Archive pour 俳句 haiku

だってやっぱり岡本太郎

日本に滞在する度に、できるだけ寄る所があるのです。
それは川崎にある、岡本太郎美術館。
「母の塔」の下で、何度と音の精をみたことでしょうか。
なんていうと、ちょっと妙な発言かな。
セコイア杉の間を抜けて、ひとり頭上を仰げば、
この地が枡形山であったと気づき、この地多摩丘陵、の上で
太古の昔から人々が息づいていたのだなあ、とひとりつぶやく次第。

企画展である、「岡本太郎とアール・ブリュット-生の芸術の地平へ」
で得た感覚は、純粋性そのものに触れたような、
肯定的なまあるいボールを抱きかかえる様な、気分になったわけで。
おもわず館内カフェで、メロンソーダを飲み、覚えたての感覚を反復し味わう。

そして、1999年に刊行された岡本太郎による「美しく怒れ」の、
ユーモアにして痛快な、ワクワクするような文章に、
少し力をもらっている今日この頃、です。

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10月5日までだそうです。

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こんにちは

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行く夏の木立に径を見つけをり

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1954年生まれ! ブルゴーニュに集合

54年生まれのお祝いの演奏は、
60歳を迎え、なお仕事に励むフランスの友人たちへ。
私の主治医はじめ、映画編集者、インテリアデザイナーに歴史の先生、
主婦もいれば未亡人も。すべて女性であるのも、面白く心強い。
なかでも歴史の先生フロランスの旦那様はブルンジの方。
お子さんが生まれてから母国に帰ろうとしていた時、
ツチ族により大統領が暗殺を機にブルンジ内戦が起り、
フランスに留まらざるを得なかったと。
ネストールさんの、東アフリカ特有のチャコール色の美しい肌、
華奢なからだからはどことなく愁いを感じる。
母国を想い、抗うにも何に対して抗うのか….

楽器を車に積んで、ヨハネの黙示録のタペストリーで有名なAngersから
東へフランスを横断。
白ワインがうまいVezelay辺りからブルゴーニュに入る、
すると景色は連なる葡萄畑の丘。
小さな教会がある村から村へ、途中ロワール河の岸で休み、
すれ違う車もない道を走る。
遠くに見える断崖はブルゴーニュ産の良質な石切り場だ。

普段はパリに住む彼女たちの田舎の家々は、農家を改造した、
工夫にあふれるインテリアに。そして村の人々との共同体という意識を
しっかりと持ち、野菜は庭で、肉製品は週に一回村に来るトラックで、
チーズやワインは隣村の酪農、ワイン製造業者から。
庭のりんごはもう赤くなりはじめ、ミラベルはちょうど食べごろ、
ラズベリーやプラムとジャム作りに精が出る。
おおよそ50名ほど集まり、ラベルのないシャンパーニュは
友人の友人がつてで入手した、都会では味わえない、味。
ヴァイオリン、ギター、サックス、ベンガルの歌手による即興演奏は、
朝4時まで続く。
翌日は村に住む人々の家に招かれ、一杯、自慢の畑で二杯、庭で休憩三杯…
うまいワインと食事でたっぽたぽになった腹と楽器を抱えて乗った列車。
帰りの車窓から見える、ブルゴーニュの刈られた麦畑は秋の予感。

麦跡を車窓に追ひし秋の色

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宴の後、静寂午前5時

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パーティの翌朝でも庭には洗濯物が

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1954年生まれ!

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50人分のクスクスを作った台所

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ルーアンのアラファト、モントルイユのジョレス

-毎日が抗ひて今日平和祭-

フランスの夏のカフェはどこもかしこもテラスをだして、
日が暮れる夜10時頃までグラス片手にアペリティフ。
この時期の演奏は屋外が多く、地方へ行くことも多々。
Jazz A Partという地方ラジオ番組を10年間続け、同名のジャズフェスを立ち上げ、
今はDon Cherryを主人公にした物語を書いているというピエールに声をかけてもら
い、今日の演奏場所はパリから電車で1時間30分、ノルマンディーの海岸へ行くに
必ず通過する街ルーアン、の市役所の前の広場。
機材、PA、サウンドチェックに準備は進み、楽屋は市役所の横のカフェ、
だから観客から声をかけられ、一杯おごられ、CDを買ってもらい、
演奏後も人と接することの楽しさ、が味わえる。
そしてそのはす向かいに居るのは…要するに市役所の目の前、
という位置にいるのは、アラファト!
そう、ここはフランス共産党の事務所なのだ。
ノルマンディーらしい木組みの小さな家には、今は亡きアラファトYasser Arafatが
L’Humanité(Jean Jaurèsが1904年創刊した共産党寄りの日刊紙)の表紙を
飾っている。

そして、いみじくも今年はJean Jaurèsが、モンマルトル通りのCafé du Croissanで
国家主義者に暗殺されて、100年。
彼が第一次世界大戦に反対していたことは言うに及ばず。

地方での演奏を終えて、我街モントルイユに戻ると、市役所前の広場を会場とした、
Jaurèsを偲ぶ野外展覧会が行なわれていた。
当時の政治、情勢を写真などの資料と、そして音声(当時の電車の音、街のざわめき)が広場に鳴る、もちろん、ジョレスの声も!

