Archive pour 俳句 haiku

ラジャスタンからブルターニュへ

7世代に渡るシタール奏者として、また家族全員が演奏一家であり、
おそらく田森雅一氏の研究「近代インドにおける古典音楽の社会的世界とその変容 」
にも登場するであろう、移動する演奏者として
ラジャスタンとヨーロッパを行き来している、Amanat Ali Kawa。
中世の頃から漁村であるBilliersというブルターニュにある村でのフェス、
Moul Stockは今年いよいよ10年目。
500人近いこの村の人々がパリに、あるいはラジャスタンに行く不可能性は明白。
だから、4人の演奏者・歌い手は、ベルギー、ドイツ、フランス、ラジャスタンから、
今日この村に合流し、昼は村人の庭、そして夜はタブラとシタールのDUOから
徐々に盛り上がる音世界を披露してくれた。
当のわたしは、毎年演奏する側で参加しているが、今年は彼ら演奏家のお世話、
そしてエプロンをかぶって、
村人とブルターニュのビールを売る喜び、
ブルターニュ産の食べ物を作るよろこび、を経験。
地方に生きるこのシンプルな共同体に、多いに拍手!
 
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カルタールを奏でるサヴァン氏とハーモニウムのワヒッド氏

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この村フェスティバルの醍醐味、子供たちがかぶりつきで聴き入る!

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地元で採れた白インゲンを煮込む。5月の牡蠣はLaitierというミルク風味。

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お疲れさま!

夏きざす芝生に子等と音遊び

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ジャパトラと着物でsax

ジャパトラとは、二十五絃箏とお囃子、墨絵に語りというフォーマットで
民話、神話、日本の昔話を繰り広げるパフォーマンス集団
Japan traditional Arts Academyの略。
http://tomoyanakai.com/jtaa/
パリ、マドリード、バルセロナ、ローマと演奏を行なった彼らの姿に拍手。
それは、移動も然ることながら、奏者にとっては運命共同体である楽器の移動
その回数に、毎回の不安と苛立ちを見せず舞台に挑む姿。
各国の言葉で挨拶をし、会場の人々と談話する姿。
中国の筆、とフランス語に訳される墨絵の何たるかを、
参加者と行なう実技で体得する姿。
「異文化交流の〜」という言い古されたそれに一蹴りするに至る。
なぜなら、この場合、交流ではなく、両者真剣勝負だから。
急遽saxでの参加にあたり、事前の一人リハで譜面を頭に叩き込むも無念。
Gongにパーカッション、サックスにクラリネットを二つの手で操るも、
なぜに足を使えぬものかと歯を噛む思い。
しかし始めて着物をきて演奏する醍醐味を、味わった次第。

それにしても、女の演奏者はなんとも衣装に気をつかうことか。
サックスが華となり主役であるからには、ああ、私は黒子(黒衣)になりたい。

汗みどろ楽屋に着物脱ぎ滑す

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ジャパトラ番外編 Ky+中井智弥

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パリ日本文化会館の墨絵講座にて

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袖を連ねて着物女

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たんぽぽの家 アートセンターHANA

佐保川を越えて右に平城京跡、秋篠川を越えて左に薬師寺。
奈良駅前で見つけた自転車置き場にてレンタルサイクルを借り、
土地勘よき自分と高を括っていざ西ノ京へ向かうも、
唐招提寺からの坂道回り道ですったもんだ。
交番に寄ってようやく辿り着いた小高い丘の上に立つ「たんぽぽの家」には、
以前岡本太郎美術館での開催「岡本太郎とアール・ブリュット展」で観た時と
同じイマキュレな空間と、ここで活動=仕事をするダウン症の人々の
作品に包まれた場。

アール・イマキュレの名は、アウトサイダーアートやアートブリュットとは
一線を画しており、その差異とは、
後者を、主体在りとし社会あるいは対称という構造から生まれるアートか、
前者を、主体なき無垢という衝動による始源たるアートであるか。

奈良のこの地に彼らが働く(=というのも彼らのアートを自立性をもったものとして
ファブリック製品、あるいはテキスタイルの商品にする実質的場所。)ということの
土地の意味を、自転車で来たことによってわかった気がする。
この地自体が immaculate イマキュレと感じる故。

帰り、秋篠寺の伎芸天を想いながら、秋篠川を右手に山に向かって自転車を漕ぎ、
太古の昔、山には春を司る神霊=佐保姫がいたという思いを馳せながら、
佐保川を渡る。
川両側の桜並木の蕾が春を待っていた。

