人目の子どもは0歳の乳飲み、の親父さん。
そして年長の、彼にとっての義母はジル・ドゥルーズの奥さんである。

「まるでアフリカの村にいるみたいですね。」と私が言えば、
「その通り、パリのアフリカなの!」と。

離婚後、週に数回父親に会うために子ども達がパリを横断する労力を、
共同生活をすることにより取っ払ってしまうという合理的な生活に、
彼らは舵を漕ぎ出した。
そして老媼となった前出ドゥルーズの奥さんを見守る若い世代。
新しい奥さんとの間の4歳になるデルフィーヌは、
中庭を横切って血のつながっていないおばあちゃんの所へ遊びに行く。
あるいは異母兄弟と一緒に夕飯を食べる。
「子どもは社会に在りて」の実践。
第三者からは見えぬ当事者の、各人の日常を保つ共同への配慮。
ガラス張りの窓に囲まれた中庭を共通項に生活をする人々を、
もしここにドゥルーズ老爺が居れば、どんな眼差しで見ただろう?
そしてこの共同体に彼がおられるならば、
その暮らしの結果からどんな著書が生まれてくるのだろう?
と密かに想像してみる。

彼の著書の半分も読んでいないので、
深淵なるその考察から何かを得たとはいえぬ自分、
これを機にその世界に潜り込んでみたいものだ。
中庭を眺めながら頭をよぎるイメージとフレーズ、それは、
「アフリカは始源から続く人類の完成形」。
こちら相当長い説明必要故、いつか文章あるいは体現という形で試みたい。

「すべてが絶えることのない相互作用の中で共存するのだ。」
      »千のプラトー » から ジル・ドゥルーズ・フェリックス・ガタリ

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蕾が開きだした冬桜の枝は、庭にあるものだろうか

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空間を仕切る、本。というアイデア

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アフリカの布はどんな空間にも、馴染む。

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サド公爵、諷刺ってなんですか?

Jean-Jaques Lequeuのデッサン。
こんな乳首の表現、個々の深層に隠れたエロティシズムが
刺激されてしまうではないか。
時勢に臆することなく言おう、これも宗教に対する冒涜か。
こちら昨日終了したサド没後200年記念、オルセー美術館での展覧会。
終始ドキドキして、サドの描いた物語りの世界が具現化される世界を垣間みた、
という印象。
サド研究の凄腕女史アニー・ルブロンAnnie Le Brunの審美眼に
かなった強者作品ばかり。
めったに観られぬオーストリアのクービン. Alfred Kubinや
ハンス・ベルメールの登場。展覧会終盤にかけて心臓の高鳴りをTWという方法で
中継したいも当方TWはやっておらず、ほぼ最終日に行ったが故、
興味を持ちそうな友人たちにこの展覧会の情報を拡散できぬ、無念。

サドの言葉が木片に削られ各所に配置。その中にある一節。
「L’idee de Dieu est, Je l’avoue, le seul tort que je ne puisse pardonner a l’homme.
神という着想を抱くこと、それはわたくし曰く、人間の赦しがたい唯一の過ちだ」

このフレーズをキュレーターA.Le Brun女史が数あるサドの文章から選択し、
言葉を言葉以外の作品と共に配置することにより見えて来る意味。
それは、「現在」という名のもとで我々が生きる世の中への疑問、
秩序という名の倫理あるいはコード、理性的世界を易々と裏切る、
人間の本質的エロティシズムに目を向けるが故に浮かび上がる、言葉。
人によってエロティズムその焦点は当然異なるけれど…
何か予言的に、もしくは長い時の流れの中で、
だれしもが抱いていた疑問を、A.Le Brun女史がサドに代弁させているようにも
捉えることができる。
意味じくも会期中にあの事件は起こってしまったわけだが…
しかし同時に忘れてはいけない、サドの作品は永らく発禁物であり、
諸々彼自身も監獄生活続きであった、ということ。
それは、
自由という名のもと表現の自由に甘んずることなき、リスクを負っての、表現
である。

ではアリストパネスにみられる諷刺は一神教誕生以前、
だれの恨みを買っただろうか。
大革命以降社会の隘路となるライシテ、
あるいは紀元前アテナイ(一神教の誕生以前)の時代からある
「諷刺」というの手法、両者時空を埋められぬが故の問題を浮かび上がらせるに、
今回の展覧会はサドという表象を逃さなかった。

今一度、サドというある一人の人間が追求した、人間の真相を読み解くべく
思想、あるいは物語、を知る喜び、そしてその歴史的背景を知る喜びとしよう。

2週間に渡る特別号charlie hebdo「Tout est pardonne」
での編集部からのメッセージの中で注目すべき文章とは、

「追悼のためのパリノートルダムの鐘楼を鳴らす者は、
フェメン FEMEN、 Фемен の彼女たちであるべきだ。」
と、〆ている。
さて誰の気分を害すというのだろうか。
(物理的に今や鐘は機械によって作動=鐘をつくのは人間では、ない。
という自己諧謔性。
あるいはフェメンを赦し難い対象としてしている者たちへの….)

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Jean-Jaques Lequeu -そう、私たちも母ですから-

03goya_cap024

大好きなゴヤの版画「気まぐれ」シリーズ、は象徴的揶揄にあふれている。

Aubrey-Beardsley-The-Toilette-of-Lampito-1

目眩がするほど魅力的なビアズリーの
「女の平和 Lysistrata」シリーズは、19世紀が誇る風刺では。
ただし、そこには宗教的象徴は描かれて、いない…

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コートジボワールの布

60年に独立後すぐ、家族でコートジボワールに移住したという、
今は小学校の教師マリリエスの家の壁一面には、その当時現地の友人から
贈られたという、セヌフォ族による泥染コロゴ布のタペストリーが飾られている。
彼女の父上は61年からECOSOCの一環として‪アフリカ経済‬開発のための
調査・援助の仕事に従事し、「イボワールの奇跡」に貢献したという。
父上の家にはその当時の資料(もちろん紙)が山の様にあるそうだ。
いつか目にしてみたいものだ。
しかしながら、ウフェ=ボワニ大統領の死後の内戦、クーデターの時代を
フランスに戻った彼はどのような想いで観ていただろうか…

この布の柄が、見ての通り非常に胸を衝くからにして、写真として拝借。
私も彼女のように毎日眺めてみよう、と思う次第。

年明けて何を望もふ明日の日に
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