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Archive pour mars, 2020
花買えぬ日々
そうなんです。花屋は閉まっているのです。
外出証明書を持参しスーパーでの買い物は一日一回(500m圏内+1時間以内)でできるも、日々毎に変える花瓶の水の存在は今やありません。
それでもバルコニーに生きる野花を失敬し、あるいはカメラの中にある在りし日の花たちを愛でます。
水仙の時期は終わり目下桜に目が行きますが、連翹に雪柳、木瓜の色合いの愛らしさ。
そろそろ沈丁花の芳香に誘われし頃かな。
それでもやはり、勿忘草のささやかな存在が、今一番のやさしさです。
忘れな草ささやかに今日生き延びて
真正たる音楽の友
外出禁止8日目。そろそろ精神の変化が現れる頃。
こんな時、支えてくれるのは、真の音楽の友です。
物理的に会うことはできぬも、音楽の交流を図り、アイデアを語り、まだ見ぬ先に少しの希望を投げかける。
音楽は最高の恋人で時々愛人、親友で、家族。
フランス語ではCamarade=同志と呼びますが、相互に悶々とする時、いつも励ましあえるそれこそは、かけがいのないBuddyであると確信しました。
車道には孔雀、道には鶏、空にはコマドリにシジュウカラ、海にはイルカの群れ。
人類が自然を植民地にして数百年。
人類様と我が物顔で地や海や山を占領してきた今、
大気はホッとしています。
3月新月のopenradioは生演奏付きです。
閉じ込められた世界からの音楽をどうぞ。
https://www.mixcloud.com/makinakano/2020324-%E6%96%B0%E6%9C%88/
1) Ile de MIyake (maki Nakano)
2) Si la photo est bonne (Barbara)
3) Gottingen (Barbara)
4) Sara (Rokia Traore)
5) Hanter dro duhont’ar ar mane (Maki Nakano)
6) King James (Anderson. Paak)
7) Reachin’2 Much (Anderson. Paak / Lalah Hathaway)
春迎へ街ブラックアウトになりにけり
ゆで卵100個!ジョレスの鍋
目下外出禁止中のフランスでは炊き出しにでることもできないのですが、
それでも特別許可を持っている団体は続行しているとのこと、安堵。
けいそうビブリオフィルでの連載、13皿目のレシピはマッシュルームのスープでした。お読み頂けたでしょうか?
花冷えの季節、まだまだ、温かいスープが食道から胃にほっこりと入るあの瞬間が愛おしいですね。
日本人であれば、出汁の効いたそれも、細胞が喜ぶはずです。
「ごはんを作る場所には音楽が鳴っていた」
https://keisobiblio.com/2020/03/10/nakanomaki13/
2年前、毎週通っていた炊き出し現場ー
ー難民が多く路上生活するLa Chapelle界隈で毎週月曜と火曜日に炊き出しをしているLa gamelle de jaurès ジョレスの鍋という名のアソシエーション。
ジョレスとは言わずと知れたジャン・ジョレスの名。
ボランティアが各人できる範囲で持参する約100人分の食事。
温かい飯を、できるだけ温かいままで。みな各々の大きさの飯盒を持参し、ご飯にクスクス、スープを。
わたしはバナナとゆで卵担当!
やれることから始めるしか、ないのです。
凍月の下、飯を待つ人々がいる。
彼らの目は、わたしたちの生きるを問いかけている。
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2018/2/23_La_gamelle_de_jaures_joresuno_fan_he.html

