Archive pour あーと art

それではまずは北海道から

Ky 10周年ツアー in Japan
なにせ1ヶ月で24公演なので移動-機材設営-演奏-食事-就寝-洗面所-移動
の繰り返しにて »狂気のツアー »と関係者の間では呼ばれておりました。
よって各地で何が起こっていたのか、訥々とご報告したく候。

出会いは機縁となり、札幌は「たべるとくらしの研究所」。
お店の名前がいいですよね。
店の名前というよりは、生きる思想がそのまま名前になったようです。
この研究所の母体となる安斎果樹園の何代目でしょうか、安斎伸也さんは、
そう、福島から札幌に移り、家族と共に根をこの地に張り、そしてこの地の人と、
色々な人が行き交う場を提供してくれます。
この日はなんと室蘭から車で2時間かけて、あるいは函館から、
岩見沢、余市からと駆けつけてくださったお客様に感謝。

翌日蕎麦好き一行は、同行人ゆうじさんが前から気になっていたという
「たぐと」へ。
そば打ち人のオーナーは、身体の様々な苦難を越え、
岐阜は下呂から札幌に移り蕎麦屋を営んでいるそうな。
いやはや好きなことを全うする意思の強さが、
真っ白い、うまい蕎麦となるのでしょう。
目指すは滝川は興禅寺。
福島の岩屋寺での出会いとなったご住職の芳村さんのアイデアが光る本堂
今宵は満員御礼也。
助っ人に近隣のお坊さんもお手伝いに来て下さり、
ノースファームチーズ、北菓楼、地元のりんごジュースに
ローカル色満載なお寺は鮮やかな宵となりました。
翌朝、昨夜の宴は何処へ、袈裟に身を正した僧侶お三方の凛々しさといったら。
今日もだれかの、だれかへ届くお経を詠まれるのでしょうね。

さて、紋別と行きましょう。
オホーツクですね。漁師の匂いがぷんぷんする、かっこすぎる港街には、
やはり花街があって、同伴出勤する子や、赤提灯が路地の路地の路地の
奥にある様子にホッとします。
さて、今宵のお客様はなんと6人!
でも、温泉に入って身体は軽く、オホーツクの海とそれを見下ろす山の樹々の
息を吸って気分も軽く。
遊び気分の音は弾んでいた様な気がします。
演奏後の初運転前に仮眠、と思いきや起きたら零時を過ぎている!
おっといけない運転手を待っているご一行の杯が進んでいました。

左にサロマ湖を見ながら、海岸線にはホタテの殻。
常呂(トコロ)と美幌(ビホロ)を抜けたら、ここは網走です。
なんといっても天都山頂にある道立北方博物館には
必ずや行かれることをお勧めします。
なぜか?それは、人々が生きて生きた姿が、音と共にあるからです。
人類に歴史に音の記憶はいらないかもしれませんが、それでも、身体から出る音や、
動物と会話する音や、精霊を呼び起こす音って、ちょっと魅力的ですね。
映像資料、モノの資料、おもしろくっておかしくって、
愛らしい人々の足跡を感じることができます。
お昼は網走で讃岐うどん…?
訳があるのです。
他者との関係性に無関心でいい。無関心ではいられない。
この両者の違いは明らかです。この両者を前にして
わたしたちはどんなジャッジもできません。
後者の場合、無関心でいられないこの人は讃岐うどん屋さんをすることで
関係を作った人のことです。
なんだか頓知のようですが、早い話身体障害者の人々の働く場所として
成り立っているこのうどん屋で見た北海道を中心にした地図、
この地図が店の入り口に貼ってあったことにより、ものごとをどう捉え見るか、
それにより世界は宇宙になる気がします。
経営者の打越さんと、ここで働く人たちが生活する宿で演奏後の宴となり、
そこで登場したものとは!