ここモントルイユは第二のバマコ、広場のベンチでは、
マリのお兄ちゃんたちが仲間とジャンベを叩いていた。ジョレスの声をバックに!
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演奏会場のはす向かいには、アラファト議長が

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演奏が終わり、皆またテラスで飲み始める

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Jean Jaurèsの物語が広場に

フリーペーパーovniによるルーアンとジョレスの特集はこちらから

「ルーアン、尽きない魅力」
http://www.ilyfunet.com/ovni/par-ci-par-la/voyage/652_sp.html
「ジョレスはヘビー級の雄弁家だった」
http://www.ovninavi.com/768sp01

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ヨガりながら演奏!?

瞑想を主とする本来のヨガ、またはハタヨガ、
シャドーヨガなどその種類は枚挙にいとまがなく。
ここブルターニュはサンマロから80kmGAUSSON村でのスタージュでは、
そのどれをも取り入れたヨガ。
インドに渡り、ヨガの手法を習得、スタージュのまとめ役を担う
パスカルからの依頼で、音を担当することになり、不肖ながら私もヨガに参加。
日入り、日没、休憩中、食後に演奏。
中でも興味深いのが、瞑想中に、空気の音(!?)と共鳴する息の音、
または楽器から発せられる音、というコンセプトでの演奏。
目に見える効果を期待するのではなく、内にある「何か」に
耳を傾ける機会となった次第。

ここでパスカルのパートナー、クリスティーヌがスタージュ中に
作った野菜中心の料理で、印象に残ったレシピ3点

☆蕪のグラタン
蕪4個の皮を剥き、食べやすい大きさに切り軽く蒸す。
その蕪を少量のオリーズで炒め、塩こしょう、ターメリック、
クミンパウダーを入れて焼き炒めつける。
グラタン皿に移し、カンタルチーズ(エレメンタルチーズでは味がぼやける)
を散し、200℃のオーブンで食べる直前に10分加熱。(2人分)

真っ白い蕪、ピンと立ったその葉を市場で見ると、真っ先に蕪のべったら漬け、
葉は塩で揉んで重りを乗せ、翌日たっぷりの炒りごまと一滴の醤油で食す幸せを
味わいたくなる。
しかしこのシンプルさは自宅での一人の喜びにとっておき、こちらは18名。
オーブンで一気にできるこのレシピは大人数の時に便利。

☆根セロリのピュレ
根セロリ(一玉約400g) は厚めに皮を剥き、被る程度の水、
粗く切った玉ねぎ半分、ジャガイモ1個、同様にニンニク一片を入れ茹でる。
ゆであがったらお湯を切り、茹でた野菜に塩少々、ごまを加えてミキサーで撹拌し、
ピュレの出来上がり。ニンニクが入ることにより食べごたえのあるピュレとなる。
野菜を茹でたお湯は野菜のブイヨンとなっているので塩を加えたらスープになる!
また、スパイスを加えたり、根セロリをにんじんに転用するなど、
アレンジも楽しい。(8人分)

☆レンズ豆の温サラダ
レンズ豆をよく洗い、一晩水につけて、翌日鍋のまま煮る。
(塩を最初から入れると煮る時間が遅くなるので最後に)
別途でソース=紫玉ねぎを薄くスライス、オリーブオイル、塩、胡椒、
ワインヴィネガー、マスタードを混ぜる。
穴の空いたお玉で皿にレンズ豆を盛り、各自ソースをかける。

通常ソースごと煮る、または豚の塩漬けと煮込むが、ソースを後からかけることに
よって、レンズ豆自体を味わえる+銘々でソースの量を加減できる+玉ねぎの食感が程よい。という三拍子の巧妙。
豆料理は世界各地、人類が生み出した食べ物で私たち先祖を救ってきたと思う。

-三伏やヨガ道場に寝そべりぬ-

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休憩中の演奏は、途中眠りを誘う音となり…

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くったりと炊き過ぎないポロ葱の温サラダもなかなか

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粟、液体豆腐、グレープフルーツのグラタンなど
食材を料理に仕立てるセンス抜群のクリスティーヌ

