Archive pour août, 2018

職業はなんですか?

いやはや、移動に車という選択をすると、機材の運搬は楽ではあるものの、
本来の職業はなんであるのか頓珍漢な現象がおきます。
三重県から羽田まで新東名を飛ばしてミュージシャンを出迎え、そしてその足で翌日の演奏会場となる軽井沢まで時速__(法定速度はとうに超える由)で走行すれば、「生きるためにはなんでもやる」が信条であるわたしでも、躊躇しつつ、
しかしながらプライベート運転手になれる可能性が出てきました。
バックミラーに見える湾岸の夕日、大井南JCTからトンネルになる
首都高の乱雑+慢性渋滞で人生の2時間を棒に振り、関越道はみな飛ばす飛ばす。
平気で飛ばす。
一気に600kmを完走すれば、いつかプツンと切れるであろうゴムのような
人生の使い方も、もうそれはそれで良しとします。
時差ぼけ、不眠症は度を超え、人間をダメにする車という文明の利器によって、
ますます寝る時間はなくなります。
電車での移動であれば、読書をしながらうつらうつらの夢見心地の旅模様。

高速道路を造るために、ただただひたすら山を削る人間たちのおろかさよ。
そして速度をもってより早く移動することを押し付けられる世のおろかさよ。
一等の愚か者は自分であることは決定的。
一人走る道に告げよう。今や伴走はない。
だから、

「夜霧よ今夜もありがとう」と。

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人生の一片を誇示するために写真を撮るほどの馬鹿もいない。

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本の命、朝顔のいのち

何時間寝なくてもいい生活、はいつまで続くのかな。
移動道中庭の草花に想いを寄せずにはいられません。
4月に蒔いた朝顔は今が佳境。しかしながら毎朝の美し彼女たちの姿に後ろ髪引かれながら日本へ発ちます。
咲いた花の後、そこには一房に5粒の種を残してくれる。
もし次の年があるならば多いにその種を蒔きましょう。
そうやって、いのちをわたしたちは紡いできたのかな。

2001年以降、わたしたちは”アラブ”という語音に対し
どんな反応をしてきただろうか。
80万冊の蔵書を誇ったイラク北部モスル大学の中央図書館。
そこは、すでにあらゆる手によって、本を失った。
多宗教多民族が共生するに、本という存在がどんなものであったか。
ある歴史、そして文化は本に、託されている。

パリ6月、14区。某TV局のディレクターである飯野真理子女史は、とにもかくにもようやくパリにたどり着き、その夜は疲労困憊の中、イラク、モスル大学の図書館の再建に奔走するオマルさんの、人類が残した本の存在に命をかけた活動を追う取材への意気込みを目を真っ赤にして語ってくれた。
彼女は、そう、やはりある機縁を得て出会った女性なのです。
教え子が、こうやって情の熱をわたしたちに届ける術。
映像という方法で、他者とどう面を合わせるかという実践をする人となり、今まさにわたしたちに世界の片隅の、ある姿をみせてくれる。

彼女は映像とはまた別の方法で発信しています。
クーリエのweb版記事から
https://courrier.jp/columns/132945/

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開ひては萎むこころは朝顔や

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ストリートの精霊たち

エチオピアを意識したのは、パリに着いて間もなく住んだ17区のエチオピアレストランでのことでした。
お互いが口をあけてあのインジュラにワットや生肉を包んで食べあう姿。当然うまさに驚き、ラスターの聖地という印象から、もう少し深みを探りたくなりました。

00年以降、あれとあれよとエチオピックシリーズがブッダレコードからvol.20をこえるコレクションとなり、あの独特なペンタトニックの世界へわたしたちを誘ったのです。あの音楽を聴きながら、2010年にはミッシェル・レリスの「幻のアフリカ」によって、エチオピアへの興味は深まるばかり。
そして2018年、日本から「ストリートの精霊たち」という本が手元に届きました。
ある人を介した、それはそれは機縁の果てに出会い、何度か”セッション”をさせていただいた川瀬慈さんという研究者によるご著書です。
何よりも、本から音が聞こえてくる。
弓を弾く音、酒場のあの音、そしてストリートの、魂の静寂。