壱)美幌出身の山口昌男さんのサイン本。
(これを見せてくださった打越さんの目尻、緩んでいましたね。)
弐)MDに収録された、山口昌男さんの母校の校歌、それは谷川俊太郎さんによるもの。

弐)に関しては谷川さんのご子息を通して必ずやお手元に届ける約束となりました。

網走から余市??北海道を一気に横断です。
そして着いた夜に演奏。やはり演奏者の日々が体力勝負!
ここになんと、札幌公演にいらした方が3度目の参加となり、
それはもう盛り上がりました。
そしてこの日はたまげてしまうほどの18歳の津軽三味線奏者との共演となる。
この津軽三味線奏者、浅尾強嗣君の演奏は、12月1日に渋谷はサラヴァ東京で聴くことが出来ます。
もちろんKyと一緒に、そしてリングに立つ競演者は! 
ブルキナファソ代表Moussa Hema ムッサ・ヘマ <<<<<<☆

引続き皆様のご来場、お待ち申し上げております。

北海道のみなさん、ありがとうございました!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
紋別にてタイヤに釘が刺さっていることを発見!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
北海道を中心にした地図。”北”ってものごとの”上”ではないんだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
北海道立北方博物館

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
敗者学のすすめ-山口昌男-

Commentaires

Ky -10e anniversaire – Tour du Japon 2016

ー Ky 誕生10年、そして音世界の旅は続く ー

それでは、丸一ヶ月、24公演の旅に行って参ります。

10月6日(木) 札幌  たべるとくらしの研究所
10月7日(金) 滝川  興禅寺        
10月8日(土) 紋別  ヨガカフェ・オルオル 
10月9日(日) 網走  網走市役所北コミュニティーセンター 
10月10日(月) 余市  余市テラス 
10月13日(金) 秋田 秋田公立美術大学 「旅する音楽」講演+ミニコンサート
10月14日(金) 秋田 café pour deux  
10月15日(土) 潟上 たそがれファーム収穫祭
10月16日(日) 小田原 うつわ菜の花 森岡由利子 個展
10月17日(月) 那覇 Le gombo
10月21日(金) 長岡  gallary mu-an 
10月22日(土) 新潟 新潟県政記念館
10月24日(月) 下北沢 B&B 「旅する音楽」出版記念トーク/ゲスト:ドリアン助川
10月25日(火) 名古屋 天白小劇場 障害者労働支援おちゃや+Ky
10月27日(木) 名古屋 feel art zero
10月28日(金) 四日市 tabelna ohno
10月29日(土) 京都 rondokreanto
10月30日(日) 天橋立 玄妙庵カフェ 
11月1日 (火) 尾道  ハライソカフェ
11月2日 (水) 尾道 尾道交流センター
11月3日(木) 高根  パラディーソ
11月4日(金) 牛窓  てれやcafe 
11月5日(土) 東京 求道会館
11月6日(日) 河口湖 河口湖 Jazz Festival

問い合わせ:contact@openmusic.jp.net

Image de prévisualisation YouTube

Commentaires

落穂拾い-アニエス・ヴァルタ-

稲穂輝く収穫の横で待ち構えるのは烏たち。
色のコントラストが面白い。
この背景はパリの街でもよく見かける。
拾う=収穫。
わたしもマルシェの後に幾度とお世話になったことか。
拾う人々と仲良く小型ナイフを手に、トマトやらりんごやらを拾った。
その日の糧を得るために、街に落ちている野菜を拾うという行為は、
労働でもある。この話はまた別の機会に。

Boxセットになったアニエス・ヴァルタのそれはまあ仕掛けの多い
玉手箱!という趣向。
女の子にとってこのBoxは、大事な小物を入れた、宝石箱を彷彿させる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
穂を与け巣立つ我が子に秋烏

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
アニエス・ヴァルタおばあちゃま、と呼びたいね

Commentaires

収穫、地に佇む種 -心地よい絶望-

紫蘇の穂は土の上に落ちそしてまた来年芽をだす。
曼珠沙華が秋の彼岸この時期に、必ず、必ず咲く姿に
わたしたちは何を見るでしょう。
様々な地には、種が佇み、いつか陽を浴びすっくと伸びゆく枝葉の季節を待つ。
しかしその地を失った人々がいる。

色々な場所や色々な人や自然から種をいただき、
Ky10周年を迎え、その種は今、音楽という地の中で芽吹きを始めたようです。
しかし、”今”という時を生きるわたしたちの前には、常に「絶望」という
娑婆の現実が立ちはだかっているわけで。
そこで、約100年前に書かれたサティの「心地よい絶望」という
短い対位法による曲を新譜のタイトルに使いました。

今ままで録音からマスター、プレスリリースに至まで、
そしてジャケットを友人アーティストに支えられ、孤独にCDを作ってきましたが、
今回はじめてチームでつくりあげるという醍醐味を覚えました。
SyntaxJapanやOTTAVA、A&Rにデザイン、そして録音するわたしたちの周縁にある
地の自然たち、お力添えしてくださった方々に感謝いたします。
発売は台風一過彼岸花の咲く秋分の日となり候