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隣に座る、パレスチナの女性

数年前、フランス滞在許可書の更新にあたり、
18区の移民局施設内で講習会を受けた際のこと。
当然移民ばかりなので、まずは講師は集まった人々に国籍をたずねる。
イラン人、ウクライナ人、マグレブ、カメルーン…、日本人、の私の隣の女性が、
「わたしはパレスチナから来ました」と。
すると講師は、
「ようこそフランスへ、さぞ大変でしたでしょう…」
そして講習会の教室にいる皆は、彼女を拍手で迎えた。

心にある私たち講習生それぞれの感情は、自分達だってここフランスでは移民
であり、彼女の存在する背景 »パレスチナ »に、何もすることが出来ない、
という分かりきった悔しさと共に、だけれど 「今」という
同じこの時を分つ者として、拍手で迎えたのだと、思う。

先日、シリア人フルーティストのナイサムが、友人でパレスチナ人のアムロに
会わせてくれた。
一昨々日フランスに着いたばかりだという。
ただ、パレスチナ人という国籍(パスポート)はどこにも、ない。
だからアムロはイランのパスポートでフランスに来ることができたそうだ。
パスポートを取得して8年、レバノンでの生活、そしてフランスへ。
誰もその地(パレスチナ)を離れたくなく、しかし流浪の民としての、運命。

無力を前に、でも、せめて隣に座った人がパレスチナ人であれば、
労いたい。それがたった数時間の時間の共有だとしても。
この行為を、人は偽善と呼べはしない。

夏の月オリーブの丘彷徨ひぬ

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イスラエルの地図に、パレスチナは存在しない、
そしてレバノン、シリアにはその存在が地図になっている

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ナイサムが肌身離さずつけている、
パレスチナとアラブ語の表記の首飾り

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Joe Saccoの名著であるマンガ
GAZA 1956

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ラマダン終了!

1ヶ月にわたるラマダンが、新月27日の今日終わろうとしている。
11区のアラブ街、正装した若者たちが嬉々とした表情で町を歩いている。
きっと友人達とねぎらいのパーティーに向かっているのだろう。
きっとどこのイスラム諸国も、この事象に同期しているに違いない、
パレスチナでも….と願う。
2年前、ちょうどラマダンのまっただ中にモロッコでの演奏ツアーを行い、
エッサウィラに住むスーフィー教団、ハマッチャと約2週間、寝起きを共に、
演奏をした。
彼らとの音楽漬けの日々が、ラマダンの時期と重なることで、
音楽その在り方を考思していた、といってもリハーサル+演奏することによって、
頭の思考は楽器を吹くことで自由を得、この自由の方がよっぽど私の小さなおつむを
駆使するより、性に合っている、と実感。

当方アラブ語を話せないので、会話はフランス語。
定型に慣れてしまったフランスでの会話=生活。
ハマッチャの楽士と会話をする度に、環境と言葉の関係性を見失ってはいけないのだ、とつくづく思う。
言語は、その土地で姿形を変え、順応に、生きる営みの中に根を下ろす。

このハマッチャ楽士たちが、今年もパリのアラブ世界研究所に来て、
一緒に演奏できる、この喜び。

ムエジン muezzin(各モスケで祈りを呼びかける者)の、
淡々と月の動きに寄り添った、確信的でまっすぐな声を想像し、ハマッチャ、
そして遠いパレスチナの人々彼らの事を想って、今日も月を見上げるとしよう。

新月や盛夏の夜に探しをり

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日没直前サウンドチェック

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エッサウィラの広場にて
ラマダン期は日没になったら、音楽を奏でていいのだ。

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ラマダン中でも、陽が沈めば、皆で食事。
山羊の牛乳とナツメヤシから、はじめましょうね。

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素焼きに山羊の皮と糸を一緒に張ることによって、
« ビリビリ »、という音”さわり »の音響になる、タリージャ

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エジプト カイロから 其の壱 三位一体 !?

遅ればせながらの報告として。
6月、日本から帰国、すぐにエジプトへ発ち、現地エジプトのヒップホップ、
ラッパー、そしてコートジボワール、レバノン、ベラルーシのミュージシャンに
+Kyという出で立ちでリハ開始。
レバノン同様、不定期だけれど定期的に停電。
12曲のレパートリーをさらい、立ち位置はベースの隣、ということで譜面台を
アンプのかげに隠れるように配置、で音符をカンニング!
ベラルーシ人の驚異的ビートボックスがグルーヴする中で、リフを譜面
みながら演奏なんて格好悪くてできない!なんていきがっていたけれども、
全曲のリフ、覚えられませんでした…。