この地のどの山も、地球の上で繋がり連なっていると信じたい。

佐保姫や救ひ給ふネパールの民

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たんぽぽの家アートセンターのアトリエ内で

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薬の殻を集めて何万個!
摩訶不思議かっこいい作品に仕上がります。

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実際に靴下の柄となった作品。伊勢丹でも販売しているそうです。

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秋篠や 外山の里や 時雨らむ 生駒の岳に 雲のかかれる(西行)

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南仏・Erik Borjaの日本庭園

オブニー784号の特集で取材した南仏の日本庭園「Jardin Zen」は、
自然を見立てることを日本庭園の基本におきながらも、
ひたすらに「観る」ことにより、ものの本質から観る者の観念を取る
この修行のような行為を経て、彼の庭は「禅の庭」と名付けられた。
77年の京都の数十カ所におよぶ日本庭園訪問依頼、
元々造形作家であるがゆえに、彼にとっての作庭は芸術表現になる。
ひたすら謙虚に、プリンシパルのある、アーティスト。
そして真の食いしん坊は、御歳74歳にして毎日うまいごはんを自分で作っている。
アルジェリアで生まれ帰仏した彼はまた、真のピエノワールでもあり、
青春時代に得た、お母さんたちのそばで覚えた料理の数々。
アルジェリアのユダヤ人達のお祝い料理の面白さは、また格別の話だった。

7月5日には、この3ヘクタールある「禅の庭」にてKyのコンサートが開催されます。
自然の音と、楽器の音が庭の中にどのように漂うのか、
そして聴衆のみなさんと庭を共に歩きながら奏でる音はどこに飛んで行くのか。
心がどきどきします。

さて、彼のレシピからひとつ拝借。「真鱈のサルティン・ボッカ風」

-鱈を人数分に切り、塩胡椒、小麦粉をまぶしてオリーズオイルで焼き色を付け、
白ワインで軽くフランベ。
-グラタン皿に鱈を並べてサフランを振りかける。
-生ハムを鱈の上にのせ、オーブンで15分。

フランス料理では海のものと肉を一つの料理の中に入れることは
あまりしないけれど、真鱈の淡白な味と、まぶした小麦粉に生ハムの旨味が
染みいる、うまさ。

ovniの記事はこちらから→www.ovninavi.com/784sp

禅庭や小さな宇宙春の匂

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枯山水にインスピレーションを受けて作った庭に佇むエリックさん。

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南仏の陽光が入る台所は気持ちのよいものだ。

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サフランが鱈の白身に栄える。

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アシスタントの家族、皆で囲む食卓というしあわせ。

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路上演奏・パリ日本館

日本から届いたCDは、高木元輝さんと加古隆さん率いるカルテット76年の録音。
ユニバーサルから再版されたこの作品は、時期を今にして春たけなわの4月に
録音されたそうだ。ものみな芽吹く、今に。

2015年のパリの街角、サンジェルマンデュプレでは二人の男がピアノを弾いている。
音は時空を越えて、今日もどこかで誰かが奏でる、聴いている。
そういう世界がわたしたちには、あるようだ。

清明に包まれし音の巴里の街

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ベンガルの刺繍・日本のフリージャズ

今やどこでにいても、少しの電気と、少しの機材があれば、
録音はいとも簡単に、できる。
少しの耳の技術と、そしてなにより良い音があれば。
4月8日に発売される「今、日本のフリージャズを聴く」と題された、
70年代に録音された作品の再リリースを迎えるにあたり、
「高木元輝・加古隆/パリ日本館コンサート」のライナーノートを書いた。
スタッフが運んだであろう、マイクや録音機。その当時の音から、
匂い立つ機材の香りを嗅ぐことができる。
加古さんと高木さん、そしてロン・ピットナーとケント・カータの音を支える、
彼ら演奏者の前に陣取る録音技師の想いが、伝わってくる作品、だと思う。
もちろん当人の演奏があってのコンサートという出来事である。

インドはベンガル地方に残る女の仕事、「カンタ」。
魅惑の刺繍の愛らしさといったら。
こういう人間の成す営みを、柳宗悦的にいうならば「民藝」と呼ぶのだろう。
しかしもっと根源的な愛情を感じることができる。
こういう人間の成す営みに小さなスポットを当てる、
無印良品「MUJI」というコンセプト。
購買意欲をそそる商品がずらっと並ぶその奥に、「Atelier MUJI」という
小さなスペースに、このベンガルから来た刺繍布カンタが佇んでいる。
やさしい空気が、そこにあります。