CD詳細→ https://synthax.jp/RPR/ky/desespoir.html
Ky10周年ツアー→ http://official.kyweb.fr/official.kyweb.fr/welcome.html

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
実るほど頭を垂れる稲穂かな
まさにこの稲のめぐみを前にする農家さんたちの想いを代弁したことわざ。

Commentaires

ベイルートでバンクシーに遭遇

倒れている民に対しそれでも暴力をふるう権力。
ここでは警察をその権力の象徴としたバンクシー。

そして隣にはシュトックハウゼンが1969年にベイルートから18km離れた
Jeita洞窟で行なったコンサートで語った言葉たち。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
中指を立てずにはいられなかった…

Commentaires

長野の山々と地脈ーブルターニュのメンフィルと気脈

新宿のビル群、これらビルの高さを支えるものは何でしょうか。
原始時代に建てられたこれまた摩訶不思議な巨石、メンフィルは、その高さと
同じくらい地の中に長さをもって、地表にでる石を支えているそうです。

長野の山々は地脈を張りめぐらし、わたしたちの生活を目に見えぬところで根源的に
支えているようにもみえます。

インドの作家アルンダティ・ロイ女史が「民主主義のあとに残るもの」
で語りかけることとは、この表出されるものごと。
それは、「表れる」ためには、「表象」されぬものごとへのまなざし。

「資本主義の現実の「墓堀人」は、まるでイデオロギーを宗教とした枢機卿のように
妄想に憑かれたままその役目を終えるかもしれない。いくら戦略に長けていたとしても、彼らには単純な事実が把握できないようだ
ー資本主義が地球を破壊している、ということを。
戦争と消費というふたつの古いトリックで過去の危機を切り抜けてきた資本主義だが、もうその手は効かない。
 私は長いあいだアンティラの外に立って、陽が沈むの見つめていた。
その塔のような建物が、高さを同じだけの深さを持っていることを想像してみた。
そうするとそれは二七階建ての根茎を持っていることになり、地面の奥深く根を張り
めぐらして地球から栄養を吸い付くし、それを煙と金に変えてしまうことだろう。」

ところでブルターニュの現在は、ジョゼ・ボヴェがあるファーストフード店の解体を
うたったその時代を経て今、黄色と赤の看板と動物が同じ地に住む、
という時代になったのかも知れません。
そこには地とものの繋がりも、気というつながりも、全くありません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

Commentaires

賢者ナータン-Nathan le Sage-

1779年、レッシングによるこの戯曲は今、Nicolas Stemannの演出と、
エルフリーデ・イェリネクの脚本により、最高の演劇になろうとしている。
三つの指輪で有名なこの物語は今、この時代において示される真相、

-資本主義、それはまるで第四の一神教のようだ-

苦笑いするしかない。
そういう矢先にもわたしたちの生きる世界は
無意識下においてこの現実に包囲されているのだから。

諧謔に富んだ演出、映写を取り込む(i-phoneでの撮影!)演劇のリハーサルは順調。
役者ではない演奏者はその場にいることが重要で、
「はい、音楽!」
といわれれば音を差し出す状態でなければならない。
それでも多くの時間は役者への演出がほとんどなので….
そこで機転が働く音の錬金術師たちは手持ち無沙汰の時間を
「楽器をつくろう!」
という”つくる”喜びに変換する。
そしてできた楽器は、劇中登場するカラシニコフを改造した
「カラシニコフォン…」
これ、特許登録したほうがいいですね!

スイス、レマン湖畔目の前にある劇場では、毎日リハーサルが繰り広げられ、
そしてたった30分の休憩でも目の前の水を求めて潜り泳ぐ、出演者の姿。

白鳥の赤ちゃんも、鴨も、小魚も元気に太陽の光を浴びている。
あ、もちろん我らがメダカの学校もね!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
観客に向って突き出されるカラシニコフ、という演出

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
昼間は子等しかいないレマン湖畔

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
これが問題のカラシニコフォン。これが良い音出すんですよ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
明け方の湖は泳いではいけないそうな。