さて、停電中はスタジオの外にあるジュース屋さんにて、西瓜の生絞り、
はたまたマンゴー、あるいはサトウキビの生絞りを各々道端で飲み、あぁ生き返る。

カイロ到着その日に地下鉄数カ所にて爆破テロ。緊張が街中にはしるも、
道端でターメイヤ(空豆の揚げ物)を売る露店、相乗りバス、市井の人は
日常のリズムのまま、過ごしてる。こちらは一応、移動はタクシーのみにし、
街にある看板に目をやれば、そう、ラマダン断食月が始まろうとしている。

母国を離れ、今は福島に住む知人エジプト人と日本人の夫婦が、
「断食月はエジプトで過ごしす方が、好きだな」といった想いには、
共通の価値観の中で、言わずもがな意思伝達の可能な同胞、ウンマの中で、
過ごす郷愁、または懐郷を感じさせる。
この意思の疎通=伝達を、「コミュニケーション」と人は呼ぶのだけれど、
コミュニケーションの語意をラテン語から辿ると、
「communis=共有の」そして「communio=誰かと通じる」、となる。

ここで突如「三位一体」を取り上げるのはおかしな発想だけれど、
ラテン語の発祥時期とキリスト教の時代を照らし合わせながら、
後者の用語である「聖体拝領、または聖餐式」を紐解くと、「communion 」
という語彙が登場する。
ここでいう聖体はイエス・キリストなのだけれど、「communion 」の語意は
やはり「共有の、交流、親交」となる。
さて、では誰とcommunionが行なわれるのか、となると上記場合は父・子・聖霊
=三位一体と当人。

只今ラマダンのまっただ中、をする人々にとっての、その位格とは、
Allāhアッラーなんだ。そしてもちろん、ウンマummaとは=共同体。

片陰に乞う金曜日モスクかな

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現在のタハリール広場

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街のジュース屋さん

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リハの最中、一息

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「この国のかたち」

統帥権、を振りかざしたその者は、魔法使いになりたかったのかな。
もし統帥機関の彼、彼らの様に再びこの魔法の杖を振りかざす者がいるならば、
鶴見俊輔が掲記する「ゲド戦記」のくだりを参考にしたほうがいいと思う。

「長(おさ)は、またこの技術が多くの危険をはらんでいることを語り、
なかでも魔法使いが自分の姿を変える時には自らの呪文から逃れられなくなる
危険を覚悟しなければならないと注意した。」
魔法を超法規として、補弼(ほひつ)という任務に伴う »責任 »に対し、
統帥権はそうでない、
と言いきった本、「統帥網領・統帥参考」(昭和3年、昭和7年発行)の
運命は→戦後一切焼却、だったという。

責任回避どころか、どこかの国に飛んで行ってしまった、ある会社組織の長で
あった者達の姿に重なる。

「この国のかたち」は、司馬遼太郎による毎月書かれた随筆。
その大正生まれの司馬遼太郎が、明治維新以降の日本のある姿を表現する時、
こんな面白い行がある。
「もし日本じたいの「近代」の要素(または風土)の上に欧米の近代を接木を
したれば、ずいぶんおもしろいことになったはずである。」

風土が異なるのに、欧米のそれ(近代)をそのままこの地で活用することは、
実に無理が生じる。思想然り、食物然り…
日本で、汗をかいた赤ワイン=(赤ワインを冷やして飲む!?!?) のボトルを見た時、
ワインの流儀には反するが、日本的飲み方の解釈に微笑ましい感情を覚えた。
そして諧謔的(開発当人は本気そのものだろうが)ワインは「赤玉ポートワイン」!
という姿に変え、見事に接木に成功している!

ひとつの例に、GEから輸入され「そのまま」使用した原子力発電の機械の
その後の姿はどうだろう。

「生」の淵源に真っ向から立ち返るべく危機感を抱いている、
「生」という生物的湿度をもったアジアにおいて、乾燥した土地からの思想的または
経済的云々を鵜呑みにし、国の在り方に取り入れても、いずれにせよ立ち位置が
異なるのだから、相容れない。

一部が求めるリーダシップという名の魔法使い。
成熟した魔法使いを求めるのか、求める側が成熟した魔法使いに育てるのか。
ここでいう「成熟」とは、中井久夫の言葉を借りれば
「退行の泉に湯浴みして、もとのところに帰ってこられるもの」

もう一度「ゲド戦記」からの抜粋を。
「魔法というのは、その土地土地と密接にかかわりあっているという意味なんだ」

大暑の地智行を誉れ生き抜いて [麻紀]

