シャガールの磔刑、バタイユのランス

シャガールが磔刑になるのではなく、
またバタイユがランス市長になるわけでもなく…
チュニジア人女性とフランス人男性による結婚式の演奏、
という仕事で訪れたここはパリから1時間半、
シャンパーニュ地方ランス。
花嫁方の女性達のユーユー(ファルセットと舌を駆使した女性の歓喜の表現方法)
が式を盛り上げ、太鼓類に合わせて踊る、晴、祝いの日。
両方家族の宗教を越えた、人と人の繋がりを感じる次第。

この街へ来たからには、ランス大聖堂に行かないわけにはいかない。
という事で演奏を終えた翌日、私が出会ったのは、シャガールと、バタイユ。

1914年にドイツ軍の占領下に、街も大聖堂もことごとく破壊され、
負傷者をベットがないゆえに、屋根のない大聖堂で藁を敷いて看護したという。
この街がドイツ軍に占領され、壊廃した、そのなげき、あるいは若い同胞、同志達
へ宛てた信仰を表する随筆、ジョルジュ・バタイユによる「ランスの大聖堂」。
実際の場所に来ると、書物の言葉ひとつひとつが手に取るようにわかる。
13世紀以前、大聖堂が大聖堂になる前から、同じ場所にはチャペル、教会、
という段階を追って建物が建てられていたという。今でも地下にその跡形が残って
いるそうだ。
であるからには、この場所が選ばれた地である聖性はどこからくるのだろう?

いずれにしても、戦争という破壊によって1974年に生み出された、
シャガールによる教会の新たなる光は、会堂奥で誰それを待ち、
62年に亡くなったバタイユは、いつかその光にやはり脱自としての
恍惚をみいだしただろうか。

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花嫁方のチュニジア人女性たち

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シャガールによるステンドグラス
得意とする象徴的な青の中に磔刑のキリストの姿

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ちくま学芸文庫に使われた、破壊されたランス大聖堂の写真

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