文化人類学という分野は、対誰かという問題をいつも孕み、しかし観る側のそれが一気に逆転する場面に立ち会うその瞬間、それこそが彼ら研究者に課せられた生の証明となるのではないでしょうか。
そして、対〜とは、鏡に当たる光のように反射して、願わくば鏡を見る当事者その人、あるいはその研究を読むことで体験する人々と共鳴することの可能性を記す、という学問なのではないでしょうか。

8月、夏の最後の満月のopenradioの放送はこちらから。
この後2ヶ月のお休みをいただきます。
でも、もしかしたら簡易録音で放送ができる、かもしれません!
その時はまた音楽を通してお会いしましょうね。
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2018/8/25_sutoritono_jing_ling.html

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川瀬慈さんのご著書「ストリートの精霊たち」

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さよならを晩夏に告げる港かな

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ユカリロ-甘い鯉のはなし-

ユカリロとは「縁路」という意味だそうです。
秋田を生活の場にする女性お二人が編集する年一の冊子です。
今回この冊子の中に「甘い鯉のはなし」というお題で寄稿しております。
もちろんごはんに関すること。
以前秋田で演奏した際に出会った女性は、なんと何度か個展での演奏をさせていただいたり、演奏を聴きに来てくださっている木工家の三谷龍二さんのお嬢さんだった。
機縁の由とはまったくもって不思議に尽きる。
その三谷葵さんも寄稿されている短編。そのタイトルは「イオの月」。
ハタハタと海、海と月、音感覚。
オノマトペでもあり、おそらくご自身の実体験と魚への感情的変換?
から生まれる音の言葉的表現!?がたまらない。
夢枕獏さんの「カエルの死」を彷彿させる。
「なべっこ遠足」や「お粥のあさづけ」やらローカル発信の醍醐味を味わえる冊子です。

YukariRO
https://yukariro.jimdo.com/

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刹那な夏のまっぷた月

Penvinsという海岸にあるテラスでの演奏は、刻々と暮れる夕日をバックに。
演奏の後は海原に浮かぶ上弦の月。

秋の日本での演奏では、今まで映画音楽のために作った曲を準備しております。
モーリシャス島、三宅島のドキュメンタリー、
もちろん劇中では使用されなかった曲々。
目下決まっている日程は以下の通り。
色々な場所で奏でられる喜び、そこでお目にかかれる喜び、となります。

まだまだ追加公演の予定はありますが、まずがこちらから。

8月31日昼 軽井沢 油や 神林學・望月通陽二人展
9月1日 夜 伊那  井上井月まつり
9月12日 三宅中学校 & ビストロリターノ
9月16日  金沢 21世紀美術館 変容する家(ミヤケマイ作)
9月17日  金沢 21世紀美術館 変容する家(ミヤケマイ作)
9月24日夕 東京  求道会館
9月28日夕 八ヶ岳 やまびこホール
9月29日夜 水見色 さじっとの家
10月7日  大阪  高島屋 夢枕漠・叶松谷・天野嘉孝 三人展
10月13日  京都  rondokreanto  姜信子×Ky 水の風のアナーキズム
10月21日  東京  ピーター・バラカン ライブマジック!
10月27日  三島  ベルナール・ビュフェ美術館
10月28日  京都 高島屋 夢枕漠・叶松谷・天野嘉孝 三人展
11月3日昼 河口湖 ジャズフェスティバル
11月4日  秋田  大龍寺

晩夏に向かうたまらぬ刹那な夏の夕暮れは、Bernard Wrightのビートに力をもらって、アルジェリアのSofiane Saidi & Mazaldaの新作で新学期にむけて気合いを。
チュニジアBARGOU 08の歌声は境界線をものともしない音。
かれらの音楽を聴きながら夕焼けを眺めるしかないぞ!
そんなopenradio 8月18日上弦の放送はこちらから↓
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2018/8/18_sha_nana_xianomapputa_yue.html