宵闇は突然やってくる晩夏

Commentaires

生きとし生けるもの

クレマチスの丘というちょっとした異空間でみる、
動物たちの息づかいが聞こえてきそうな展覧会がはじまりました。
富士の麓、土の上、なだらかな丘。
木漏れ日がさす昼の森もいいけれど、
ものみなが、ひそひそざわざわするであろう
夏の夜の森もいいかもしれません。
この森の動物たちは、展覧会会場のまわりで、
どんなおもいをめぐらせ佇んでいるでしょうか。

パリの自然狩猟博物館で行なわれたArt orienté objet
による展覧会は2014年だったか。
常設展である剥製との組み合わせ、アイロニー。
Marion Laval-JeantetとBenoît Manginによる世界は、
360度の角度で観る者に問いかけます。
自然と動物のあいだにいる人間というあなたとは誰ですか?と。

それぞれの会場で出会った動物たちに想いを馳せ、
しかし今日、常磐色と苗色の伊勢の山から降りてきた子鹿が、
赤信号を待つ車の左横に、すっと立っていました。
置ものかと思うほど凛とした佇まいのこの鹿に、見つめられてしまった。
これが、現在の日本の里山の姿のようです。

手つなげぬ二人の小径蝉時雨

IMG_0070
橋本雅也さんの、鹿の骨でできた日本水仙
なんという世界でしょうか

art-oriente-objet_9
Art orienté objetによる作品、空気を抜くとバグパイプの要領で音がでる。
動物との関係ぬきには楽器は奏でられない。
演奏家は直接的に、動物と接しているという可視化。

IMG_0086
内山節さんの、出展作家の、想いがあふれている
書物と呼べるカタログ。

Commentaires

水と山に誘われて

丹後の山々は、その中を通る度に涙がでるほどの浅くも深く、
車窓からみる樹々に魅せられる。
いつもお世話になる天橋立・玄妙庵から望む宮津の海。
ぽつりぽつりと小さな漁船が浮かぶ景。
山々が海に運ぶ贈物の循環の中にわたしたち人間がいるとすれば、
この日本ではこういった共存する姿こそが真実であり原理のはず。
この地に、儲かる、儲からないという尺度は無用のはず。

水を求めて琵琶湖に着けば、朝焼4時が照らす水面。
井上靖「星と祭」にみる信仰の姿に出会うには、
まだまだ時間を要するからにして再び山へ入る。大原の清流、八瀬童子。
比叡山の静寂がひとりの時間をゆたかにする。
山頂からみる湖北の方向伊吹山を越えれば、その内にあるのは養老の滝。
そこから濃尾平野を一望すると、山々からの水が、人の生きる時間を支えている。
これらのgeographyは、小学校で学んだはずだった。
鳥瞰図という方法は、ものごとの全体を見るに有用であるようだ。

IMG_0014
生きる道天橋立大暑きぬ

IMG_0020
琵琶湖4時30

IMG_0030
この緑の中にひとり楽器を吹く至福

Commentaires

寝ぼけてアテネ、眼がさめれば鈴鹿山脈

 「日本庭園を知る」講演会は、パリ、ロンドン、ウィーン、
ブタペストそしてマドリードと回り、無事満員御礼となり候。

「人間はなぜ庭をつくるのでしょう?」
という冒頭から始まる講演会の主役は京都の庭職人、石川佳さん。
このシンプルな質問から目の前に広がる庭への眼差しは、「ここに居る」
という事実につきる。
あなたがここに居る、だから、この空間は庭になったのだ。
なんだか禅問答のようですね。
さて、この講演会ウィーンの後パリに戻るはずが、なぜか機体はアテネに向かい、
蒼い蒼い海を見ることに。
寝ぼけて航空券を買うとこうなるようです。
そして、夢心地の日々を過ごし辿り着いた日本は伊勢志摩~鈴鹿山脈。
山の中にはヒグラシの音。で眼を覚ましたというふしぎな夕暮れ。
男梅雨空けぬ小暑、父が捕まえる今年の蝉一号となり候。

蝉時雨庭にようこそ安堵かな

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
アテネまで15分

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ギルシャワインのラベル!本当にあるなら吹いてみたいな。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
伊勢志摩サミット!?ねぼけた祭りは放っといて、
太古からある志摩の海と地。