いずれも、手仕事として何かを残す、という作業に、
なぜもこんなにわたしたちは魅かれるのだろう。

一日の仕事を終えて春の暮

「ベンガルのたなごころ、彼女たちの針仕事」と題した展示は4月22日まで有楽町のATELIER MUJIにて。
http://www.muji.net/lab/ateliermuji/exhibition/150306.html

「今、日本のフリージャズを聴く」のシリーズは→http://www.universal-music.co.jp/japan-free-jazz/product/pocs-9347/

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北半球に、迎春花

延びれば延びるほど、根本は花を失い、枝先にはたわわな黄色い花。
中国で迎春花、日本で臘梅。
日本の至るところに、可愛らしい梅がぽつぽつと咲き始めている。
パリの草木は、もう少し辛抱。
目的場所へ行くもその場所は閉まっていたり、
試験中で入れなかったり、待ち人現れぬ、だったり、
しかしその道中、梅、梅、梅が春を迎えてくれる。
そしてその芳香は、生きる喜びを与えて、くれる。
お水取りの後には春がやってくる。の言葉通り、北半球は今、春を迎える頃。

月刊「俳壇」にて1頁目に「NY/Paris 二都物語」と題した四季の俳句を、
NY在住の俳人・月野ぽぽなさん(奇数月)と手前(偶数月)で寄稿しています。

春愁や回教の友祈りをり

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どこのモスクでしょうか?

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ベルビル界隈にあるモスク前で雑貨屋を営むチュニジア人のおじさん。
故郷を想う、今日という日。

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スターリングラード駅<

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趣味=牡蠣剥き

幼少の頃の想い出に対して、誰でも懐古的になるもので、
そこに季節感が加わればなお具体的なこととして鮮明に思いだすもので。
冬といえば、わたしにとってはやはり牡蠣。
伊勢志摩の的矢の牡蠣しか知らなかったのだけれど、こちらフランスにおいては
その種類を楽しむと共に、牡蠣を剥く楽しみを覚えたからには、
冬の趣味=牡蠣剥き、とするべきか。
ひとつの想い出に母が何十個という牡蠣を剥いていた姿に、重なるものだ。

喜びを分つ役目に牡蠣割女

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ブルターニュの牡蠣はブロン(ヒラガキ)が旨い!

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昨年取材した牡蠣養殖業者さん。記事は→http://www.ovninavi.com/756sp

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残り7日で10公演!?

ツアー中の仕事は、一に連絡、二に洗濯、三四がなくて
五にキヨーレオピン投与。とまあ常軌を逸した今回の過酷ツアー(笑)最終版、
昨日は高田上越「世界館」へお越し下さったお客さまは、
北は秋田、東は富士山、海外からはフィンランド、と全国から
多くの方々がこの古きよき映画館に集まってくださいました。
深謝。
炭坑夫の映画では、彼ら自身で得てゆく労働条件改善の過程、
そして安全性の獲得。がメインとなり撮られているのですが、
これ、まさにKyのツアーにあてはまるわけで、
24時間労働(自分)+組合員(某ギター奏者)からはストライキ直前!(笑)

人生小波大波、出会いの結晶に、感謝。
まだまだ行きまっせ〜!ツアー士気は加速中。
残りの公演、お見逃し無く。

山々を越えて日本の冬浅し

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先日地震のあった長野北部を目指し…

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しなのは中野、中山晋平をたずねて。
この時代の日本に、楽譜+絵画本という豪華版があったのですね!

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うれしき高田の映画館、世界館での演奏。
ロビーで待つお客さんの入りもいい感じに

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ツアー前はいつも、徹夜録音+料理教室

ああ、成田空港に幾度お世話になっていることやら。
着陸する飛行機の中でいつも、ここで闘われた、ある現実を想像し、
そしてその結果にある滑走路を使う者としていつも、胸が傷み、しかし使い続けるという矛盾。
毎度おなじみ出発前はパリで徹夜録音をし、
(なぜかいつも映画関係の仕事はツアーが始まる直前に依頼が来るのだ)
音源をパソコンに詰め込んで、編集はツアーの合間に。

前々日の個人宅での料理教室はプロも主婦も食への興味溢れる4人と仲良く家庭料理を。
茶碗蒸しはやはり出汁が命。南蛮漬けはどこでも好評。
あとはお寿司などなどウケもいいものを。