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ひとり見るまっぷた月は夏深し

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本に頼る日々、アレサ・フランクリンの死

あなたの死は、半年後誰かのこころの中で、やっぱり涙一粒滴らせるのでしょうか。
radio franceではアレサの声が、夜中通してほとばしっています。
声を持つ人の声は、聴覚に響いて、その声を聞きたいなあ、
と思えば音源を聴くことができるのだから、
それはそれで、ある死と向き合うのに一役買ってくれるものです。

話は変わり、本から感覚的な拠り所を得るべくして開く本は、平凡社の »コロナブックス »。あるいは »くらしのこよみ »、等々、とっても好きです。

今はなき »太陽”はもちろん、コロナブックスの頁に救われます。
例えば「日本の歳時記」。
ところが只今現在使っている暦と、今居る場所を照らし合わせるとどうしてもずれ、
が生まれてしまいます。俳句に使う季語とのズレは、明治以降かれこれ此の方顕著。
例えば今は七夕の真っ只中、そして立葵と百合は時期的には共存しない…
感覚が敏感に反応するある場所に思いを馳せながら、それとは異なる所で生きる。
簡易な方法によっての移動そして生活、というのはここ150年くらいのか話なのかな。

そして、地球の裏側に生きる人の死を、身近な死として感覚的に接するということ。
それもここ数年の話なのでしょうね。
トポス的感覚はあくまで自己中心的でありつつ、そこにどのような想像力を駆使して寛容にそれぞれの差異と向き合うか、ということが只今現在を生きるわたしたちの目の前にある事実なのではないでしょうか。

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だからあなたの声を聞きたい。
唯一持っているいるアレサ・フランクリンはカセットだった…

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友人二人が歩く湿地帯で、吟行がはじまります。

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いつの日も月はぼくらの味方かな

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カザマンス Casamance

立秋を迎えお盆の時期へ。
気持ちは亡き人々をお迎えする準備、なのですが音的にはどうでしょうか、
アフリカに向かっています。
セネガルの南にある地域カザマンスのリズムに、
残暑を乗り切る力をもらうとします。

openmusic8月新月の放送はこちらから
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2018/8/11_Casamance_kazamansu.html

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ああ、アフリカのオクラソースが恋しい…今年はオクラも収穫できました。

某日の種は実をつけ立秋や

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アジア主義

ある方から送っていただいたにもかかわらず
すっかり読み忘れていた中島岳志さんによる「アジア主義」。
しっかりとはまってしまう内容のそれは、「不二一元論」あるいは「多一元論」
というキーワードに凝縮されます。
あるいは人間一人一人が置かれたトポスで生きるということ=
「相互に独立した有機体的社会」という平等。
あるいはエチオピアからタタール、日本におけるユダヤ、イスラム教。
孫文と南方熊楠のロンドンでの出会い、西郷隆盛から玄洋社に、なんともアクロバティックな各章の展開に唸ります。

「湖に浮かべたボートをこぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく。」
と繰り返されるポール・ヴァレリーの引用。
著者の、歴史に対峙する覚悟。
終章、虎穴に入らずんば虎子を得ずとアジア主義を虎穴に例え、
鼓舞する姿それに、痺れますね。

台湾で出会った音楽を聴きながらの読書の夏の一日となります。
8月下弦のopenradioの放送は、台湾の古典からヒップホップをかけめぐります。
白眉はなんといっても「交工楽隊」による、「菊花夜行軍」。
http://openmusic.kyweb.fr/openmusic.jp.net/openradio/entori/2018/8/5_ajia_zhu_yi.html

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小さな村のチャペルではじまった彫刻家神林學さんの作品と共に。

緑陰や風のささやき頁めくる

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