Commentaires

Ecole Théodore Monod

歩いて、歩いて、サハラを歩いて何万里。
井戸なき砂漠を歩いて900km。
ラクダと、杖と、喉を潤すにカマンベールとレモネードの夢をたずさえて。

ある日フランスの小さな村の小学校にやってきたThéodore Monod。
モーリタニアの砂漠ですれ違ったというこの村の住人である映像作家が、
村の小学校でテオドールじいちゃんの話を、子供たちと聴こう、
と提案。校長先生も大賛成。
あるふとした時に、このじいちゃんの姿や、おぼろげな内容だけれど、
物事の本質のような”何か”を、質感を、子どもたちは思いだすかもしれない。

学問は教育機関を携えて?
日々喰うための仕事?
研究者としての”自分”より、歩く自分を選びサハラ砂漠を行き、
その感覚をもってこの学校へも訪れたのだろうか。

博物学者であり生物学者、IFAN研究所所長や博物館教授である
彼の調査は学問の範囲で書物となり、専門的な範囲で審判にさらされる。
しかし彼の砂漠での調査とは、その調査の先にある、
生きとし生きる人々の、こころに届ける »お話 »なのだ。
だから、この老爺を、じいちゃんと呼びたくなるのだ。
きっと、モーリタニアの人々もひとつの愛情の形として、
彼をそう呼んでいただろう。

220px-Théodore_Monod_-_Aéroport_d'Atar_(Mauritanie)_-_20_décembre_1998

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
この村を訪れた日本人作家はドリアン助川さんという。

Commentaires

とことんスト!

ここまで気合いを入れてストをするフランスの労働者に乾杯!
5月16日から続く国鉄のスト続行中。
徐徐にガソリンスタンドの値段表示はもどってきているものの、
列車の間引き、運転停止は止めどなく。
予約購入した列車が運行しない、と知った乗客は、
ともかく目的地に向うべく目の前の車両に飛び乗る。
3時間強立ち続ける、通路も食堂車も地べたに座る人、人、人。
車内風景は難民の人々のごとく。

この苦難も、労働法改正案に抗う人々を前に、なんとかやり過ごせてしまうものだ。
やっとこさ着いた駅の壁には、世界に生きる人々を撮った写真。
Gaccilyという街で行なわれる写真祭 Festival la Gaccily photo と
国鉄SNCFが掲げるスローガン「示唆する文化」のコラボレーション。
写真の中の現実を前に、ストの影響なんてへっちゃらな気分になる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
左はOlivier Jobardの作品。
チュニジアのzardis港から出発した底網船に乗る難民。

右は深田志穂の作品。バングラディッシュはChittagong港。
チッタゴン最初の港にある使われなくなった石油タンカー。

Commentaires

空港で羊に会いましょう

少し前までベルビル界隈にはマグレブの人々がろばを繋いで道を歩き、
18区のアフリカ人街では鶏コッココッコと鳴くCageが数十個、
近所の人はここで卵を必要なだけ買った。2002年前後のパリ移民街の風景。
2016年、空港の敷地には羊が飛行機と共存する姿。
あるいはだれかによるInstallation artというギャグだろうか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
 
近代に羊の毛剪る人いずこ

Commentaires

卵のように軽やかに

菜種梅雨、明けてものみな笑顔の今日。
復活祭とは個人的には無関係ですが、この地に住む多くの人の
影響を友人間で楽しむことに。
チョコレートでできた卵の中には、何が入っているかな。

サティが晩年生きたアルクイユ市でのレジデンス開始となり、
今回はイタリア人歌手とフリージャズ集団
Anti Rubber brain factoryでの演奏。

« Rubber brain factory ゴム製の脳みそを製造 »し続けているのは、
□□主義の呪縛下にいるのはだれなのでしょう。
そろそろランボーのごとく現実の舟からの旅立つ時が迫っていることに
気づく頃では。
しかしその果てやはり文明という港しか
わたしたちには残されていないのでしょうか…
するとサティのように、なーんにもない軽さのような
境地に行くつくのかもしれませんね。
サティの言葉はいつでも頭にポっと浮かび上がる。
スマートフォンの中ではなく、言葉が空気感の中でわたしたちと
一緒に生きている様です。

経験は麻痺のひとつの形である。(E.Satie:秋山邦晴 訳)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
サン・シュルピュス教会横にあるランボーの詩は街の壁に