さてさて、2014年のツアーがいよいよ始まり、
紅葉たけなわの河口湖の初日、それは色々な所から皆聴きに駆けつけてくれる。
感謝。

陽ののぼる国に辿りて秋を知る

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録音終了は朝5時終了。これから荷造り…

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木屋の包丁はよく切れるのです。

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白夜の国から緯度低き陽を追い求めて搭乗

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東京は、光に溢れきっているね

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だってやっぱり岡本太郎

日本に滞在する度に、できるだけ寄る所があるのです。
それは川崎にある、岡本太郎美術館。
「母の塔」の下で、何度と音の精をみたことでしょうか。
なんていうと、ちょっと妙な発言かな。
セコイア杉の間を抜けて、ひとり頭上を仰げば、
この地が枡形山であったと気づき、この地多摩丘陵、の上で
太古の昔から人々が息づいていたのだなあ、とひとりつぶやく次第。

企画展である、「岡本太郎とアール・ブリュット-生の芸術の地平へ」
で得た感覚は、純粋性そのものに触れたような、
肯定的なまあるいボールを抱きかかえる様な、気分になったわけで。
おもわず館内カフェで、メロンソーダを飲み、覚えたての感覚を反復し味わう。

そして、1999年に刊行された岡本太郎による「美しく怒れ」の、
ユーモアにして痛快な、ワクワクするような文章に、
少し力をもらっている今日この頃、です。

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10月5日までだそうです。

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こんにちは

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行く夏の木立に径を見つけをり

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1954年生まれ! ブルゴーニュに集合

54年生まれのお祝いの演奏は、
60歳を迎え、なお仕事に励むフランスの友人たちへ。
私の主治医はじめ、映画編集者、インテリアデザイナーに歴史の先生、
主婦もいれば未亡人も。すべて女性であるのも、面白く心強い。
なかでも歴史の先生フロランスの旦那様はブルンジの方。
お子さんが生まれてから母国に帰ろうとしていた時、
ツチ族により大統領が暗殺を機にブルンジ内戦が起り、
フランスに留まらざるを得なかったと。
ネストールさんの、東アフリカ特有のチャコール色の美しい肌、
華奢なからだからはどことなく愁いを感じる。
母国を想い、抗うにも何に対して抗うのか….

楽器を車に積んで、ヨハネの黙示録のタペストリーで有名なAngersから
東へフランスを横断。
白ワインがうまいVezelay辺りからブルゴーニュに入る、
すると景色は連なる葡萄畑の丘。
小さな教会がある村から村へ、途中ロワール河の岸で休み、
すれ違う車もない道を走る。
遠くに見える断崖はブルゴーニュ産の良質な石切り場だ。

普段はパリに住む彼女たちの田舎の家々は、農家を改造した、
工夫にあふれるインテリアに。そして村の人々との共同体という意識を
しっかりと持ち、野菜は庭で、肉製品は週に一回村に来るトラックで、
チーズやワインは隣村の酪農、ワイン製造業者から。
庭のりんごはもう赤くなりはじめ、ミラベルはちょうど食べごろ、
ラズベリーやプラムとジャム作りに精が出る。
おおよそ50名ほど集まり、ラベルのないシャンパーニュは
友人の友人がつてで入手した、都会では味わえない、味。
ヴァイオリン、ギター、サックス、ベンガルの歌手による即興演奏は、
朝4時まで続く。
翌日は村に住む人々の家に招かれ、一杯、自慢の畑で二杯、庭で休憩三杯…
うまいワインと食事でたっぽたぽになった腹と楽器を抱えて乗った列車。
帰りの車窓から見える、ブルゴーニュの刈られた麦畑は秋の予感。

麦跡を車窓に追ひし秋の色

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宴の後、静寂午前5時

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パーティの翌朝でも庭には洗濯物が

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1954年生まれ!