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実っております、佐渡の棚田

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感謝、そして続く音の旅

ブルターニュ~タジギスタン~日本のツアー、まだまだ続くけれど、
一つの山を越えました。
それは高野山。
ご縁を辿り手繰り、蓮に見立てたその空中の世界は、空海が開創した、高野山。
予定通り、限定160席は、本当に160名+スタッフの方々に聴いていただくことができました。
この一連のツアーに尽力頂いた皆様、本当にありがとうございました。
一人一人のお顔、表情、電話でのやり取りなど、私が普段日本に居ないが為に気苦労おかけした部分、お詫びすると同時に、
共同作業の先に、音の結晶(高野に響く鳥の囀、草花の風にななびく音、空気の気)
を皆で聴く事のできた喜びは、一入です。
公演に2回も足を運んで下さったり、10時間かけて高野山までお越し下さったり、
目に見えない部分でのサポート等、
本当に、ありがとうございました。

誰がために響かせ山に薄暑の音

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楽器を持って横浜から名古屋へ移動

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横浜は老舗ジャズクラブ「Dolphy」にて

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ステファンを無事関空へと送り届けます。同時にパーカッションのトマをピックアップ!

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金剛峯寺 奥殿にて開場30分前、余念なくサウンドチェック!

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和歌山港から徳島港へフェリーで移動。巨石の棲む淡路島へ上陸です。

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同期 synchronisme

風は息 虚空(こくう)は心 日は眼(まなこ) 海山かけて我が身なりけり

ブルターニュのMoul Stockというフェスティバルに出演した
ミュージシャンが奏でる音や、声は、
世界の小さな村々でシンクロナイズしていたように感じました。
まるでアザーンが空に響き渡る様に。

それは、お金やメディアを通じてのグローバルではなく、
ローカルにある、音楽の在る時間の共有です。

http://moulstock.com/

ライアル・ワトソンLyall Watsonの »エレファントム »の象の足音の様に、
蛍やコオロギの集(すだ)く声に聞ける様に、
自然と呼ばれる現象には、地球上での同期を感じることができる。
むしろ、宇宙にある、地球で。
だから今日もどこかで、同じように風が吹いている。

冒頭は大慧宗杲の歌。著者 玄侑宗久氏『禅語遊心』から、の抜粋でした。
本日この御本を頂戴した次第にて、早速問答をしてみたり。

薫風や祈りのかぎり吹きにけり

だれかが奏でる音も、どこかでだれかとだれかが、
だれかと虫の音(ね)や風の音と、同期しているのかな。

5月31日に奏でる高野山の音も、そこに在る自然と戯れながら、
どこかのだれかに、届きます様に!

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バングラディッシュから、ブルターニュの小さな村にBaulが来てくれた、
ありがとう。

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大西洋のスズキはゲランドの塩と卵白を混ぜたCroute de Selにして焼く、
うまさ。

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ホタテ、牡蠣の季節は終わり、今ブルターニュは蟹がおいしい。

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今年9年目をむかえるブルターニュはBilliersという村のフェスティバル。
村民の庭を開放して音楽を奏でる。
演奏家の目の前に座っていた子供たちも、今やフェスを手伝う高校生になりました。

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立夏に鯉のぼり

いよいよ五月に入り、明日から暦では、夏。
穀雨は大地に恵みを、生きとし生きるものみな春暁から目覚め、
いよいよ力みなぎる時期に、入るのかな。
仲間がいなく、ひとりぽっちでかわいそうだけれど、
今が出番、わたしのミニ鯉のぼり、がんばって泳いでね。

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鯉のぼりひとり異国を泳ぎをり

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フランスのマテ貝は小ぶり、生もいいけれど、マリニエールも捨て難いのだ。

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今からが旬、バジルにミント、すくすく育ちます。

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この時期、どのビストロも競って白アスパラガス!

 

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花冷え=En avril, ne te découvre pas d’un fil

ステファン・ツァピス(piano)とのツアー出発間近にて、
リハーサルの日々が続くわけですが、
気分の高揚はパリの花冷えと比例して、
麗らかだったり、春雨だったり…
現実めいた失望と、希望ある幻想は
暑かったり、寒かったり、と決して安定せず。

ところで「花冷え」をフランス語で言えば
「 En avril, ne te découvre pas d’un fil 」
「四月は一枚も脱がぬ様に(直訳だと=糸さえも脱がぬ様に」
そして、五月になると、この諺はこう帰結します。
「 En mai, fais ce qu’il te plaît」
「五月は、あなたのお好きな様に」

この諺の内容は、季語でいう「花冷え」と同じで、
花(俳句で花=桜)盛る頃気分は高揚、
しかし一時的な冷え込む時期であるからして、
気をつけましょう、またはその現象を感慨として表現している。