ピンクのチョッキを着て、20時からの約100食は瞬く間に胃袋に収まる。
マグレブの人々に圧倒的に「クスクス」を求め、ご飯はいつもあまり人気がない…
スーダンの難民の多さに、現実を見る。
L’apprenti sorcier 魔法使いの弟子
統帥権、を振りかざしたその者は、魔法使いになりたかったのかな。
もし統帥機関の彼、彼らの様に再びこの魔法の杖を振りかざす者がいるならば、
鶴見俊輔が掲記する「ゲド戦記」のくだりを参考にしたほうがいいと思う。
「長(おさ)は、またこの技術が多くの危険をはらんでいることを語り、
なかでも魔法使いが自分の姿を変える時には自らの呪文から逃れられなくなる
危険を覚悟しなければならないと注意した。」
魔法を超法規として、補弼(ほひつ)という任務に伴う »責任 »に対し、
統帥権はそうでない、
と言いきった本、「統帥網領・統帥参考」(昭和3年、昭和7年発行)の
運命は→戦後一切焼却、だったという。
「この国のかたち」は、司馬遼太郎による毎月書かれた随筆。
その大正生まれの司馬遼太郎が、明治維新以降の日本のある姿を表現する時、
こんな面白い行がある。
「もし日本じたいの「近代」の要素(または風土)の上に欧米の近代を接木を
したれば、ずいぶんおもしろいことになったはずである。」
風土が異なるのに、欧米のそれ(近代)をそのままこの地で活用することは、
実に無理が生じる。思想然り、食物然り…
日本で、汗をかいた赤ワイン=(赤ワインを冷やして飲む!?!?) のボトルを見た時、
ワインの流儀には反するが、日本的飲み方の解釈に微笑ましい感情を覚えた。
そして諧謔的(開発当人は本気そのものだろうが)ワインは「赤玉ポートワイン」!
という姿に変え、見事に接木に成功している。
「生」の淵源に真っ向から立ち返るべく危機感を抱いている、
「生」という生物的湿度をもったアジアにおいて、乾燥した土地からの思想的または
経済的云々を鵜呑みにし、国の在り方に取り入れても、いずれにせよ立ち位置が
異なるのだから、相容れない。
一部が求めるリーダシップという名の魔法使い。
成熟した魔法使いを求めるのか、求める側が成熟した魔法使いに育てるのか。
ここでいう「成熟」とは、中井久夫の言葉を借りれば
「退行の泉に湯浴みして、もとのところに帰ってこられるもの」
もう一度「ゲド戦記」からの抜粋を。
「魔法というのは、その土地土地と密接にかかわりあっているという意味なんだ」
耕人や誰にも見へぬ春仕事
内を旅する inside voyage
ざわざわとする外の世界と、静謐を求める内。
雲烟ただよう今日、大気は春霞。
土の中で一刻一刻を生きてきたものみなたちは今、外に芽をだし、さなぎの丸々可愛らしい姿はじきに優美に空を舞う姿と変わるでしょう。
内にある世界へ耳をすませば、溢れる鼓動が聞こえてくるはずです。
春分茶の世界から始む
佐渡の兄弟子が、「お番茶でも湯を注ぐ前に炒ってから入れてみろ、これぞ庶民の醍醐味だぞ。」というメッセージを送ってくれました。
外出禁止となったこのフランス生活で、確かに外のCafeのテラスには行けなくて、
家でのお茶の時間が多くなります。
茶道道具はある場所に置いてきてしまったので、急須で入れられる、日本でいただいた茎茶やほうじ茶を炒るとします。
その香りの芳しいこと。
祖母が作っていた、畑の畔に植えたお茶の葉を炒るあの香りがよみがえります。
トルコでもアフリカでもモロッコでも、もちろんフランスにはサロンドテがある通り、お茶の時間は誰かと過ごす大切なひと時。
茶道といえば、赤瀬川原平の「千利休 -無言の前衛-」は有無言わせず傑作です。