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50人分のクスクスを作った台所

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ルーアンのアラファト、モントルイユのジョレス

-毎日が抗ひて今日平和祭-

フランスの夏のカフェはどこもかしこもテラスをだして、
日が暮れる夜10時頃までグラス片手にアペリティフ。
この時期の演奏は屋外が多く、地方へ行くことも多々。
Jazz A Partという地方ラジオ番組を10年間続け、同名のジャズフェスを立ち上げ、
今はDon Cherryを主人公にした物語を書いているというピエールに声をかけてもら
い、今日の演奏場所はパリから電車で1時間30分、ノルマンディーの海岸へ行くに
必ず通過する街ルーアン、の市役所の前の広場。
機材、PA、サウンドチェックに準備は進み、楽屋は市役所の横のカフェ、
だから観客から声をかけられ、一杯おごられ、CDを買ってもらい、
演奏後も人と接することの楽しさ、が味わえる。
そしてそのはす向かいに居るのは…要するに市役所の目の前、
という位置にいるのは、アラファト!
そう、ここはフランス共産党の事務所なのだ。
ノルマンディーらしい木組みの小さな家には、今は亡きアラファトYasser Arafatが
L’Humanité(Jean Jaurèsが1904年創刊した共産党寄りの日刊紙)の表紙を
飾っている。

そして、いみじくも今年はJean Jaurèsが、モンマルトル通りのCafé du Croissanで
国家主義者に暗殺されて、100年。
彼が第一次世界大戦に反対していたことは言うに及ばず。

地方での演奏を終えて、我街モントルイユに戻ると、市役所前の広場を会場とした、
Jaurèsを偲ぶ野外展覧会が行なわれていた。
当時の政治、情勢を写真などの資料と、そして音声(当時の電車の音、街のざわめき)が広場に鳴る、もちろん、ジョレスの声も!

ここモントルイユは第二のバマコ、広場のベンチでは、
マリのお兄ちゃんたちが仲間とジャンベを叩いていた。ジョレスの声をバックに!
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演奏会場のはす向かいには、アラファト議長が

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演奏が終わり、皆またテラスで飲み始める

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Jean Jaurèsの物語が広場に

フリーペーパーovniによるルーアンとジョレスの特集はこちらから

「ルーアン、尽きない魅力」
http://www.ilyfunet.com/ovni/par-ci-par-la/voyage/652_sp.html
「ジョレスはヘビー級の雄弁家だった」
http://www.ovninavi.com/768sp01

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ヨガりながら演奏!?

瞑想を主とする本来のヨガ、またはハタヨガ、
シャドーヨガなどその種類は枚挙にいとまがなく。
ここブルターニュはサンマロから80kmGAUSSON村でのスタージュでは、
そのどれをも取り入れたヨガ。
インドに渡り、ヨガの手法を習得、スタージュのまとめ役を担う
パスカルからの依頼で、音を担当することになり、不肖ながら私もヨガに参加。
日入り、日没、休憩中、食後に演奏。
中でも興味深いのが、瞑想中に、空気の音(!?)と共鳴する息の音、
または楽器から発せられる音、というコンセプトでの演奏。
目に見える効果を期待するのではなく、内にある「何か」に
耳を傾ける機会となった次第。

ここでパスカルのパートナー、クリスティーヌがスタージュ中に
作った野菜中心の料理で、印象に残ったレシピ3点

☆蕪のグラタン
蕪4個の皮を剥き、食べやすい大きさに切り軽く蒸す。
その蕪を少量のオリーズで炒め、塩こしょう、ターメリック、
クミンパウダーを入れて焼き炒めつける。
グラタン皿に移し、カンタルチーズ(エレメンタルチーズでは味がぼやける)
を散し、200℃のオーブンで食べる直前に10分加熱。(2人分)

真っ白い蕪、ピンと立ったその葉を市場で見ると、真っ先に蕪のべったら漬け、
葉は塩で揉んで重りを乗せ、翌日たっぷりの炒りごまと一滴の醤油で食す幸せを
味わいたくなる。
しかしこのシンプルさは自宅での一人の喜びにとっておき、こちらは18名。
オーブンで一気にできるこのレシピは大人数の時に便利。

☆根セロリのピュレ
根セロリ(一玉約400g) は厚めに皮を剥き、被る程度の水、
粗く切った玉ねぎ半分、ジャガイモ1個、同様にニンニク一片を入れ茹でる。
ゆであがったらお湯を切り、茹でた野菜に塩少々、ごまを加えてミキサーで撹拌し、
ピュレの出来上がり。ニンニクが入ることにより食べごたえのあるピュレとなる。
野菜を茹でたお湯は野菜のブイヨンとなっているので塩を加えたらスープになる!
また、スパイスを加えたり、根セロリをにんじんに転用するなど、
アレンジも楽しい。(8人分)