一方で季節に咲く花を中心におく生命の行方、
一方で糸はあくまでの人間が紡いだ、人間の着るもの、
この二つの言葉、あるいは諺は、限りなく同義なのに、主人公は、違うのですね。

花冷えの午後人肌を探しをり

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ステファンのスタジオにて、アルメニアの曲の練習中。

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ミュージシャンにちゃんとご飯を食べさせるのも、わたしの一つの仕事。
ひよこ豆のスープは滋養に、チャワマの中身は野菜がたくさん。

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今日も飛行機雲

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なすはあまり栄養がないけれど、Tahinaゴマソースとフロマージュブロンで、味わい深く。

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無数の主体 innombrables sujets

長谷川祐子パリ講演会
「パフォーマンス性、空洞化する身体、日本の現代アートの予兆性」
Présages de l’art contemporain japonais

今回も間際の情報入手にて、拝聴。
文化庁からの任務であり、海外派遣型「文化交流使」の一環とのこと。
個人的には「アール・イマキュレ 希望の原理」の展覧会での彼女のお仕事が気になっていたり。
(アール・ブリュットとは一線を画する)

戦後敗戦の日本社会における父性喪失は、
その後の日本を代表する幼冲的な表現へと繋がる。
具体、実験工房、もの派、またFluxusから奈良美智における、
つねに海外との距離感、という軸をおきながら、しかし日本人のものの見方
を、聴講者であるフランス人に丁寧に説明していた姿が印象的だ。

日本の価値基準が往々に、海外での成功後の逆輸入という手法によって
形成されていることへの視点だったり。
日本の国の中に居る場合、個人的感覚への尊重、
または他者の »社会との関係性 »を表現する行為に対する興味の欠如、だったり。

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白髪一雄‬の三番叟(さんばそう)の作品画像

長谷川女史の今回の講演で、私にとっての白眉はこのフレーズ。
「欧米の文脈から日本のこの文脈がよみとりにくいのは、
自己と他者の明確な分離と一つの体系を中心にして文脈が形成されている構造ゆえである。
そしてもっとも重要な異なる点は主題、中心となるテーマ(主体)の欠落である。」

また、ドウルーズ・ガタリの「ミルプラトー」で示されたリゾームを例に
(特にフランスでの講演であるが故かな?)だした展開には唸った。

« 無数の主体 »という、現代をあらわす関係性と、Artを照らし合わす、
そいうった相対的な美術の捉え方ができると確信。

ひらめきを照らすセーヌ河春灯

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小林一茶「父の終焉日記」

長野に住む、俳人マブソン青眼さんから、彼が翻訳した、
小林一茶「父の終焉日記」献本いただきました。深謝。
浅緑が受け止める陽は日に日にかわるパリで、一茶のそれを読み綴る今日という日。

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生き残る我にかかるや草の露

Moi,je reste en vie
Avec la rosée des herbes
Tombée sur mes mains!

本が届いた日が、亡きEric Pittardの遺作となった
「危機に瀕した時、セックストーイをいかに使うか」の
DVD発売日であったことも、何かの因果かな。
こちらもれなく日本語字幕が入っていますので、
みなさんにご観覧頂ける日を、待ちながら…

http://boutique.blaqout.com/collections/nouveautes/products/de-l-usage-du-sextoy-en-temps-de-crise-1

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労働者と近代建築の間で

中庭を隔てた大家さんの家の壁が倒壊してかれこれ1年。
隣接する土地に巨大なマンションを建てる=地下駐車場をつくる、
ということで始まった先方の穴堀作戦は、
案の定地盤の緩いこの土地の怒りを買ってしまった。
もろもろの訴訟は権力を我が者に、の大手プロモーターが主導権を握り、
悲しくも我ら大家さんとわたしは、この工事を阻止できねまま、時は過ぎる。

目下この工事現場で労働に従事する男たちの歌が、15時頃になると聴こえてくる。
エンヤ~こ~ら~、の世界。
これこそが、人類の在りし姿、と思う。
工事現場の音は騒音は騒音、
でもその背後に働く男たちの美しい姿が、ある。


お兄さんたちの歌、内緒でフィールド録音しちゃった!