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
甘い卵をあなたに贈りましょう

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
フランソワのユーフォニウムの解体現場

Commentaires

萬古 ばんこ Banko

東海地区の土は、その昔何万年を経て粘土質を有し、
今に焼きものを支えている。
常滑、瀬戸、信楽(滋賀だけれど地の流れとして)…。
そこに、おそらくあまりメジャーではないけれど、
ひっそりと歴史を刻む焼き物、それが萬古焼。
父にいわせると、子供時代四日市の街には、
煉瓦でできた四角い工房の煙突が立ち並んでいたそうだ。
戦中生まれというからには、戦後の風景は現在へと変容したのだろう。
この萬古焼のデザインアーカイブを目的にできたのが、
BANKO archive design museum

陶芸家である内田鋼一さんの私設美術館となる。
これがすごい。
おそらく世界でもっとも小さな美術館。
思想がある。
小さな世界から、大きな世界を俯瞰できる、美術館。
設立にあたり刊行された図録を見ていると、
「この人高校の同級生だ。」と父がいう。
小さな美術館の窓口となるHPや紙媒体のイラストを描いた、大橋歩さんだ。
土地に生きる、生きたひとが、支えている。

春霞萬古の里に煙見ぬ

NCM_1042

NCM_1046
工房があった界隈には神社が。
土の神さん、焼き物に携わった人々、みな一様に楠木が覆う神社にいる。

Commentaires

レリスを求めて331km

昨年7月。レリスが求めたものを求めて、Metzへ向う。
彼が彼のすべてを、ものとして寄贈した先
ポンピドゥー美術館は今やMetzに分館を構え、
それは日本でいう新幹線側。
ロレーヌ地方を代表する街の裏に、建てられている。

ミッシェル・レリスを唯一インタビューという形で
ドキュメンタリー映画に姿を残したのは、
シュールレアリズムフィリップ・スーポーを語る、
というお題目のお陰。
Michel Leiris souvenirs Soupault
彼の晩年のサン・ルイ島の自宅。
映像の中で彼はいう「人は詩人である。」

レリスの残した表現という範囲での文章には、
おそらく彼が経験したアフリカのそれにおよばない。
あるいは言葉が経験を代弁するのか。

展覧会には、オブジェ、写真、記録…etc
アンドレ・シェフネルと砂漠の一帯でテントを組み立て座る写真。
美術評論をした作家たちの作品。
ダカール=ジブチ・アフリカ横断調査団の手記。
書簡。

観客は、わたしは、レリスの何をみたというのだろう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ポンピドゥー・センター・メッス入り口。入場者を迎えてくれるのは、
Céleste Boursier-Mougenot セレスト・ブルシエ=ムジュノ作
「clinamen v.2」陶器が水の上で出会う音と空間の世界は、圧巻。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ドキュマン=レリスはジャズが好きだった。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
レヴィ=ストロースからの、手紙。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
展示室最後は、なんとクリス・マルケルの短編
「北京の日曜日 Dimanche à Pékin」で終わる….

Commentaires

そしてモロッコから、こんにちは

日本での演奏を終え、フランス組、レバノン組それぞれの地へと帰り、
日本組は最終日公演東京根岸の下町から、西へ西へとモロッコは
エッサウィラへ、アシュラ祭りへ趣いた次第。
Good Bye Schlöndorff を各地で協力していただいた皆様、
来場いただいた皆様、ありがとうございました。

メディナの路地で児等が、タリージャという、
陶器と山羊の皮でできた太鼓を叩き、
モロッコ各地で使われる何万個というこの太鼓はこの日、割られる。
それは、土と皮でできた楽器の再生を次の年に残し、再びお母さんたちが作る、
楽器の運命。
来年も、そして今いるこの子ども達が大人になって、
また子ども達に与える様に、楽器を通して人の営みは続くのだ。

カスバゆく秋意を揺らす太鼓の音

IMG_0082
イスラム暦新年から10日目、モロッコのアシュラ祭では
子ども達がタリージャを叩く

IMG_0017
孤児院ではアイサワ(スーフィー教団)が奉仕演奏

IMG_0144
エッサウィラ、老夫婦が港に佇むという現実。
その横でHassan Hakmounが撮る映画という虚構。

IMG_0102
数ある中から鳴りのいいタリージャを選ぶ

Commentaires

レバノンへ、さようなら

なぜ「グッドバイ・シュレンドルフ」=グッドバイなのですか?
計3回の講演後の質疑応答の中で、もっとも素朴な質問が印象に残る。

「なぜなら、シュレンドルフがベイルートで撮影していた間は、
内戦が停戦になっていたのです。
撮影クルーが街から去ってしまった同時に戦争は再開されました
=よって、この作品のタイトルは、 »さらば、シュレンドルフ »なのです。」