☆レンズ豆の温サラダ
レンズ豆をよく洗い、一晩水につけて、翌日鍋のまま煮る。
(塩を最初から入れると煮る時間が遅くなるので最後に)
別途でソース=紫玉ねぎを薄くスライス、オリーブオイル、塩、胡椒、
ワインヴィネガー、マスタードを混ぜる。
穴の空いたお玉で皿にレンズ豆を盛り、各自ソースをかける。

通常ソースごと煮る、または豚の塩漬けと煮込むが、ソースを後からかけることに
よって、レンズ豆自体を味わえる+銘々でソースの量を加減できる+玉ねぎの食感が程よい。という三拍子の巧妙。
豆料理は世界各地、人類が生み出した食べ物で私たち先祖を救ってきたと思う。

-三伏やヨガ道場に寝そべりぬ-

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休憩中の演奏は、途中眠りを誘う音となり…

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くったりと炊き過ぎないポロ葱の温サラダもなかなか

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粟、液体豆腐、グレープフルーツのグラタンなど
食材を料理に仕立てるセンス抜群のクリスティーヌ

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隣に座る、パレスチナの女性

数年前、フランス滞在許可書の更新にあたり、
18区の移民局施設内で講習会を受けた際のこと。
当然移民ばかりなので、まずは講師は集まった人々に国籍をたずねる。
イラン人、ウクライナ人、マグレブ、カメルーン…、日本人、の私の隣の女性が、
「わたしはパレスチナから来ました」と。
すると講師は、
「ようこそフランスへ、さぞ大変でしたでしょう…」
そして講習会の教室にいる皆は、彼女を拍手で迎えた。

心にある私たち講習生それぞれの感情は、自分達だってここフランスでは移民
であり、彼女の存在する背景 »パレスチナ »に、何もすることが出来ない、
という分かりきった悔しさと共に、だけれど 「今」という
同じこの時を分つ者として、拍手で迎えたのだと、思う。

先日、シリア人フルーティストのナイサムが、友人でパレスチナ人のアムロに
会わせてくれた。
一昨々日フランスに着いたばかりだという。
ただ、パレスチナ人という国籍(パスポート)はどこにも、ない。
だからアムロはイランのパスポートでフランスに来ることができたそうだ。
パスポートを取得して8年、レバノンでの生活、そしてフランスへ。
誰もその地(パレスチナ)を離れたくなく、しかし流浪の民としての、運命。

無力を前に、でも、せめて隣に座った人がパレスチナ人であれば、
労いたい。それがたった数時間の時間の共有だとしても。
この行為を、人は偽善と呼べはしない。

夏の月オリーブの丘彷徨ひぬ

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イスラエルの地図に、パレスチナは存在しない、
そしてレバノン、シリアにはその存在が地図になっている

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ナイサムが肌身離さずつけている、
パレスチナとアラブ語の表記の首飾り

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Joe Saccoの名著であるマンガ
GAZA 1956

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ラマダン終了!

1ヶ月にわたるラマダンが、新月27日の今日終わろうとしている。
11区のアラブ街、正装した若者たちが嬉々とした表情で町を歩いている。
きっと友人達とねぎらいのパーティーに向かっているのだろう。
きっとどこのイスラム諸国も、この事象に同期しているに違いない、
パレスチナでも….と願う。
2年前、ちょうどラマダンのまっただ中にモロッコでの演奏ツアーを行い、
エッサウィラに住むスーフィー教団、ハマッチャと約2週間、寝起きを共に、
演奏をした。
彼らとの音楽漬けの日々が、ラマダンの時期と重なることで、
音楽その在り方を考思していた、といってもリハーサル+演奏することによって、
頭の思考は楽器を吹くことで自由を得、この自由の方がよっぽど私の小さなおつむを
駆使するより、性に合っている、と実感。

当方アラブ語を話せないので、会話はフランス語。
定型に慣れてしまったフランスでの会話=生活。
ハマッチャの楽士と会話をする度に、環境と言葉の関係性を見失ってはいけないのだ、とつくづく思う。
言語は、その土地で姿形を変え、順応に、生きる営みの中に根を下ろす。

このハマッチャ楽士たちが、今年もパリのアラブ世界研究所に来て、
一緒に演奏できる、この喜び。

ムエジン muezzin(各モスケで祈りを呼びかける者)の、
淡々と月の動きに寄り添った、確信的でまっすぐな声を想像し、ハマッチャ、
そして遠いパレスチナの人々彼らの事を想って、今日も月を見上げるとしよう。

新月や盛夏の夜に探しをり

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日没直前サウンドチェック

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エッサウィラの広場にて
ラマダン期は日没になったら、音楽を奏でていいのだ。

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ラマダン中でも、陽が沈めば、皆で食事。
山羊の牛乳とナツメヤシから、はじめましょうね。

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素焼きに山羊の皮と糸を一緒に張ることによって、
« ビリビリ »、という音”さわり »の音響になる、タリージャ

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エジプト カイロから 其の壱 三位一体 !?