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朝露に 濡れた工事 現場かな

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シリアから、 ملفوف محشي マルフーフ・マハシー Malfouf mehchi

もうすぐ始まるパリ郊外の大きなフェスティバル Sons d’hiverへ出演するため
先日レバノンからパリに戻ってきたフルート奏者Naissam Jalalと、
彼女のお母さんからシリアの伝統料理を教わった。
もちろん、これはアラブ全土にある料理だけれど、彼女達の家に伝わる方法は、
それぞれの家庭の味、ということで、シリアのそれを挑戦。
日本語に訳せば、ご飯とお肉のロールキャベツ。
だけれど決定的な違いは、レモンとミント、そしてざくろのビネガーに、
羊のブイヨンを使うところではないだろうか。

・深い鍋に骨つき子羊を火にかけ、ゆっくりと脂がでてきたら水を入れ、
 灰汁を取りながらブイヨンにする。
・やわらかいキャベツを一枚一枚さっと湯通しし、芯を切り取り、水気を拭き取る。
・やはり子羊のひき肉を、お米と混ぜ合わせ、キャベツで細く包む。
・ブイヨンの鍋から肉を取り出し、トマトピューレ、塩、にんにく、
 オールスパイスを入れスープを作る。
・ブイヨンで使った肉+キャベツの芯の上に、巻いたものを隙間なく敷き詰める。
・敷き詰めた状態が浸るくらいにスープを入れる。
・レモンを絞り、ざくろのヴィネガーを入れる。
・乾燥ミントを振りかけ、後は煮詰めていく。

ナイサムは甲状腺疾患、アレルギーなどの理由で塩分を控えなければならないので、
塩は極力避ける。
しかしお肉から、野菜からの深い味が、かえって味わえるものだ。

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ナイサムが住むベイルート南部にあるアパートの目と鼻の先で、
つい最近爆撃があった時の、現地の状況を話してくれた。
この現実を聞いて、今日という日を生きることを、考えずには、いられない。

枯蔦や火飛ぶ哀しみアラベスク

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狩猟博物館〜三木成夫〜

フランスの博物館、美術館では、毎回毎回刺激的発見があるのですが、
展示の内容、というよりそれ自体の存在への発見、
の方が割を占めています。
というのは、「この分野を博物館にする!」という驚き。
例えばアルフォード獣医学校内のフラゴナール博物館や、トロワの道具博物館。
これが何ともアートになっているから面白い。
(日本は目黒の寄生虫博物館も負けてはいないが…アートかな?)

FBの功名か、様々な情報を随時キャッチできる、ただ今2000年代。
尊敬するサックス奏者、Jean-Charle Richard氏の
ソロコンサートの開催を間際に知り、向かった会場は、狩猟博物博物館。
ジビエGibier(狩猟鳥獣)を食す文化は、その過程をも文化にする、
ということ。そして文化の連鎖は音楽という文化に辿り着く。

この博物館の詳細は、http://www.mmm-ginza.org/museum/serialize/mont-back/0802/montalembert.html
に載っていますが、今回は特別展ということで、「猪の間」からはじまる、
コンテンポラリーアートと、狩猟(本物の剥製)の摩訶不思議な世界は、
Marion Laval-Jeantet et Benoît Manginのユニット
Art orienté objetからなるもの。
彼らArt orienté objetの、人類と動物、そして自然を介しての芸術的テーマは、

わたしたちが実存する条件を科学からの問いかけに対し、
それは生態学、という応えでアートを成立させている。

このコンセプト、そして展示を観ながら思い浮かんだのは、
我らが日本人、 »三木成夫 » !! の書籍による作品。

「胎児の世界」は、世界のバイブルに。
「内臓とこころ」は、世界の精神安定剤に。

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入り口にでは、Lee Ufan 李 禹煥が迎えてくれる。

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山に鳴る今年も猟期に入りけり

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食いしん坊180℃

凍空12月、は忙しさと並行して食欲も盛り上がり…
というのもイスラムの断食月とは真逆の
イエス・キリストの降誕祭=
消費(プレゼント)+暴飲暴食(シャンパン、フォアグラ…)…。
と表現すると乱暴ですね。失礼。
断食月だって、夜になるととてつもないごちそうが振る舞われる。
もちろん空腹の胃のために、日が沈んだ最初の食事には、
まず山羊のミルク、ナツメヤシ、ゆで卵、
という順番で食べ始めるのですが。
家族が集まり、降誕祭の名の通り、Crèche de Noëlと呼ばれる
降誕を再現するミニチュアが教会は必須、街のどこかしこに飾られますね。

ごちそうは、料理雑誌の中にも満載。
ということで、目下注目する料理雑誌「180℃」では雲丹を。
大小色々ありますが、雲丹をパリで求める限りは小ぶり、
なのでこのレシピ通りにすれば、美味しい部分は縮むばかり。
やはり生、が美味しいかな。

雲丹のウズラのココット
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そして、もう何年か前に、正統派な文面にレシピ、
だけれど意表をつく突く写真を発見。
特集であるChapon(去勢鶏)ばかりを撮影したその人は、
サックス吹きでもある、カメラマンのYutakaさん。
モードの写真を撮る方、という認識のもとで、
Régalというガストロノミー専門紙の特集記事を観た時の驚き。
と同時にChapon=年末のごちそう=鶏肉屋(volailler)さんに
並ぶ多種多様な鶏、そしてそれを吟味する師走の客の眼。
というフランスを象徴する風景に納得。
さて、Chaponを食す歴史的な意味はあるのだろうか?
いずれにせよ、西欧ではこの「鶏」は12月の季語に、
仲間入り、となるのではなかろうか。

母の目の 家族を思ふ 選ぶ鶏
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パスティス工場Anis Gras+スーフィー !?