これが今回の公演での大きなメッセージだったとは…
山形国際ドキュメンタリー映画祭公演後の反応。
それは映画をつくる側からの多くの意見を得る事により、
なぜワエルがシュレンドルフのこの映画を使い、
過去に吹き込まれカセットテープと合わせて作品をつくったのか、
改めて理解できた次第。

國學院大学での講演の報告書にはこうあります。

「撮影の数百メートル先では本当の戦闘が行われている最中の撮影で、
当地のレバノン人が見れば映像の虚構が皮肉としか見えないとのことです。」

しかし、これこそがシュレンドルフ監督の、
各々の生きる役割を社会に反映させる方法なのです。

そう、映画のタイトルである「偽造者」とは

・映画の中の主人公 (ベイルートを取材するジャーナリスト)
・虚構の映画(しかし撮影場所はリアル)を創る映画監督
・当事者ではない、わたしたち

今宵一夜がベイルートになる空間へ、ようこそ!

10月13日(火)19:30 open 20:00 start
SuperDeluxe 東京都港区西麻布3丁目1-25
前売り3000円 当日3500円 (学生1000円)

1部:Good Bye schlondorff
2部:Ky [キィ]
なんと、20~30年代のアラブ音楽音源でワエルによるDJ!

7f6b2e78f161209604b98e1e037689d8-300x200-1
講演の様子

NCM_0978
山形国際ドキュメンタリー映画祭開演前のチェック。
開場は地べたに座る若者多々、満員御礼感謝。

難民を乗せる船間の天高し

Commentaires

われら逆行族

えっ?
ハイレゾ音源配信、App Storeで買うのが今や常識でしょう!?

わしら逆行しております。
わしらはレバノンでカセットテープを作りました。
その中身はデジタルとアコースティックで織り成す音楽です。
80年代のベイルートの爆撃音、家で怯える人々の、声。
Kinectによる音が重なり、ウードが鳴く。

明日、ワエルはこのカセットを持って、レバノンを発ちます。

あっ、そういえばソニーはカセット簡易再生機の生産を昨年中止したような…?
ものは大事に使いましょうね。

あっ、限定100本です。

GBS_cover

Commentaires

レバノンの若手アーティスト

出自、そして選択の余地のない成長過程に必要な環境。
それは運命なのだろうか。
ならば彼らにとって環境である国とは何なのだろう?
それは、「家族」だという。
国家ではなく、祖国とは「家族」のことを指す、と
先日ディアスポラとしてアメリカで幼少期を過ごしたベーシストが語ってくれた。

この数年レバノン人アーティストとの関わりを軸に、
このレバノンという国の特異性を肌身で感じでいる。
アイデンティティーに言語を含むか含まないか、
それも環境によっての母国語のレベルはあるだろうが、
普通に3カ国語を操る彼らにとって、
国の存在、あるいはシーア派とスンニ派の許されぬ結婚、
国民の半分がキリスト教である現実を前にして、
異民族という形での形式的共存が認められぬ中で、今を生きる人々は、
表現というフィルターを通して、この地を知らぬ私たちに現実を伝えてくれる。
この表現という事象をアートと呼んではいけないのだろうか?

皮肉も一杯、哀愁も一杯、映画も音楽も大好き、
フェイルーズの面影に美味いオリーブを頬張りながら、
旨いレバノン料理を作るお母さんの隣で過ごす、
祖国という概念を、宗教という概念をどこかに置いて、
ただその土地に生きる彼らの姿が、まぶしい。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
Quartier Paris 夏のパリ・アートフェスにてのパフォーマンスは、
エジプト映画からの映像と音のリミックス、で楽しませてくれた、
Rayess BekことWael Koudaihと、ビジュアルアーティスト、La Mirza

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
レバノンを代表するラッパー、Rayess Bekはこの10月に来日します。
現詳細は→http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/Good_Bye_Schlondorff.html

Commentaires

123

La voix des artistes |
Le Blog de Piteur |
deathvalley |
Unblog.fr | Créer un blog | Annuaire | Signaler un abus | Buddy Stewart
| Rap de qualité Δ Lyrics
| Michel Mainil