遅ればせながらの報告として。
6月、日本から帰国、すぐにエジプトへ発ち、現地エジプトのヒップホップ、
ラッパー、そしてコートジボワール、レバノン、ベラルーシのミュージシャンに
+Kyという出で立ちでリハ開始。
レバノン同様、不定期だけれど定期的に停電。
12曲のレパートリーをさらい、立ち位置はベースの隣、ということで譜面台を
アンプのかげに隠れるように配置、で音符をカンニング!
ベラルーシ人の驚異的ビートボックスがグルーヴする中で、リフを譜面
みながら演奏なんて格好悪くてできない!なんていきがっていたけれども、
全曲のリフ、覚えられませんでした…。

さて、停電中はスタジオの外にあるジュース屋さんにて、西瓜の生絞り、
はたまたマンゴー、あるいはサトウキビの生絞りを各々道端で飲み、あぁ生き返る。

カイロ到着その日に地下鉄数カ所にて爆破テロ。緊張が街中にはしるも、
道端でターメイヤ(空豆の揚げ物)を売る露店、相乗りバス、市井の人は
日常のリズムのまま、過ごしてる。こちらは一応、移動はタクシーのみにし、
街にある看板に目をやれば、そう、ラマダン断食月が始まろうとしている。

母国を離れ、今は福島に住む知人エジプト人と日本人の夫婦が、
「断食月はエジプトで過ごしす方が、好きだな」といった想いには、
共通の価値観の中で、言わずもがな意思伝達の可能な同胞、ウンマの中で、
過ごす郷愁、または懐郷を感じさせる。
この意思の疎通=伝達を、「コミュニケーション」と人は呼ぶのだけれど、
コミュニケーションの語意をラテン語から辿ると、
「communis=共有の」そして「communio=誰かと通じる」、となる。

ここで突如「三位一体」を取り上げるのはおかしな発想だけれど、
ラテン語の発祥時期とキリスト教の時代を照らし合わせながら、
後者の用語である「聖体拝領、または聖餐式」を紐解くと、「communion 」
という語彙が登場する。
ここでいう聖体はイエス・キリストなのだけれど、「communion 」の語意は
やはり「共有の、交流、親交」となる。
さて、では誰とcommunionが行なわれるのか、となると上記場合は父・子・聖霊
=三位一体と当人。

只今ラマダンのまっただ中、をする人々にとっての、その位格とは、
Allāhアッラーなんだ。そしてもちろん、ウンマummaとは=共同体。

片陰に乞う金曜日モスクかな

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現在のタハリール広場

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街のジュース屋さん

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リハの最中、一息

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「この国のかたち」

統帥権、を振りかざしたその者は、魔法使いになりたかったのかな。
もし統帥機関の彼、彼らの様に再びこの魔法の杖を振りかざす者がいるならば、
鶴見俊輔が掲記する「ゲド戦記」のくだりを参考にしたほうがいいと思う。

「長(おさ)は、またこの技術が多くの危険をはらんでいることを語り、
なかでも魔法使いが自分の姿を変える時には自らの呪文から逃れられなくなる
危険を覚悟しなければならないと注意した。」
魔法を超法規として、補弼(ほひつ)という任務に伴う »責任 »に対し、
統帥権はそうでない、
と言いきった本、「統帥網領・統帥参考」(昭和3年、昭和7年発行)の
運命は→戦後一切焼却、だったという。

責任回避どころか、どこかの国に飛んで行ってしまった、ある会社組織の長で
あった者達の姿に重なる。

「この国のかたち」は、司馬遼太郎による毎月書かれた随筆。
その大正生まれの司馬遼太郎が、明治維新以降の日本のある姿を表現する時、
こんな面白い行がある。
「もし日本じたいの「近代」の要素(または風土)の上に欧米の近代を接木を
したれば、ずいぶんおもしろいことになったはずである。」

風土が異なるのに、欧米のそれ(近代)をそのままこの地で活用することは、
実に無理が生じる。思想然り、食物然り…
日本で、汗をかいた赤ワイン=(赤ワインを冷やして飲む!?!?) のボトルを見た時、
ワインの流儀には反するが、日本的飲み方の解釈に微笑ましい感情を覚えた。
そして諧謔的(開発当人は本気そのものだろうが)ワインは「赤玉ポートワイン」!
という姿に変え、見事に接木に成功している!