フランスへ戻り早速のプロジェクトは、
かれこれ3年目を迎える、ベースのYoram率いる
Anti rubber brain factoryとモロッコのスーフィー教団楽士
ハマッチャHamadchaとの演奏をパリはアラブ世界研究所に控え、
レジデンスの日々。

http://www.arbf.fr/

レジデンス会場となる場所は、エリック・サティの住んでいたアルクイユ市にある
アートセンター。ここは以前Anis Gras社のパスティス蒸留酒工場であった。
建物の素晴らしさはもちろん、実験的なアートとしての試みを市は
今回のプロジェクトをサポートしてくれる。
そしてサティの時代からは変わらぬ社会党、現在はヨロッパ・エコロジー、緑の党。
コレクティブな精神をもつ住人が、土曜日には農家からの直販の野菜を買いにくる
姿も、微笑ましい。

ところで、日本ではパスティスというと、「ペルノ Perno」になるが、
フランスでの需要はもっぱら「Ricard」「Pastis 51」という銘柄。
といっても、この三種、実はPerno Ricardという会社内での銘柄なので、
出所は同じ様な気もしますが、甘みの度合いが、違うかな、白濁度合いも。
上記Anis Gras社のパスティスのものは、とてもクリアな色、さっぱりしています。
一昨年、断食月まっただ中で行なったモロッコでのレジデンスの際、オルリー空港で
パスティス2本を買い、フランス人たちとリハーサル終了後宿舎にて呑む、
という荒技をやってのけた、不謹慎極まりない自分を、思い出す…。

無事アラブ世界研究所での演奏は終わり、フィナーレとなるAnis Grasでの
演奏では、それはもう観客共々トランスに入り、2時間半の公演は終了。
しかも演奏終了後、朝5時まで、控え室兼食堂にて、
パーカッションのセッション。
叩けば叩くほど、ポリリズムの境地へ昇りゆくのでした。

イスラムの 音の昇りて 月冴ゆる

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旅と移動 -心臓が、不安で耐えられぬ日々-

秋冷覚える今日、11月はすぐそこに。
3~5年かけた自分勝手なプロジェクト、
「ブルキナファソの大地から、日本の大地へ」も、すぐ目の前に。
無事、トルコを経由して成田空港に、本当に彼らKaba-koは着くのだろうか。
頭をカリカリ、爪をガリガリ、
心臓は寒さが原因ではなく震え、
胃の辺りも痙攣の如くブルブル震え…いやはや。

Ky [キィ]のコンサートは京都は法然院、堺は海会寺と続き、そして今宵、
夜中まで録音の仕事を、続けている。
ツアーが始まる前にともかくやることはやった、と自分を言い聞かせ、
ラストスパートの仕事を続けるのみ。
もちろん眠る時間も、なにする時間もなく、しかし、
« のれそれ » や、 »山形の十四代 » の、味の感動を思い出しては生きた証とし、
明日、まずはムッサ・ヘマの到着と共に心臓の負担は軽減されたし。

鶴見俊輔氏にはまっている今、最新の河出書房新書のコレンクション第3弾は
いみじくも、「旅と移動」。
10月の丹後、北近畿タンゴ鉄道の車窓は秋雨に、
近鉄橿原は山々を背景に、9月から何度往復した事か、東海道新幹線の車窓には、
これ以上のスピードを求めませぬ。

旅と移動  -心臓が、不安で耐えられぬ日々- dans 俳句 haiku 2013-10-19-16.29.22-150x112
丹後由良安寿の居た日凪の海
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土壁の崩れし庭に柿のなる

フライヤー配りは、街の隅々までくまなく、
手にはタコ、腕はますます太く太くなり、
鞄が軽くなったと思えば、すぐさま古本屋さんにて
瀧口修造のこれは60年代?の、みすず書房からの一冊。
さて、録音機材、CD、フライヤー、PCに電源グッズ、歯ブラシに、
すこ〜しだけ服と下着を入れて、あとは楽器を担いで全財産。
明日はまた、移動の日々。

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2013-10-15-15.30.22-112x150 dans 音楽 musique

hounennin1-112x150

鹿の啼く茜の山を眺めをり

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