あるラジオ収録のお土産でいただいたほうじ茶が香りたつこの瞬間。

お急須はもちろん佐渡の作家さん、若林千春さんのもの。
湯飲み茶碗は奈良は秋篠窯のものを見立てる。
春分や一服の茶にてすべて好し
閉ざされた世界に今日も海満ちる
すべては他者という存在へのレスペクトから。
先達始め、アルベール・ジャカールはそこからしか
相互の存在は成り立たない、といいます。
マスクにしろ微笑みにしろ、やがて相対的に循環するそれ。
物質の対岸にある人間、ではない存在という原罪から逃れることはできません。
今日も、自然は淡々と日々の営みを続け、明後日春分を迎える初春、
それが多次元で営まれていることは間違いありません。
閉ざされて今日満ちゆきて春の海
マクロ、ミクロコスモスを射程する遠近法
人間と世界の闘いが繰り広げられているが、
世界のほうからその闘いをしかけたわけではない。
(ガストン・バシュラール)
心と呼ばれるものがあるならば、その奥深くに痛いくらいに届く音というものがあります。たった一音なのに、細胞を覚醒させるようです。
そういった音の連なりは音楽と呼ばれるのかもしれません。
今宵下弦、発売されたばかりの、ギター奏者笹久保伸さんのアルバムから遠近の音を。
タイトル名の意味をさぐる楽しみ。あるいはその意図をどこまで想像できるか、聴き手は試されるかもしれません。
内なる音の世界があって、はじめて外へ放つ音の世界が生まれます。
Out of Place的な次元で、どこに居るという問いかけが無意味であるがごとくの音楽をどうぞ。
2020年3月16日下弦のopenradioはこちらから
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio2020316-%E6%96%B0%E6%9C%88/
00) Campos de esperanza (S.Sasakubo)
01) Valle (S.Sasakubo)
02) Musica del dedo roto (S.Sasakubo)
03) Onirik Pentaphilia (Bala Dee by G.Zirko)
04) 歌の庭 (Bala Dee by M.Nakano)
05) Perspectivism ( S.Sasakubo)

2020年3月15日発売のアルバム、Perspectivismというタイトルが彷彿させる
ヴィヴェイロス・デ・カストロの存在。

2011年 Bala DeeによるOut Of Place というタイトルが導くエドワード・サイードが問う「どこでもない場所」という思索。
自由を守るには、自分の命を危険にさらすよりない。(ヘーゲル)
影ひとつなき夜
語っても、応えてくれる人の不在は明らか。
その不在をどう肯定できるかが、諸々の瀬戸際にある。
ならばDianus(勿論アノニム)ならどういうか。
あるいはDianusから影響を受けた人はこういった。
J’aime cette douce Liberté terrestre Douloureuse
————————苦しみに満ちた地上の、この優しい自由を愛す(Y.K)
一滴また一滴と死へしたたり落ちていった人(々)を隣に置きながら、
わたしの生のなんというみすぼらしさか。
微かに揺れる夜、今宵は満月
どんな状況にあっても、音楽の隣にいたい。
そんな気持ちがつのる月夜です。
2020年3月の満月のopenradioはこちらから
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio-202039-%E6%BA%80%E6%9C%88/
00) Sibel (Ricardo Moyano)
01) P.S I love you (Jakob Dinesen)
02) Coyor Panon (Detty Kumia by David Toop)
03) Folks (McCoy Tyner)
04) Last time you went (Louis Cole)
05) Night (Louis Cole)

「ミッシェル、バタイユ…そして僕」-Musique- By ミロ
すでに時計は 思ひ出の 微かに揺れる夜を指し (北園克衛)
夜 Night
だから、花をそばに
大変な時勢の中にある生活。
音楽を、花を。
2020年3月の上弦のopenradioは花を詠った楽曲ばかりをお送りします。
https://www.mixcloud.com/makinakano/openradio202033/
1) Lament for an orchid (Fred Herch)
ランの悲しみ
2) The flowe of Edingurgh (les musiciens de st. Julien -Francois Lazarevitch)
エジンバラの花
3) The flower of Cusco (Trencito de los Andes)
クスコの花
4) Passion Flower (Billy Strayhorn)
パッションフラワー
5) ユリの記憶 (Shin Sasakubo)
6) Fleur bleue (Charle Trenet)
青い花
J’ai deux amour
ジェゼフィン・ベーカーが歌い一躍有名になったこの曲の背景は1920年代の、両大戦間のパリにあります。
彼女が1925年にパリへ着いたその年、エリック・サティはこの世を去りました。
そして狂乱の時代にはいつも、思想を具現化する芸術家たちがいました。
今秋、ジャズなのかオリエンタルなのかシャンソンなのかわかりませんが、ピアニスト、ステファン・ツァピスとの音楽世界を日本で作れればいいなあ、と思うのです。

Stephane Tsapisとの演奏はかれこれ16年目を迎えます。

2012年に発表した「四つの手とひとつの口のための音楽」というDUOアルバムに »J’ai deux amour »が収録されています。



