ひとつの例に、GEから輸入され「そのまま」使用した原子力発電の機械の
その後の姿はどうだろう。

「生」の淵源に真っ向から立ち返るべく危機感を抱いている、
「生」という生物的湿度をもったアジアにおいて、乾燥した土地からの思想的または
経済的云々を鵜呑みにし、国の在り方に取り入れても、いずれにせよ立ち位置が
異なるのだから、相容れない。

一部が求めるリーダシップという名の魔法使い。
成熟した魔法使いを求めるのか、求める側が成熟した魔法使いに育てるのか。
ここでいう「成熟」とは、中井久夫の言葉を借りれば
「退行の泉に湯浴みして、もとのところに帰ってこられるもの」

もう一度「ゲド戦記」からの抜粋を。
「魔法というのは、その土地土地と密接にかかわりあっているという意味なんだ」

大暑の地智行を誉れ生き抜いて [麻紀]

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実っております、佐渡の棚田

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感謝、そして続く音の旅

ブルターニュ~タジギスタン~日本のツアー、まだまだ続くけれど、
一つの山を越えました。
それは高野山。
ご縁を辿り手繰り、蓮に見立てたその空中の世界は、空海が開創した、高野山。
予定通り、限定160席は、本当に160名+スタッフの方々に聴いていただくことができました。
この一連のツアーに尽力頂いた皆様、本当にありがとうございました。
一人一人のお顔、表情、電話でのやり取りなど、私が普段日本に居ないが為に気苦労おかけした部分、お詫びすると同時に、
共同作業の先に、音の結晶(高野に響く鳥の囀、草花の風にななびく音、空気の気)
を皆で聴く事のできた喜びは、一入です。
公演に2回も足を運んで下さったり、10時間かけて高野山までお越し下さったり、
目に見えない部分でのサポート等、
本当に、ありがとうございました。

誰がために響かせ山に薄暑の音

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楽器を持って横浜から名古屋へ移動

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横浜は老舗ジャズクラブ「Dolphy」にて

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ステファンを無事関空へと送り届けます。同時にパーカッションのトマをピックアップ!

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金剛峯寺 奥殿にて開場30分前、余念なくサウンドチェック!

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和歌山港から徳島港へフェリーで移動。巨石の棲む淡路島へ上陸です。

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同期 synchronisme

風は息 虚空(こくう)は心 日は眼(まなこ) 海山かけて我が身なりけり

ブルターニュのMoul Stockというフェスティバルに出演した
ミュージシャンが奏でる音や、声は、
世界の小さな村々でシンクロナイズしていたように感じました。
まるでアザーンが空に響き渡る様に。

それは、お金やメディアを通じてのグローバルではなく、
ローカルにある、音楽の在る時間の共有です。

http://moulstock.com/

ライアル・ワトソンLyall Watsonの »エレファントム »の象の足音の様に、
蛍やコオロギの集(すだ)く声に聞ける様に、
自然と呼ばれる現象には、地球上での同期を感じることができる。
むしろ、宇宙にある、地球で。
だから今日もどこかで、同じように風が吹いている。

冒頭は大慧宗杲の歌。著者 玄侑宗久氏『禅語遊心』から、の抜粋でした。
本日この御本を頂戴した次第にて、早速問答をしてみたり。

薫風や祈りのかぎり吹きにけり

だれかが奏でる音も、どこかでだれかとだれかが、
だれかと虫の音(ね)や風の音と、同期しているのかな。

5月31日に奏でる高野山の音も、そこに在る自然と戯れながら、
どこかのだれかに、届きます様に!

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バングラディッシュから、ブルターニュの小さな村にBaulが来てくれた、
ありがとう。

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大西洋のスズキはゲランドの塩と卵白を混ぜたCroute de Selにして焼く、
うまさ。

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ホタテ、牡蠣の季節は終わり、今ブルターニュは蟹がおいしい。

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今年9年目をむかえるブルターニュはBilliersという村のフェスティバル。
村民の庭を開放して音楽を奏でる。
演奏家の目の前に座っていた子供たちも、今やフェスを手伝う高校生になりました。

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